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94『さつき今日この頃・1』
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ここは世田谷豪徳寺・94(さつき編)
『さつき今日この頃・1』
アッと思ったら、手のスマホが無くなっていた。
目の前電柱一本分先を走っているカットソーとジーンズの女の子が犯人だということに理解が及ぶのに数秒かかった。
「スマホドロボー!」
と叫ぶのに、さらに二秒かかった。
犯人はとっくに、豪徳寺の高架を抜け右に曲がって姿が見えなくなっていた。これは、もう駄目だろうという諦めが湧いてきた。
と、思ったら、高架の右側から犯人が左側に駆け抜けていった。
「ド、ド、ドロボー!」
あたしは、改めて叫んで追いかけた。
なんといっても豪徳寺は地元だ、姿さえ見えていたら、路地裏の奥まで追いかけられる。
と思って走っていると、自転車に乗った北側署の香取巡査が自転車で追いかけていた。
「一応窃盗だからね」
香取巡査が、取調室で、あたしと犯人の両方に言った。スマホドロボーは、なんと、あたしと同じ東都大の留学生だった。
「周恩華さん、前は無いみたいだけど、単に検挙されてないだけで、初めてだったって言い訳は通用しないよ。さつきさん、どこも怪我してません? ひっかき傷でもしてたら強盗傷害になるからね」
香取巡査は、冷たい麦茶を置きながら、首筋の汗を拭いた。使ったタオルハンカチは、その横で調書を取っている女性警官のものらしく嫌な顔をしている。
「怪我はしていません。スマホが戻ったら、あたしはいいんです」
周恩華という同学の留学生は、固く口をつぐんだまま机の上を見ている。覚悟はしているようだった。
あたしは、この周さんは、本当に初めてか手馴れていないのだと思った。慣れていたら、こんな豪徳寺みたいなローカルなところじゃやらないだろう。
でも、なんで豪徳寺なんかに来たんだろうって、疑問は残った。
「なんで豪徳寺なんかに来たの? あなたの寮は大学の近所でしょう?」
「……佐倉惣一の家が知りたかった、さくらのスマホ見たら惣一の住所分かる」
「兄貴の住所知?」
「そうよ、佐倉惣一は佐世保沖海戦の英雄だから、どこの高級住宅に引っ越したのかと思って」
「え……?」
「どこよ、成城? 軽井沢? ひょっとして、特別に赤坂御料地の中とか?」
「なに言ってんの?」
「だって、英雄でしょ? 海戦の立役者でしょ? だったら、政府からの特別待遇で、どこかの高級住宅街で、セレブな家に越してるんでしょ?」
「えと……海上勤務で、あんまり帰ってこないけど、一応、うちが現住所なんだけど」
「う、うそ!?」
「いや、ほんと」
「ええー! だったら、さつきの後、付けていくだけで済んだあ!?」
「きみねえ。反省してないし、挑戦的だし」
「あたし、被害届出しません」
「出しなさいよ。そんなことで恩にきたりしないから。麦茶、もう一杯、お巡りさん」
「可愛くないなあ……」
そう言いながらも、お茶を汲みにいくところが、香取巡査のいいところだろう。
「はい、どうぞ。でもね、なんで佐倉さんのお兄さんを?」
あたしも、それには興味があった。
「佐倉惣一は、たかやすの乗り組み士官。それに『MAMORI』で、佐世保沖の大虐殺の正当化をやってる!」
「そんな言い方やめてくれる。あれはC国の方が先に手を出したのよ」
「先に撃ったのは日本側」
「射撃レーダー照射されて、砲口向けたら、撃ったも同然でしょ」
「でも、C国側には撃つ気は無かった」
「アメリカなら、懐に手を突っ込んだ段階で撃たれてるわよ」
「日本の警察は撃たないでしょ。『銃を下ろせ。下ろさなければ、今度はもう一回銃を下ろせって言うぞ!』なんでしょ?」
「君なあ、そういうもの言いが自分の首締めるんだぞ」
「締めるんだったら締めてよ。どうせ、日本には居られないし、国に帰っても住む家もないんだから。みんなあんたのお兄さんが悪いのよ」
「冷静になろうよ、周さん」
「あたしは負けない。あたしの兄さんは、あの佐世保沖で沈められた船に乗っていたんだから!」
目の前でシャッターが下ろされたような気がした。
『さつき今日この頃・1』
アッと思ったら、手のスマホが無くなっていた。
目の前電柱一本分先を走っているカットソーとジーンズの女の子が犯人だということに理解が及ぶのに数秒かかった。
「スマホドロボー!」
と叫ぶのに、さらに二秒かかった。
犯人はとっくに、豪徳寺の高架を抜け右に曲がって姿が見えなくなっていた。これは、もう駄目だろうという諦めが湧いてきた。
と、思ったら、高架の右側から犯人が左側に駆け抜けていった。
「ド、ド、ドロボー!」
あたしは、改めて叫んで追いかけた。
なんといっても豪徳寺は地元だ、姿さえ見えていたら、路地裏の奥まで追いかけられる。
と思って走っていると、自転車に乗った北側署の香取巡査が自転車で追いかけていた。
「一応窃盗だからね」
香取巡査が、取調室で、あたしと犯人の両方に言った。スマホドロボーは、なんと、あたしと同じ東都大の留学生だった。
「周恩華さん、前は無いみたいだけど、単に検挙されてないだけで、初めてだったって言い訳は通用しないよ。さつきさん、どこも怪我してません? ひっかき傷でもしてたら強盗傷害になるからね」
香取巡査は、冷たい麦茶を置きながら、首筋の汗を拭いた。使ったタオルハンカチは、その横で調書を取っている女性警官のものらしく嫌な顔をしている。
「怪我はしていません。スマホが戻ったら、あたしはいいんです」
周恩華という同学の留学生は、固く口をつぐんだまま机の上を見ている。覚悟はしているようだった。
あたしは、この周さんは、本当に初めてか手馴れていないのだと思った。慣れていたら、こんな豪徳寺みたいなローカルなところじゃやらないだろう。
でも、なんで豪徳寺なんかに来たんだろうって、疑問は残った。
「なんで豪徳寺なんかに来たの? あなたの寮は大学の近所でしょう?」
「……佐倉惣一の家が知りたかった、さくらのスマホ見たら惣一の住所分かる」
「兄貴の住所知?」
「そうよ、佐倉惣一は佐世保沖海戦の英雄だから、どこの高級住宅に引っ越したのかと思って」
「え……?」
「どこよ、成城? 軽井沢? ひょっとして、特別に赤坂御料地の中とか?」
「なに言ってんの?」
「だって、英雄でしょ? 海戦の立役者でしょ? だったら、政府からの特別待遇で、どこかの高級住宅街で、セレブな家に越してるんでしょ?」
「えと……海上勤務で、あんまり帰ってこないけど、一応、うちが現住所なんだけど」
「う、うそ!?」
「いや、ほんと」
「ええー! だったら、さつきの後、付けていくだけで済んだあ!?」
「きみねえ。反省してないし、挑戦的だし」
「あたし、被害届出しません」
「出しなさいよ。そんなことで恩にきたりしないから。麦茶、もう一杯、お巡りさん」
「可愛くないなあ……」
そう言いながらも、お茶を汲みにいくところが、香取巡査のいいところだろう。
「はい、どうぞ。でもね、なんで佐倉さんのお兄さんを?」
あたしも、それには興味があった。
「佐倉惣一は、たかやすの乗り組み士官。それに『MAMORI』で、佐世保沖の大虐殺の正当化をやってる!」
「そんな言い方やめてくれる。あれはC国の方が先に手を出したのよ」
「先に撃ったのは日本側」
「射撃レーダー照射されて、砲口向けたら、撃ったも同然でしょ」
「でも、C国側には撃つ気は無かった」
「アメリカなら、懐に手を突っ込んだ段階で撃たれてるわよ」
「日本の警察は撃たないでしょ。『銃を下ろせ。下ろさなければ、今度はもう一回銃を下ろせって言うぞ!』なんでしょ?」
「君なあ、そういうもの言いが自分の首締めるんだぞ」
「締めるんだったら締めてよ。どうせ、日本には居られないし、国に帰っても住む家もないんだから。みんなあんたのお兄さんが悪いのよ」
「冷静になろうよ、周さん」
「あたしは負けない。あたしの兄さんは、あの佐世保沖で沈められた船に乗っていたんだから!」
目の前でシャッターが下ろされたような気がした。
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