せやさかい

武者走走九郎or大橋むつお

文字の大きさ
上 下
190 / 432

190『留美ちゃんが「うん」と言わないわけ』

しおりを挟む

せやさかい

190『留美ちゃんが「うん」と言わないわけ』ヨリコ  

 

 近くに駐車場があるから!

 御料車は一般の駐車場には停められません。 

 わたしの願いはジョン・スミスの涼しい顔に一蹴された。

 領事館の公用車はトヨタのワンボックスなんだけど、わたしが乗るのはお婆さまの命令で去年の暮れからロールスロイスのファントムになっている。レクサスよりも縦100センチ、横50センチも大きくて並みの駐車場では収まらないらしいことと、車がセレブ過ぎて断られるかららしい。

「どうして?」

 と聞いたら。

「王族がお乗りになるのは、正式には御料車と申します。公用車は殿下が常にお乗りになるには相応しく無いのです」

 総領事が涼しい顔で答える。

 要は、わたしがホイホイ出歩かないための策略。御料車を使う時は、あらかじめ目的地の警察署にも届ける。これ、最悪のルール。事前に警察が配備されるし、関係機関への連絡も行われる。

 そんなわけで、単に図体が大きいという理由だけでなく、一般の駐車場は使いにくい。

 しかたなく、如来寺の山門脇から入る。

 並の車なら三台は停められるスペースを独占してドアを開けると、如来寺の人たちだけでなく、檀家やご近所の人たち、振り返ると山門の外にはお巡りさんまで交通整理をし始めている。ほとんど嫌がらせ(^_^;)

「留美ちゃん、良かったあ!」

 さくらと並んでいる留美ちゃんを見つけると、人目も構わずにハグしかけるんだけど、あと50センチというところで、磁石の同極同士が反発するように距離を取った。

 ソーシャルディスタンスの取り方も、御料車で来ると、めちゃくちゃ気を使う。

 いつもなら、部室とかリビングで話すんだけど、ソーシャルディスタンスのために本堂の外陣に収まる。

「いっしょに住むのをためらってやるんです……」

「……………」

 如来寺のみなさんは、善意と勢いで留美ちゃんを連れ出すことには成功したけど、ここにきて留美ちゃんの気持ちを覆せないでいる。

「だって……そこまで甘えるのは……」

「甘えるんとちゃう、困った時は助け合うのがお寺やねんで」

「でも、わたし檀家じゃありませんし……」

「阿弥陀さんは、そんな区別はせえへん。いらん遠慮はせんとき」

 テイ兄ちゃんがお坊さんらしく諭している。

 さくらと詩(ことは)さんが優しく、でも、ちょっと疲れた顔で、それでも姿勢を正して座っているのは、アミダさまの前だからかもしれない。

「わ、わたし、寝言とか歯ぎしりとかひどいですから」

「部屋は別にするから平気よ」

「えと、たまに夢遊病の発作が……」

 ウソだ、エディンバラやヤマセンブルグ、国内でも泊まり込みで除夜の鐘を撞いたり、留美ちゃんに、そんな癖がないことは、みんな知っている。

 悪い子じゃないから、不愛想に黙りこくってしまうことはしない。でも、それだと、同じ繰り言を言葉を変えて繰り返すだけになり、なんとも空気が重い。

「あの、文芸部だけで話していいですか?」

 卒業したわたしが文芸部を名乗るのはおこがましいんだけど、わたしは三人で話すのが一番だと思った。

「うん、せやね。ちょっと空気を変えた方がええかもしれへんね」

 テイ兄ちゃんが同意してくれて、さくらと三人、本堂裏の部室に移動する。

 キャ!

 コタツに足を突っ込むと、グニュっと何かに当って声が出る。

「あ、ダミア」

 さくらが引っ張り出したダミアは、記憶の中のそれより倍の大きさになっている。

 フニャ~

 一声あげて、三人の顔を順繰りに見て、なぜかわたしの膝に乗って再びコタツに潜る。ヨイショっと顔だけ出して、哲学者みたいに目をつぶる。

「わたし、お母さん以外の人と住んだことないから……その、プレッシャーなんです」

「そんなの、すぐに慣れるわよ。如来寺のみなさん、文芸部は身内みたいに思ってくださってるし」

「みたいと身内は違うんじゃ……」

「留美ちゃん……」

「そんな他人行儀なこと言われると、寂しいやんか」

「ごめん、でも、えと……起き抜けの顔って、わたしひどくて……」

「それは、さくらの方がひどいってか、おもしろいよ。何度も、いっしょに寝泊まりしたし」

「はい、あの……お洗濯ものとか、とっても気になって……」

「そんなん、気になれへんよ。うちは、女もんは別に洗ってるし、なんやったら、洗濯べつに……」

「あ、いや、そんなことじゃなくて(-_-;)、えと……えと……」

 留美ちゃん、断る理由を探してるんだ、これだと、どこまでいってもいっしょだ。

 いったい、なににこだわってるんだろうか?

 さくらも似たような気持ちなんだ、ちょっと俯いてしまった。

 親友に、そんな気持ちにさせることがたまらないんだろう、留美ちゃんもまつ毛の先に涙の粒を宿らせて黙ってしまう。

 フニャ~

 間抜けた声をあげるて、再びダミアはコタツに潜ってゴソゴソしたかと思うと、今度は留美ちゃんのところに顔を出した。

 ノソノソと這い上がって、まつ毛を伝って頬っぺたに下りてきた涙をペロペロ舐め始める。

「わたし、わたし一人……わたし一人が、楽したら、楽になったら……お母さんが死んじゃうんじゃないかって、恐ろしくて、怖くって……」

「留美ちゃん?」

「そうだったんだ……」

 留美ちゃんは、お母さんといっしょに苦しまなければバチが当たるような気になっていたんだ。それでも、一人で暮らすことへの不安とか心配とかがあって身動きが取れなくなって、意味不明の遠慮ばかりしていたんだ。

 わたしとさくらが分かってしまうと、留美ちゃんはダミアをダッコしたまま顔をうずめて嗚咽した。

「今夜は、わたしも泊めて」

「先輩……」

「久しぶりに文芸部の合宿しよう」

 ニャ~

 さて、どうやってジョン・スミスと御料車を返すか?

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎
BL
北の辺境騎士団で田舎暮らしをしていた公爵家次男のジェイデン・ロンデナートは15歳になったある日、王都にいる父親から帰還命令を受ける。 8歳で王都から追い出された薄幸の美少年が、ハイスペイケメンになって出戻って来る話です。 序盤はBL要素薄め。

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

幸せの椅子【完結】

竹比古
ライト文芸
 泣き叫び、哀願し、媚び諂い……思いつくことは、何でもした。  それでも、男は、笑って、いた……。  一九八五年、華南経済圏繁栄の噂が広がり始めた中国、母親の死をきっかけに、四川省の農家から、二人の幼子が金持ちになることを夢見て、繁栄する華南経済圏の一省、福建省を目指す。二人の最終目的地は、自由の国、美国(アメリカ)であった。  一人は国龍(グオロン)、もう一人は水龍(シュイロン)、二人は、やっと八つになる幼子だ。  美国がどこにあるのか、福建省まで何千キロの道程があるのかも知らない二人は、途中に出会った男に無事、福建省まで連れて行ってもらうが、その馬車代と、体の弱い水龍の薬代に、莫大な借金を背負うことになり、福州の置屋に売られる。  だが、計算はおろか、数の数え方も知らない二人の借金が減るはずもなく、二人は客を取らされる日を前に、逃亡を決意する。  しかし、それは適うことなく潰え、二人の長い別れの日となった……。  ※表紙はフリー画像を加工したものです。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。 まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。 転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。 ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。 「本当に可愛い。」 「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」 かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。 「お願いだから、僕にもう近づかないで」

防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました

かにくくり
ファンタジー
 魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。  しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。  しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。  勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。  そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。  相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。 ※小説家になろうにも掲載しています。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

処理中です...