上 下
1 / 432

001『今日から』

しおりを挟む

せやさかい・001『今日から』 

 

 
 ここで降りるん?

 
 財布を出したお母さんは「そこで停めてください」と運転手さんに言う。

 お祖父ちゃんの家は、ここからやと、まだ五百メートルはある。いつもは、お祖父ちゃんの家の前で降りるんやけど……ひょっとしてタクシー代にまで困ってるんやろか?

「今日から住むとこや、どんな街か知っとかならあかんやろ。ほら、こっちが堺東の駅の方や」

 タクシーでやってきた四車線の北を指さすお母さん。駅に着いた時に降ってた雨は上がってお日さんが顔を出してる。せやけど、道路は、まだまだ水浸し。おニューの靴で歩いて行くのは気が進まへん。

「そんで、そこのファミマの道を西に入っていくんや」

 運転手さんがトランクから荷物を出してくれる間にザックリと説明。「そんなん分かってるわ」と言うてみるけど、ファミマが目印やったのは初めて気ぃついた。お母さんに素直になられへんのは、この四月で中学生になる思春期のせいばっかりやない。

 ないけど、胸に仕舞い込む。

「信号青になった」

 スマホに意識とられてるお母さんに言う。「分かってる」と返すお母さんも、ちょっとツッケンドン。お母さんは、ええ歳して、どこか思春期を引きずってるようなとこがある。言わへんけど。

 信号を渡ると住宅街。

「角を二つ曲がるから、よう覚えときや」

 これまでは、堺東の駅からタクシーで来るばっかりやったから、正直道は分からへん。大人しい付いていく。

 三階建てのマンションが見えたとこで、お母さんがクイっと首を捻る。

 ウグ(;'∀')

 左手にキャリーバッグ、右手にスーツケース持ってるからしゃあないねんけど、せめて「右に曲がる」くらい言うてほしい。

 チラ見したら、ちょっと目尻に力が入ってる。

「今のが、介護喫茶の『ひらり』覚えたか?」

「うん」

 次の曲がり角は駐車場やったけど、今度は言わへん。

 お母さんの胸にも、いろいろ迫ってくるもんがあるんやろと思て、駐車場の『コトブキパーキング』の看板をしっかり覚える。

「「ハーーーー」」

 親子そろてため息、ちょっと気まずいけど互いに知らん顔しとく。

 

 わたし、田中さくらは今日から酒井さくらと苗字を変えて堺の街で生きていきます。

 

 ちょっと振り返った道の向こうには小高い山が見える。

 それが仁徳天皇陵やと思いだしたころにお祖父ちゃんの家の前に着いた。お爺ちゃんの家には大きな屋根付きの門がある。門には『安泰山如来寺』の看板が掛かってる。

「いくで」

 実家に入るのに「いくで」はちゃうやろと思うねんけど「うん」と返事して足を踏み入れる。

 そのとたん。

「ヒヤ!」

「……いや?」

「ちゃうちゃう、屋根の雨水が落ちてきて背中に入った」

 ほんまに水が落ちて来てんやけど、うろんな顔のお母さん。

「そうなんだ」

 口癖の東京弁を言うと、ズンズンと庫裏に向かって歩いて行く。

「ハーーー」

 無意識にため息が出て、またお母さんに睨まれる。



 見上げた空は完全に回復して青空が覗いてる。

 せやけど。

 わたしの心はお天気ほどには切り替わってはいてません。

 せやさかい。

 顔は、まだこわばったままです(;'∀')
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

雨降る朔日

ゆきか
キャラ文芸
母が云いました。祭礼の後に降る雨は、子供たちを憐れむ蛇神様の涙だと。 せめて一夜の話し相手となりましょう。 御物語り候へ。 --------- 珠白は、たおやかなる峰々の慈愛に恵まれ豊かな雨の降りそそぐ、農業と医学の国。 薬師の少年、霜辻朔夜は、ひと雨ごとに冬が近付く季節の薬草園の六畳間で、蛇神の悲しい物語に耳を傾けます。 白の霊峰、氷室の祭礼、身代わりの少年たち。 心優しい少年が人ならざるものたちの抱えた思いに寄り添い慰撫する中で成長してゆく物語です。 創作「Galleria60.08」のシリーズ作品となります。 2024.11.25〜12.8 この物語の世界を体験する展示を、箱の中のお店(名古屋)で開催します。 絵:ゆきか 題字:渡邊野乃香

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

【完結】元お義父様が謝りに来ました。 「婚約破棄にした息子を許して欲しい」って…。

BBやっこ
恋愛
婚約はお父様の親友同士の約束だった。 だから、生まれた時から婚約者だったし。成長を共にしたようなもの。仲もほどほどに良かった。そんな私達も学園に入学して、色んな人と交流する中。彼は変わったわ。 女学生と腕を組んでいたという、噂とか。婚約破棄、婚約者はにないと言っている。噂よね? けど、噂が本当ではなくても、真にうけて行動する人もいる。やり方は選べた筈なのに。

彼女の願いはあまりに愚かで、切なくて

当麻月菜
ライト文芸
「杏沙、お願い。私が退院するまでこの人と付き合って」 末期がんに侵された友人の由紀はそう言って、自分の彼氏──永井和臣を差し出した。 「うん、いいよ」 それで由紀の病気が快方に向かうならという気持ちから、杏沙は願掛けのつもりで頷いた。 それから和臣との付き合いが始まった。 手も握らない。キスもしない。身体を重ね合わせることも、彼との未来を想像することさえしない偽りの交際は、罪悪感だけが積もる日々。 そんなある日、和臣は言った。 「由紀にとって、君は一番大事な友達……親友なんだ」 その言葉に杏沙は、ちくりと罪悪感を覚えた。 杏沙は由紀の親友では無い。親友になりたくても、なれない。そんな資格は無いのだ。 なぜなら昔、杏沙は由紀に対してひどい裏切りをしたことがあったから。 友人の回復を信じて偽装恋愛を始めるOLと、偽装恋愛をしてでも恋人の回復を願う大学生のいびつで切ない秋から冬までのお話。 ※以前投稿していましたが、加筆修正のためいったん非公開にして再投稿しています。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

死にたがりのうさぎ

初瀬 叶
ライト文芸
孤独とは。  意味を調べてみると 1 仲間や身寄りがなく、ひとりぼっちであること。思うことを語ったり、心を通い合わせたりする人が一人もなく寂しいこと。また、そのさま。 2 みなしごと、年老いて子のない独り者。 らしい。 私はこれに当てはまるのか? 三十三歳。人から見れば孤独。 そんな私と死にたがりのうさぎの物語。 二人が紡ぐ優しい最期の時。私は貴方に笑顔を見せる事が出来ていますか? ※現実世界のお話ですが、整合性のとれていない部分も多々あるかと思います。突っ込みたい箇所があっても、なるべくスルーをお願いします ※「死」や「病」という言葉が多用されております。不快に思われる方はそっと閉じていただけると幸いです。 ※会話が中心となって進行していく物語です。会話から二人の距離感を感じて欲しいと思いますが、会話劇が苦手な方には読みにくいと感じるかもしれません。ご了承下さい。 ※第7回ライト文芸大賞エントリー作品です。

「桜の樹の下で、笑えたら」✨奨励賞受賞✨

悠里
ライト文芸
高校生になる前の春休み。自分の16歳の誕生日に、幼馴染の悠斗に告白しようと決めていた心春。 会う約束の前に、悠斗が事故で亡くなって、叶わなかった告白。 (霊など、ファンタジー要素を含みます) 安達 心春 悠斗の事が出会った時から好き 相沢 悠斗 心春の幼馴染 上宮 伊織 神社の息子  テーマは、「切ない別れ」からの「未来」です。 最後までお読み頂けたら、嬉しいです(*'ω'*) 

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

処理中です...