12 / 432
012『あんたさん』
しおりを挟む
せやさかい・012
『あんたさん』
テイ兄ちゃんが放っておくわけがない。
金髪の美少女が門前に来て妹と談笑している。
むろん、わたしと留美ちゃんも居てるねんけど、テイ兄ちゃんには金髪の美少女しか見えてへん。
「やあ、ちょうどお饅頭頂いたところだから、いっしょにどうぞ」
歯磨きの宣伝みたいに白い歯を光らせ、作務衣の手にはホウキなんか持って、インテリ坊主風に現れた。
「うわー、お坊様だ! え? え? 桜ちゃんのお兄さん(正しくは従兄なんやけど)? こちらがお姉さん(正しくは従姉)なんですか!?」
「こっちが、おんなじクラスで文芸部の榊原さん!」
「は、初めまして、酒井さんにはお世話になってます、榊原留美です」
留美ちゃんが挨拶すると、身についた坊主の慇懃さで挨拶を返すテイ兄ちゃん。
坊主の挨拶は丁寧なほど職業的慇懃さで出てきたもんで、見かけの割に気持ちは籠ってへん。せやけど、留美ちゃんが感動してるんで、なんにも言いません。
「お饅頭なんて、いつでもあるんですよ」
お茶とお饅頭をテーブルに置きながらコトハちゃんが笑みをこぼす。お寺の娘やから、こういう動作と言葉遣いは、そのへんの旅館の仲居さんよりサマになる。
「「ありがとうございます」」
頼子さんと留美ちゃんが初々しく頭を下げる。テイ兄ちゃんもにこやかに受け答えして、頼子さんとお近づきになりたそう。でも、本堂の方から「諦一ぃ~」と伯父さんの声がして、仕方なく尻をあげる。
「桜もすごかったですけど、境内にはいろんな木や花があるんですね!」
「ポピーにアセビにハナミズキ、ガーベラにツツジ……ハハ、わたしも知らないのがある」
ケラケラ笑ってもコトハちゃんはベッピンさんや。
「そうだ、お祖父ちゃんが写真に撮ってたのがある」
立ち上がってボードから写真帳を出してきた。
写真帳には季節ごとにお寺で咲く花の写真と解説が載っている。お祖父ちゃんはマメな人やけど、こんなん作ってたなんて知らんかった。
「檀家さんや、お寺を尋ねてきた人に説明と言うか、喜んでもらうために作ったらしいわ」
「へー、そうなんだ!」
お母さんの「そうなんだ」と違う、感動の「そうなんだ!」を発する頼子さん。ちょっとだけ「そうなんだ」を見直す。
「お寺って、本当は来てもらってなんぼってところがあって、夕陽丘さんみたいに興味を持ってもらうのが狙い……なんて、言ってるけど、ようは見せびらかしたいだけ。よかったら、いつでも見に来てちょうだい。お饅頭ならいつでもあるから」
「はい、お言葉に甘えて、また来させてもらいます! あ、お経……」
本堂の方からナマンダブナマンダブが聞こえてくる。
「陰気臭くてごめんなさいね、うちの商売だから、朝と夕方は、阿弥陀さんにお経唱えるの」
「ナマンダブって……南無阿弥陀仏のことですか?」
「ええ、そうよ。ずっと昔に南無阿弥陀仏が訛ってナマンダブになったらしいわ」
「そうなんだ……安泰山と書いてアンタサンと読むのもそうなんですか?」
「あ……そうかな、たぶん。普段から気にしたことないから」
わたしは――気にしたことないどころか、安泰山という山号じたい知らんかった。
「でも、うちの学校は同じ字で安泰中学って書いて、アンタイって普通に読むんですですよね」
「え、あ……そうね。あら、今まで不思議だなんて思ったことも無かった」
「あ、ごめんなさい。こういうことが気になると放っておけない性質で」
「あ、ううん。こういうことに疑問を持つなんて、大事だし素敵なことだと思うわ。こんどお祖父ちゃんにでも聞いてみてお知らせするわ」
「すみません、変なことが気になって(^_^;)」
その後、お祖父ちゃんに聞いて分かったんだけど、頼子さんが推測した通り、安泰山が訛ってアンタサンの読みになったらしい。
ちなみに、家の前の道路を如来通りというのも、うちの如来寺という名前から来たらしい。
安泰中学というのは、なんのことはない、このあたりの地名が安泰というところからきているんだそうだ。むろん読み方はアンタイで、うちのお寺との関係は……また調べとくということだった。
『あんたさん』
テイ兄ちゃんが放っておくわけがない。
金髪の美少女が門前に来て妹と談笑している。
むろん、わたしと留美ちゃんも居てるねんけど、テイ兄ちゃんには金髪の美少女しか見えてへん。
「やあ、ちょうどお饅頭頂いたところだから、いっしょにどうぞ」
歯磨きの宣伝みたいに白い歯を光らせ、作務衣の手にはホウキなんか持って、インテリ坊主風に現れた。
「うわー、お坊様だ! え? え? 桜ちゃんのお兄さん(正しくは従兄なんやけど)? こちらがお姉さん(正しくは従姉)なんですか!?」
「こっちが、おんなじクラスで文芸部の榊原さん!」
「は、初めまして、酒井さんにはお世話になってます、榊原留美です」
留美ちゃんが挨拶すると、身についた坊主の慇懃さで挨拶を返すテイ兄ちゃん。
坊主の挨拶は丁寧なほど職業的慇懃さで出てきたもんで、見かけの割に気持ちは籠ってへん。せやけど、留美ちゃんが感動してるんで、なんにも言いません。
「お饅頭なんて、いつでもあるんですよ」
お茶とお饅頭をテーブルに置きながらコトハちゃんが笑みをこぼす。お寺の娘やから、こういう動作と言葉遣いは、そのへんの旅館の仲居さんよりサマになる。
「「ありがとうございます」」
頼子さんと留美ちゃんが初々しく頭を下げる。テイ兄ちゃんもにこやかに受け答えして、頼子さんとお近づきになりたそう。でも、本堂の方から「諦一ぃ~」と伯父さんの声がして、仕方なく尻をあげる。
「桜もすごかったですけど、境内にはいろんな木や花があるんですね!」
「ポピーにアセビにハナミズキ、ガーベラにツツジ……ハハ、わたしも知らないのがある」
ケラケラ笑ってもコトハちゃんはベッピンさんや。
「そうだ、お祖父ちゃんが写真に撮ってたのがある」
立ち上がってボードから写真帳を出してきた。
写真帳には季節ごとにお寺で咲く花の写真と解説が載っている。お祖父ちゃんはマメな人やけど、こんなん作ってたなんて知らんかった。
「檀家さんや、お寺を尋ねてきた人に説明と言うか、喜んでもらうために作ったらしいわ」
「へー、そうなんだ!」
お母さんの「そうなんだ」と違う、感動の「そうなんだ!」を発する頼子さん。ちょっとだけ「そうなんだ」を見直す。
「お寺って、本当は来てもらってなんぼってところがあって、夕陽丘さんみたいに興味を持ってもらうのが狙い……なんて、言ってるけど、ようは見せびらかしたいだけ。よかったら、いつでも見に来てちょうだい。お饅頭ならいつでもあるから」
「はい、お言葉に甘えて、また来させてもらいます! あ、お経……」
本堂の方からナマンダブナマンダブが聞こえてくる。
「陰気臭くてごめんなさいね、うちの商売だから、朝と夕方は、阿弥陀さんにお経唱えるの」
「ナマンダブって……南無阿弥陀仏のことですか?」
「ええ、そうよ。ずっと昔に南無阿弥陀仏が訛ってナマンダブになったらしいわ」
「そうなんだ……安泰山と書いてアンタサンと読むのもそうなんですか?」
「あ……そうかな、たぶん。普段から気にしたことないから」
わたしは――気にしたことないどころか、安泰山という山号じたい知らんかった。
「でも、うちの学校は同じ字で安泰中学って書いて、アンタイって普通に読むんですですよね」
「え、あ……そうね。あら、今まで不思議だなんて思ったことも無かった」
「あ、ごめんなさい。こういうことが気になると放っておけない性質で」
「あ、ううん。こういうことに疑問を持つなんて、大事だし素敵なことだと思うわ。こんどお祖父ちゃんにでも聞いてみてお知らせするわ」
「すみません、変なことが気になって(^_^;)」
その後、お祖父ちゃんに聞いて分かったんだけど、頼子さんが推測した通り、安泰山が訛ってアンタサンの読みになったらしい。
ちなみに、家の前の道路を如来通りというのも、うちの如来寺という名前から来たらしい。
安泰中学というのは、なんのことはない、このあたりの地名が安泰というところからきているんだそうだ。むろん読み方はアンタイで、うちのお寺との関係は……また調べとくということだった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
紡ぐ言の葉
千里
ライト文芸
あるところにひとりぼっちの少女が二人いました。
一人の少女は幼い頃に親を悲惨な事故に遭い、搬送先の病院からの裏切り、引き取られた先での酷い扱い。様々なことがあって、彼女からは心因性のもので表情と感情が消えてしまった。しかし、一人のヒーローのような人に会ってから生きていく上で必要最低限必要な感情と、ほんの少しだけ、表情が戻った。それでも又、失うのが怖くてどこか心を閉ざしていた。
そんな中無理矢理にでも扉をこじ開けて心の中にすとんと入ってきた2人の人がいた。少女はそんな2人のことを好きになった。
一人は幼い頃からの産みの家族からの酷い扱い、そんな事情があって暖かく迎えてくれた、新しい家族の母親の早すぎる死。心が壊れるには十分すぎたのだった。人に固執せず、浅い付き合いでなるべく自分か消えても何も残らないように生きていようとしていた。
そんな中、何度も何度も手を伸ばして救い出してくれたのは一人の少年の存在で、死のうとしているといつも怒る一人の少女の姿があった。
これはそんな2人が紡いでいく一つの波乱万丈な人生のお話────。
【完結】全てを滅するのは、どうかしら
楽歩
恋愛
「どんなものでも消せるとしたら、…私は、この世から何を消したいのだろう」エミリア・ヴァルデン侯爵令嬢の魔法は、強く願ったものを消し去る闇魔法。
幼い頃、両親が亡くなったエミリアは、婚約者であるクロード・コルホネン伯爵令息の家で暮らしていた。いずれ家族になるのだからと。大好きな義兄と離れるのは嫌だったが、優しい婚約者とその父親に囲まれ、幸せに過ごしていた…しかし…
クロードの継母とその連れ子であるフルールが来てから、そして、クロードには見えない、あの黒い靄が濃くなってきた頃、何もかもが悪い方向へと変わっていった。
※誤字脱字、勉強不足、名前間違い、ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))
55話+番外編で、完結しました。
桜の花びら舞う夜に(毎週火・木・土20時頃更新予定)
夕凪ゆな@コミカライズ連載中
ライト文芸
※逆ハーものではありません
※当作品の沖田総司はSっ気強めです。溺愛系沖田がお好きな方はご注意ください
▼あらすじ
――私、ずっと知らなかった。
大切な人を失う苦しみも、悲しみも。信じていた人に裏切られたときの、絶望も、孤独も。
自分のいた世界がどれほどかけがえのないもので、どんなに価値のあるものだったのか、自分の居場所がなくなって、何を信じたらいいのかわからなくて、望むものは何一つ手に入らない世界に来て初めて、ようやくその価値に気付いた。
――幕末。
それは私の知らない世界。現代にはあるものが無く、無いものがまだ存在している時代。
人の命は今よりずっと儚く脆く、簡単に消えてしまうのに、その価値は今よりずっと重い。
私は、そんな世界で貴方と二人、いったい何を得るのだろう。どんな世界を見るのだろう。
そして世界は、この先私と貴方が二人、共に歩くことを許してくれるのだろうか。
運命は、私たちがもとの世界に帰ることを、許してくれるのだろうか。
――いいえ……例え運命が許さなくても、世界の全てが敵になっても、私たちは決して諦めない。
二人一緒なら乗り越えられる。私はそう信じてる。
例え誰がなんと言おうと、私たちはもといた場所へ帰るのだ……そう、絶対に――。
◆検索ワード◆
新撰組/幕末/タイムスリップ/沖田総司/土方歳三/近藤勇/斎藤一/山南敬助/藤堂平助/原田左之助/永倉新八/山崎烝/長州/吉田稔麿/オリキャラ/純愛/推理/シリアス/ファンタジー/W主人公/恋愛
病弱な悪役令息兄様のバッドエンドは僕が全力で回避します!
松原硝子
BL
三枝貴人は総合病院で働くゲーム大好きの医者。
ある日貴人は乙女ゲームの制作会社で働いている同居中の妹から依頼されて開発中のBLゲーム『シークレット・ラバー』をプレイする。
ゲームは「レイ・ヴァイオレット」という公爵令息をさまざまなキャラクターが攻略するというもので、攻略対象が1人だけという斬新なゲームだった。
プレイヤーは複数のキャラクターから気に入った主人公を選んでプレイし、レイを攻略する。
一緒に渡された設定資料には、主人公のライバル役として登場し、最後には断罪されるレイの婚約者「アシュリー・クロフォード」についての裏設定も書かれていた。
ゲームでは主人公をいじめ倒すアシュリー。だが実は体が弱く、さらに顔と手足を除く体のあちこちに謎の湿疹ができており、常に体調が悪かった。
両親やごく親しい周囲の人間以外には病弱であることを隠していたため、レイの目にはいつも不機嫌でわがままな婚約者としてしか映っていなかったのだ。
設定資料を読んだ三枝は「アシュリーが可哀想すぎる!」とアシュリー推しになる。
「もしも俺がアシュリーの兄弟や親友だったらこんな結末にさせないのに!」
そんな中、通勤途中の事故で死んだ三枝は名前しか出てこないアシュリーの義弟、「ルイス・クロフォードに転生する。前世の記憶を取り戻したルイスは推しであり兄のアシュリーを幸せにする為、全力でバッドエンド回避計画を実行するのだが――!?
聖夜のアンティフォナ~君の声は、夜を照らすあかりになる~
雨愁軒経
ライト文芸
ある年の冬。かつて少年ピアニストとして世界を飛び回っていた高校生・天野冬彦は、缶コーヒーを落としたことがきっかけで、聾者の少女・星川あかりと出会う。
冬彦のピアノの音を『聴こえる』と笑ってくれる彼女との、聖夜のささやかな恋物語。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・地名とは一切関係ありません。
※また、この作品には一般に差別用語とされる言葉が登場しますが、作品の性質によるもので、特定の個人や団体を誹謗中傷する目的は一切ございません。ご了承ください。
僕とピアノ姫のソナタ
麻倉とわ
ライト文芸
音大でヴァイオリンを専攻しながらも、日々音楽よりも女遊びにいそしむ椎名哲朗。
彼はある合コンで目を奪われるような美人と出会うが、彼女は場の空気をまったく読めず、周囲から浮きまくっていた。実は同じ大学で『ピアノ姫』と呼ばれている音楽バカの天才ピアニスト、真山調だったのだ。
ひょんなことから哲朗は調とホテルに行くことになり、流されて一夜を共にしてしまうが――。
【完結】君たちへの処方箋
たまこ
ライト文芸
妹が急死した旺也は、彼女の息子を一人で育てることになった。
母親が急にいなくなったことで荒れる甥との暮らしに悪戦苦闘し、日々疲弊していく。
そんな二人の前に現れたのは……。
大事な人を亡くした二人が少しずつ心を癒していくお話です。
※人の生死に関するお話ですので、苦手な方はご注意ください。
※不妊に関するお話が一部あります。該当箇所には冒頭に書いておりますので、苦手な方はそこを飛ばして読んでいただけたらと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる