上 下
99 / 432

099『ノリちゃんと浅野拓美』 

しおりを挟む
せやさかい

099『ノリちゃんと浅野拓美』 

 

 
 阿弥陀さんがしゃべった!?

 
 と思たら、須弥壇の陰からノリちゃんが現れた。

 ノリちゃんて、ほら、死んでから中学生に若返った佐伯さんのお婆ちゃん。わたしのせいで記憶障害の兆候が出てからは御無沙汰やった。

「えー、ノリちゃんがあ?」

「なんやのん、不足そうな顔してからに」

「いえいえ、そやけど、どないして?」

「まあ、細工は流々仕上げを御覧じろや!」

 そう言うと、ノリちゃんは、駆け足で本堂を出て行った。駆け足いうても幽霊やさかい音もせえへんし、閉まってる戸ぉもすり抜けてやけどね。

 そやけど、どないすんねんやろ?

 まさか、ノリちゃんが留美ちゃんに化けてテスト受ける? むかし読んだラノベが浮かんでくる。

 あかんあかん、たとえ化けたとしても、それは反則や。

 ラノベは好きで、特にラブコメなんかは、よく読むんや。幽霊とかに助けられる話は多いけど、結局は、本人が自分の力で乗り越えるいう設定が多い。大人や教育委員会が非難するほどラノベは不道徳なもんやない。うん。

 けども、ノリちゃんはラノベ読む? なんせ、こないだまでは九十前のお婆さんやったし……。

 
 心配なんで、あくる日の朝一番に聞いてみた。あ、留美ちゃんにね。

 
「ゆうべ、変わったことなかった?」

 これだけで通じた。

「あ、それがね……夢に女の子が出てきたの」

「あ、ひょっとして、うちの制服着てた?」

 ノリちゃんはうちの卒業生で、いっつも制服で現れる。

「ううん、浅野拓美いうアイドルの子」

 浅野拓美……二秒ほどかかって思い出した。

 『小悪魔マユの魔法日記』というラノベに出てくる子。

 事故で死んだのも忘れてAKR48というアイドルグループの研究生テストを受けて合格。それを修業中の小悪魔マユに見咎められて落ち込むんやけど、哀れに思ったマユがアバターを貸してくれて、アイドルグループのセンターをとるとこまで成功する。そして、十分自分の力を発揮したとこで「ありがとう、マユ」とお礼を言って、クリスマスの夜に、もとの幽霊に戻って消えていく。消えると、浅野拓美って子は存在しなかったという本来の世界に戻って、AKR48はAKR47と看板が変わってしまう。

 せつなくも美しいお話。

「その拓美さんがね、歌うことに怯えるなんてもったいない! わたしが特訓したげる! って、昨日と今日教えてくれるんだよ!」

 留美ちゃんの背後にうっすらと人影……ノリちゃんかと思たら、ラノベの挿絵に出てた浅野拓美や!

 
 そして、運命の音楽の時間!

 
 留美ちゃんの横にはラノベの浅野拓美が、ずっと寄り添ってる。

 これで、留美ちゃんにのり移るようなら反則やと思てたら……。

「じゃ、次、榊原さん」

「はい」

 留美ちゃんが、先生のピアノの横に行った。浅野拓美は音楽室の後ろ、モーツアルトの肖像画の下に回って、留美ちゃんを見て、しきりに笑顔で頷いてる。
 口を大きく開けて見せて、しっかり口を開けなさい。頬の筋肉を意識、ああ、笑顔で歌いなさいちゅうことや。ほんで、両手の拳を胸のとこに持ってきて、ダメ押しのエールを送ってる。

 このポーズ……あ、上皇后陛下が東日本大震災のお見舞いに行かれて、被災者の人らを励ましてはった時と同じや。

 一回、大きく頷くと、留美ちゃんは堂々と『麦の唄』を唄い始めた。

  なんや、あたしまで涙が……そやけど、ノリちゃん、なんで『小悪魔マユの魔法日記』なんて知ってるん?

 それは、さくらちゃんの心にあったからよ。

 ノリちゃんの声が聞こえてきた。

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私の主治医さん - 二人と一匹物語 -

鏡野ゆう
ライト文芸
とある病院の救命救急で働いている東出先生の元に運び込まれた急患は何故か川で溺れていた一人と一匹でした。救命救急で働くお医者さんと患者さん、そして小さな子猫の二人と一匹の恋の小話。 【本編完結】【小話】 ※小説家になろうでも公開中※

継母の心得 〜 番外編 〜

トール
恋愛
継母の心得の番外編のみを投稿しています。 【本編第一部完結済、2023/10/1〜第二部スタート☆書籍化 2024/11/22ノベル5巻、コミックス1巻同時刊行予定】

"わたし"が死んで、"私"が生まれた日。

青花美来
ライト文芸
目が覚めたら、病院のベッドの上だった。 大怪我を負っていた私は、その時全ての記憶を失っていた。 私はどうしてこんな怪我をしているのだろう。 私は一体、どんな人生を歩んできたのだろう。 忘れたままなんて、怖いから。 それがどんなに辛い記憶だったとしても、全てを思い出したい。 第5回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。ありがとうございました。

君はプロトタイプ

真鳥カノ
ライト文芸
西暦21XX年。 大地も海も空も、命すらも作り物の世界。 天宮ヒトミは、『天宮 愛』のクローンとして生まれ育った。 生涯を愛に尽くすために存在すると思っていたけれど、それはかなわなくなってしまった。 自分が『ヒトミ』なのか『愛』なのか、迷う曖昧な心を持て余す中、一人の少年と出会う。 以前、『愛』が想いを寄せていた少年『深海尚也』だ。 そう思っていたけれど、少し様子が違う。 彼もまた、尚也のクローンだったのだ。 オリジナルを失ったクローンの二人が目指すものは、オリジナルの完全複製か、それとも……? 目指すものすら曖昧な未完成のクローンたちの生きる道とは……。 ※こちらの作品はエブリスタ様、Solispia様にも掲載しております。

三百字 -三百字の短編小説集-

福守りん
ライト文芸
三百字以内であること。 小説であること。 上記のルールで書かれた小説です。 二十五才~二十八才の頃に書いたものです。 今だったら書けない(書かない)ような言葉がいっぱい詰まっています。 それぞれ独立した短編が、全部で二十話です。 一話ずつ更新していきます。

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません

嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。 人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。 転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。 せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。 少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

ちょめこ日記

むふ
ライト文芸
ショートショートです。 一話2~3分程度で読み終わるような、とても軽いお話しです。 ちょめこのくだらない毎日の一部分を切り取った軽い読み物です。 日々の息抜きにどうぞ(^^♪ ※たまに別視点から描かれる場合があります ※あくまでフィクションです。

絶対的フィナーレ

ネコさん
ライト文芸
シングルマザーの母に母の手一つで育てられている小学六年生 楠 麻也は日々若干ではあるが自身の体に違和感を持ち始めた。 ほんの些細なことだったが念のため病院へ行くことになった。 そこで病気を患っていることが発覚! 普通の小学生だった彼女は病気の発覚により自分の価値観や自分の回りの見方が変わり、成長していく。 そんな物語です。 これは主人公の麻也か他の人の視点で描かれています。 主人公の病名に対しては現実的に存在している病名で確定させるのはその病気を患われている方々に失礼だと思い、病名は出していません。 ご協力とご理解をお願いします。

処理中です...