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192『シルシをつける』

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せやさかい

192『シルシをつける』詩(ことは)          

 

 

 ドアを開けると、それが目についた。

 
 机の上の一枚の封書。

 封書の表には聖真理愛女学院大学・事務局のロゴと酒井詩様と、わたしの氏名。

 中身は分かっている、大学の入学金と前期授業料の領収書が入っている。

 先週、お母さんから「振り込んでおいたから」と言われて「うん、どうも」としか返せなかった。

 釈然としないのよ、この四月から大学生。

 それもエスカレーター式に聖真理愛女学院の大学。

 三年の十一月まで吹部の部長をやっていて、自分の進路は二の次だった。

 前任の涼宮先輩は偉大な人で、わたしが部長を引き受けた時には、全ておぜん立てが整っていた。

 わたしが困らないように、各パートの事や生徒会との関係とか、先生たちへの根回しとか、連盟のことや、コンクールのことなど、全て済ませていてくれていた。

 最初は――わたしも、やればできるもんだ――と思っていたけど、それは、全部涼宮さんたち先輩のお蔭だ。

 二年生も後半になって引継ぎの事を考え始めたんだけど、やってみると結構大変。

 なによりも、後継ぎと狙いをつけていた後輩たちが「酒井先輩のようにはできませんし」と、みんな尻込みをしてしまって、ギリギリまで決まらなかった。

「今年の二年生は!」

 三年生は憤っていたけど、分かってる。わたしの力が及ばなかったんだ。

 だから、正直、進路のことは後回し。

 せめてもの意地で、聖真理愛女学院大学を一般入試で受けた。

 自分の成績なら楽勝だと分かっていたし、潔く一般入試で受けることを担任の先生も進路の先生も「酒井さんらしいケジメの付け方」と褒めてくださった。

 二年生も「酒井先輩は自分の進路を犠牲にしてまで吹部の面倒を見てくれたんだ!」と感激してくれて、多少の不安には目をつぶって後を継いでくれた。

 入学した時は……ううん、涼宮先輩から引き継いだころまでは、大学は国公立。だめでも、うちの系列ではない大学に行こうと決めていた。

 わたしは、いろんなことを言い訳にして、けっきょく安易な道を選んでしまった。

 吹部なんて、所詮は高校の部活なんだし、部活の経営なんて一義的には顧問の仕事だし。ほんとに、その気なら自分の事だけに没頭することもできた、みんなもそれでいいって認めてくれたよ。

 そんな気持ちがあるから、合格通知をもらった時も感動は薄かった。

 こうやって、入学金受領の書類をもらっても。そうなんだ、で、お終い。

 くさっていても仕方ないので、リビングへ降りて、お母さんに「ありがとう、書類見たよ」って、身内としての仁義を切ろうと思った。

 え……!?

 リビングでニヤついている我が兄を見て怖気を振るった。

「また、そんなの買って!」

「でや、ええやろ(#^0^#)」

 リビングのテーブルには『けいおん』メンバーのフィギュアが、ただいま演奏中!という感じで並んでいる。

 ドラムの律 ギターのユイ 同じくアズニャン(梓) ベースの澪 キーボードのムギ(紬)ちゃん

 わたしも『輝けユーフォニアム!』と並んで好きなアニメだからメンバー全員の名前が分かったりするんだけど、フィギュアを集めようとは思わない。

「澪ちゃんは、ちゃんと縞パンやねんぞ(#^▽^#)」

「もう、変態ボーズ!」

 兄の変態ぶりに呆れていると、廊下の向こうからさくらがオイデオイデをしている。

「ああ、ごめん。変態ボーズが変なの並べてるから……」

 入りにくいのかと思ったら、じっさい、さくらも並んで立ってる留美ちゃんも赤い顔をしている。

「ちゃうねん、ちょっと三人で決めたいことがあるねん」

「なに?」

「これからは、女子三人だけ洗濯物を別にすることにしたん!」

 おやつを前にしたユイのように鼻息が荒い。

「三人て?」

 わたしとさくらとお母さん?

「それで、三人とも似たようなもの着てるし、シルシを付けることにしたん!」

「え、ええ……ああ!」

 留美ちゃんが、いっそう赤くなったので分かった。

「そうか、留美ちゃん決心したんだね!」

「は、はい、お世話になります(#´~`*#)」

「キャミとかは裾、パンツとブラは後ろの裏側、靴下は履き口の裏に刺繍糸でシルシ! OK!?」

「う、うん、いいわよ」

「すみません、めんどう掛けます!」

「色は、赤、青、黄の三色!」

「ちょ、声おっきい!」

 注意するのが遅かった。

「なにをコソコソやってんねん」

「もう、変態ボーズ!」

「え、あ、すまん!」

 一言で、変態兄貴は退散する。

 振り返ると、桜の手にはシルシ見本の下着がにぎられていました(^_^;)。

 如来寺も少しずつ春の準備が整ってきました。
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