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091『富岳百景・2』

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せやさかい

091『富岳百景・2』 

 

 
 天下茶屋いうても大阪の阿倍野区やない。

 
 山梨県の川口湖畔は御坂峠にある土産物屋兼旅館。

 昭和十三年の秋いっぱい、太宰治は泊って原稿を書いてる。

 心機一転切り替えて、自分が目指す『単一表現』たらいうもんに挑んでたらしい。

 ときどき、甲府の街に行ってお見合いしたり、先輩の井伏鱒二さんといっしょに山登りしたり。

 そんな一秋の滞在記。

 

 お見合いに行った甲府からの帰り道……やったと思うねんけど。

 バスに乗って御坂峠に戻る途中、バスの窓から、ドバっと富士山が見えたんで、バスの乗客が一斉に富士山の方を向いて「ホーー!」とか「ヘーー!」とか感心してる。

 へそ曲がりの太宰治は、そんなヘーホー組には加わらず、座ったまま反対方向を向いてた。

 ほんなら、もう一人お婆ちゃんが座ってて、路傍に咲いてる可憐な花を見つけた。

「おや、月見草」

 このお婆ちゃんを気に入った太宰治。

 可憐な一輪の月見草が金剛力士像のように頼もしく見えたとかで、例の名文句を残した。

 
 富士には月見草が良く似合う

 
 世間は、この太宰の感性をステキやと思うらしい。

 カッコつけのへそ曲がりいうのが正直な感想。

 バスの乗客が口と首を揃えてヘーホーと感心してるんやったら、いっしょに感心したらええと思う。

 他のとこ読んだら、やっぱり太宰治は富士山をスゴイと思てる。

 思てるくせに「まるで布袋様の置物」みたいに俗の代表みたいに言う。

 お婆さんも、たぶん観光客であろう乗客がヘーホー言うてんねんから、ニコニコしてたらええと思う。「おや、月見草」なんて、ちょっと意地が悪い。まるでヘーホー組が、ものごっついアホに見えてくる。

 いまの堺にも、こんなやつは居てる。

 仁徳天皇陵が世界遺産に決まったとき、春日先生が授業一時間潰して話してくれはった。

 あたしみたいな俄か堺市民でも誇らしい気持ちになれた。

 そんな時でも――そんなん関係ないわ――と、白けた顔してるやつがおった。そいつらと同質のもんを感じる……あかんやろか?

 こういうやつらのことは、踏み込むと底なし沼やさかい、今は無視。

『けいおん』は大好きなアニメ。

 その『けいおん』の四人娘が修学旅行の新幹線の中で富士山が見えるいうんで大騒ぎになるとこがある。

 あのシーンを見ても『けいおん』四人娘が俗物やとは思えへん。

 
 ひょっとしたら、バスの中にお婆さんなんかは乗ってなかった。乗ってたとしても「おや月見草」なんてへそ曲がりは言うてないんちゃうかなあ。

 
 太宰治は自分のへそ曲がりを架空のお婆さんを仕立てて言わせたんとちゃうやろか。

 
「そうかもしれへんなあ」

 ダミアをモフモフしながらテイ兄ちゃんは緩く賛同してくれた。

「井伏鱒二と山に登るシーンがあるやろ」

「うんうん、ガスが出てて、富士山が見えんくて井伏鱒二が、つまらんそうにオナラするとこ」

「井伏鱒二は『放屁なんかしてない』いうて、論戦になったらしい。作家いうのは話を盛るからなあ。さくら、ちょっと、オレの人差し指引っ張ってくれへんか」

「え、あ、うん」

 引っぱると、派手にオナラをかまされた! ダミアがビックリして逃げて行った。

「もー、行儀の悪い!」

「そやけど、おもしろなったやろが」

 あたしも隣の部屋に逃げる。

 従兄の気安さやろねんけど、子どものころからテイ兄ちゃんのオナラはスカンク級。

 
 明日の部活では、面白い話ができそうです。

 

 
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