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022『パソコンと紫陽花』

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せやさかい

022『パソコンと紫陽花』  

 

 
 中古パソコンをもらった。

 
 詩(ことは)ちゃんが買い替えたんで、お下がりをもらった。

 元々はテイ兄ちゃんが学生時分に使てたもんで、それが三年の歳月を経てあたしのもとにやってきた。

 詩ちゃんは写真とかのデータを残すぐらいにしか使ってなかったから状態はいい。

「スマホで事足りるもんね」

 あたしが気ぃつかわんように言うてんねんやろけど、ほんまにきれい。

 キーボードって、エンターとかAとかOとかKとか、よう使うキーがすり減ったりテカってたりすんねんけど、きれいなまんま。

「キーボードだけ買い直したんよ。兄ちゃんの手垢と脂にまみれたキーボードは気持ち悪いでしょ」

 なるほど……やねんけど、テイ兄ちゃんかわいそう。

 

 わたしもスマホで十分やねんけど、28インチモニターの迫力は嬉しい。

 スマホの5インチもない画面に比べるとモンゴルの大草原のように広い!

 こんな大草原にほり出されたら、どないしてええか分からへんなあ。

 じっさいパソコンは6年の時にチョロッとだけ習ただけ。初期化されてセキュリティーしか入ってないパソコンは、どないしてええか分からへん。

 せやさかい、風呂上がりのテイ兄ちゃんを掴まえる。

「パソコンでなにがしたい?」

「ええと……動画が見たいかなあ」

 スマホで時々見るけど、画面がちっこいんで、28インチで見たら迫力あるやろと思う。

 ほかにもスカイプやら、エクセルやらも入れてくれる。

 

 オーーー、YouTubeを大画面にすると大迫力!

 

 気が付いたら夜中の二時。

 今朝は、めっちゃ起きづらかった。

 せやけど、がんばって起きる。こんなことで遅刻なんかでけへん。なんせ、六月最初の月曜日。

 もうじき、うっとうしい梅雨も始まるやろし、ハツラツといかならあかん。

 それでも遅刻してしもた。

 運の悪いことに、クラスで遅刻したんは、あたし一人。

「なんで、遅刻したんや!?」

 菅ちゃんが、めったにせえへん説教を垂れよる。

 なんでも、六月の第一周は遅刻撲滅週間やとか、掲示板にポスターが貼ってある。

「えーと、紫陽花の蕾に見惚れてました」

 山門の脇に紫陽花が蕾を付けてたんを思い出す。

 べつに、大感激して立ちつくしたわけやないねんけど。瞬間思い浮かんだのはそのこと。

 三月の末に堺に引っ越してきて、確実に季節は流れてるんやなあ……そない思うと、不覚にも涙が滲んできた。

 菅ちゃんは慌てて「あ、明日からは気ぃつけるように」とだけ言うておしまい。

 六月は変な始り方をしてしもた。
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