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195『留美ちゃんのお父さん』

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せやさかい

195『留美ちゃんのお父さん』さくら     

 

 
 あの人とちゃうか?

 
 一言言うと、テイ兄ちゃんはアクセルを踏み込もうとした。

「待ってください」

 小さく言うと留美ちゃんはダッシュボードに両手をついた。

 ダッシュボード押さえても車は停まらへんねんけど――ちょっと待って!――いう気持ちは十分に伝わる。

「あかんか?」

「あ、いえ……じゃ、あの交差点まで……追い越さないようにしてください」

「ええんか、それで?」

「はい」

 テイ兄ちゃんは二呼吸ほどおいて、ゆっくりとアクセルを踏んだ。

 
 バス停のある大通りに出たとこで「もういいです」と留美ちゃんが俯いてしもたんで、追跡は、そこでお仕舞になった。

 ペコちゃん(月島先生)が、今日もう一回、留美ちゃんのお父さんが学校に来る言うてたから。

「これで、ええんか?」

 エロ坊主でも、やっぱり大人や、ダッシュボードに両手を置いて俯きながら必死に耐えてる留美ちゃんに声かける勇気は、うちには湧いてこーへん。

「はい」

 バス停の前を通る時にチラ見した。

 スーツ姿のお父さんは中堅会社の課長さんという感じ。

 立ち姿に力みも油断もない、ちょうどええ感じでバスの案内板見てはって、ちょっと遅い昼食をとって会社に帰るとこいう感じ。

 うちは、観察力なんてあれへんねんけど、お父さんの足元を見る。

 お母さんが、人を見るのは足元がええと言うてた。

 人は着るものに気ぃつけるけど、足もとにまで気ぃまわる人は少ないから、そこに個性や状況が出てくる言うてた。

 靴は、スーツによう合ってる黒に近いダークブラウン、ズボンの丈はくるぶしの下で程よい長さ。踵は程よく五ミリくらい減ってる感じかな……営業とかの歩く仕事やないような気がするけど、この日の為に慣れへんスーツを着たいう感じでもない。

 えーーと……

 思てるうちに通り過ぎてしまう。

 前がつかえてたいうこともあるねんけど、それでも時間にして一秒ちょっと、よう観察したほうやと思う。

 で、ようはサラリーマン風やいうこと以外なんにも分からへんねんけどね(^_^;)。

 ペコちゃんの話によると、いっしょに住むわけにはいかへんけども、経済的な面倒はみるので学校の方もよろしくということらしい。連絡先とかは、早手回しに、うちの如来寺になってたそうでビックリ。

 留美ちゃんの話しによると、留美ちゃんが小さいころに離婚しはったそうで、離婚後、留美ちゃんは一回も会ったことが無いらしい。

 このまんま気晴らしにドライブでもできたらええねんけど、テイ兄ちゃんにも檀家周りがあるし、まん悪いいことに、家は詩(ことは)ちゃん一人だけ。詩ちゃんも夕方からはバイトやさかい、早よ帰らなあかん。

「また、今度気晴らしにでもいこな」

 同じ思いのテイ兄ちゃんは、ゆっくりとハンドルを切った。

 
「さっき、留美ちゃんのお父さんが来てたよ」

 お寺に帰ると、詩ちゃんがビックリすることを言う。

「「え?」」

 あたしらが中学校に向かって五分くらいで来るまで来はったそうで、詩ちゃん一人しか居てへんことを聞くと、恐縮しはって、車は山門の前に停めて、境内の立ち話だけで済ませはったらしい。

「書類と通帳預かったの、必要な費用は毎月入れるって、もう先月分と今月分が入ってるの。お母さんのことについては、近々連絡するから心配しないようにって、用件だけ済ますと、恐縮されて、お構いする間もなかったわ」

「せやかて、さっきまで……」

 テイ兄ちゃんが説明すると、詩ちゃんもビックリしたけど、うちもビックリ。

 ついさっきまで、お父さんの後付けてたんやさかい。

 どんな風やったと聞くと、うちらが見てた姿と同じやった……。

 なんとも不思議な話やねんけど、憔悴した留美ちゃんを見ると、その話はあとにしよという感じ。

 だいいち、留美ちゃんは憔悴した顔はしてたけど、うちらと違って、不思議に思ってる感じはせえへんかったしね……。

 
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