78 / 139
78『さざれ石・2』
しおりを挟む
ここは世田谷豪徳寺・78(さつき編)
『さざれ石・2』
「ここに、もう一つ天守閣があったのよ」
「え、二つも天守閣があったの?」
タクミ君は、不思議そうに言った。
「うん、秀吉が死んだあと、家康は大老の名目で西ノ丸にも天守閣を作って、自分が事実上の天下人であることを形で示したの。大名の多くが、この西ノ丸に挨拶に来るようになったわ」
「ちょっと、今の世界に似てるね」
「あの大手門の脇にあるのが千貫櫓」
「千貫……建築にかかった費用?」
「ううん。大坂城の前の石山本願寺のころから、あそこに櫓があってね、あそこからたくさんの鉄砲で狙われるので、攻めあぐねた信長が『あの櫓を陥とした者には、褒美に千貫やるぞ!』って言ったのが始まりで、それ以来秀吉、家康に引き継がれても、あそこに建った櫓は『千貫櫓』ってよばれるようになったの」
「へえ、歴史にも、いろいろ学ぶところがあるね。天守閣が二つになった段階で、天下の権が移ったことを豊臣が理解していれば、滅びなくて済んだかもしれないし、『千貫櫓』の名前を引き継ぐだけで、程よく威嚇にも親しみにもなる」
あたしとタクミ君は、梅雨の晴れ間の大阪城に来ている。でもデートなんかじゃない。あるものの実用試験を兼ねた任務がある。
「しかし、タクミ君て晴れ男ね。あれだけの雨が、ピタリと止んじゃうんだもん」
「そうかな、ちょっと検索してみよう」
これが今朝決めたばかりの愛言葉。あたしは指輪を外し、タクミ君は自衛隊特製のスマホを取り出した。
「……タクミ晴れ男、で、エンターと」
――読める……C国領事が、瀋陽に向かう――
あたしは、もう一度指輪を嵌めた。
「もう一度試してみよう」
タクミ君は、もう一度「タクミ晴れ男」と打った。今度はタクミ君の心は読めなかった……。
その数時間後、関空で一騒ぎがあった。
C国の瀋陽行きの飛行機に乗ろうとしていた大阪のC国領事が拉致されそうになり、待機していた警察によって、容疑者たちの身柄は確保され、C国領事は、無事に瀋陽に飛び立った。
いくつかのことが明らかになった。
C国は、佐世保沖の海戦以来、分裂の様子がある。
首都を中心とする政府の中枢と、南部の大都市を中心とする分派。軍と地方政府は、どちらについているか分からなかった。表面的には静観の様子だが大阪の領事が動いたように、水面下では勢力争いがおこっており、C国は事実上分裂の方向に動き始めている。
C国は、日本に宣戦布告はしたものの目立った動きをしていない。在留邦人も一応無事だ。政府は事態の流動化を懸念して、帰国勧告を出している。日本企業の撤退は、この一週間で顕著になり、外国資本も逃げ出している。
C国は統一と分裂を繰り返すのが国家的体質である。七十年の統一の時期が終わり、分裂の時期に入ったと言っていいだろう。
もう一つ分かったことは、さざれ石がタクミ君の思念を読み取るバリアーになることである。タクミ君は喜んだ。これでヨコシマナことを思っても、あたしに気づかれずに済む。
ただ、さざれ石を身に着けるかどうかは、あたしの気持ち次第ではあるので、とりあえずC国とのことが決着がつくまでは、自衛隊での生活が続きそうな気配なのだ。
『さざれ石・2』
「ここに、もう一つ天守閣があったのよ」
「え、二つも天守閣があったの?」
タクミ君は、不思議そうに言った。
「うん、秀吉が死んだあと、家康は大老の名目で西ノ丸にも天守閣を作って、自分が事実上の天下人であることを形で示したの。大名の多くが、この西ノ丸に挨拶に来るようになったわ」
「ちょっと、今の世界に似てるね」
「あの大手門の脇にあるのが千貫櫓」
「千貫……建築にかかった費用?」
「ううん。大坂城の前の石山本願寺のころから、あそこに櫓があってね、あそこからたくさんの鉄砲で狙われるので、攻めあぐねた信長が『あの櫓を陥とした者には、褒美に千貫やるぞ!』って言ったのが始まりで、それ以来秀吉、家康に引き継がれても、あそこに建った櫓は『千貫櫓』ってよばれるようになったの」
「へえ、歴史にも、いろいろ学ぶところがあるね。天守閣が二つになった段階で、天下の権が移ったことを豊臣が理解していれば、滅びなくて済んだかもしれないし、『千貫櫓』の名前を引き継ぐだけで、程よく威嚇にも親しみにもなる」
あたしとタクミ君は、梅雨の晴れ間の大阪城に来ている。でもデートなんかじゃない。あるものの実用試験を兼ねた任務がある。
「しかし、タクミ君て晴れ男ね。あれだけの雨が、ピタリと止んじゃうんだもん」
「そうかな、ちょっと検索してみよう」
これが今朝決めたばかりの愛言葉。あたしは指輪を外し、タクミ君は自衛隊特製のスマホを取り出した。
「……タクミ晴れ男、で、エンターと」
――読める……C国領事が、瀋陽に向かう――
あたしは、もう一度指輪を嵌めた。
「もう一度試してみよう」
タクミ君は、もう一度「タクミ晴れ男」と打った。今度はタクミ君の心は読めなかった……。
その数時間後、関空で一騒ぎがあった。
C国の瀋陽行きの飛行機に乗ろうとしていた大阪のC国領事が拉致されそうになり、待機していた警察によって、容疑者たちの身柄は確保され、C国領事は、無事に瀋陽に飛び立った。
いくつかのことが明らかになった。
C国は、佐世保沖の海戦以来、分裂の様子がある。
首都を中心とする政府の中枢と、南部の大都市を中心とする分派。軍と地方政府は、どちらについているか分からなかった。表面的には静観の様子だが大阪の領事が動いたように、水面下では勢力争いがおこっており、C国は事実上分裂の方向に動き始めている。
C国は、日本に宣戦布告はしたものの目立った動きをしていない。在留邦人も一応無事だ。政府は事態の流動化を懸念して、帰国勧告を出している。日本企業の撤退は、この一週間で顕著になり、外国資本も逃げ出している。
C国は統一と分裂を繰り返すのが国家的体質である。七十年の統一の時期が終わり、分裂の時期に入ったと言っていいだろう。
もう一つ分かったことは、さざれ石がタクミ君の思念を読み取るバリアーになることである。タクミ君は喜んだ。これでヨコシマナことを思っても、あたしに気づかれずに済む。
ただ、さざれ石を身に着けるかどうかは、あたしの気持ち次第ではあるので、とりあえずC国とのことが決着がつくまでは、自衛隊での生活が続きそうな気配なのだ。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
【完結】箱根戦士にラブコメ要素はいらない ~こんな大学、入るんじゃなかったぁ!~
テツみン
青春
高校陸上長距離部門で輝かしい成績を残してきた米原ハルトは、有力大学で箱根駅伝を走ると確信していた。
なのに、志望校の推薦入試が不合格となってしまう。疑心暗鬼になるハルトのもとに届いた一通の受験票。それは超エリート校、『ルドルフ学園大学』のモノだった――
学園理事長でもある学生会長の『思い付き』で箱根駅伝を目指すことになった寄せ集めの駅伝部員。『葛藤』、『反発』、『挫折』、『友情』、そして、ほのかな『恋心』を経験しながら、彼らが成長していく青春コメディ!
*この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件・他の作品も含めて、一切、全く、これっぽっちも関係ありません。
黄昏は悲しき堕天使達のシュプール
Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・
黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に
儚くも露と消えていく』
ある朝、
目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。
小学校六年生に戻った俺を取り巻く
懐かしい顔ぶれ。
優しい先生。
いじめっ子のグループ。
クラスで一番美しい少女。
そして。
密かに想い続けていた初恋の少女。
この世界は嘘と欺瞞に満ちている。
愛を語るには幼過ぎる少女達と
愛を語るには汚れ過ぎた大人。
少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、
大人は平然と他人を騙す。
ある時、
俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。
そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。
夕日に少女の涙が落ちる時、
俺は彼女達の笑顔と
失われた真実を
取り戻すことができるのだろうか。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ほのぼの学園百合小説 キタコミ!
水原渉
青春
ごくごく普通の女子高生の帰り道。帰宅部の仲良し3人+1人が織り成す、青春学園物語。
ほんのりと百合の香るお話です。
ごく稀に男子が出てくることもありますが、男女の恋愛に発展することは一切ありませんのでご安心ください。
イラストはtojo様。「リアルなDカップ」を始め、たくさんの要望にパーフェクトにお応えいただきました。
★Kindle情報★
1巻:第1話~第12話、番外編『帰宅部活動』、書き下ろしを収録。
https://www.amazon.co.jp/dp/B098XLYJG4
2巻:第13話~第19話に、書き下ろしを2本、4コマを1本収録。
https://www.amazon.co.jp/dp/B09L6RM9SP
3巻:第20話~第28話、番外編『チェアリング』、書き下ろしを4本収録。
https://www.amazon.co.jp/dp/B09VTHS1W3
4巻:第29話~第40話、番外編『芝居』、書き下ろし2本、挿絵と1P漫画を収録。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0BNQRN12P
5巻:第41話~第49話、番外編2本、書き下ろし2本、イラスト2枚収録。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0CHFX4THL
6巻:第50話~第55話、番外編2本、書き下ろし1本、イラスト1枚収録。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0D9KFRSLZ
Chit-Chat!1:1話25本のネタを30話750本と、4コマを1本収録。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0CTHQX88H
★第1話『アイス』朗読★
https://www.youtube.com/watch?v=8hEfRp8JWwE
★番外編『帰宅部活動 1.ホームドア』朗読★
https://www.youtube.com/watch?v=98vgjHO25XI
★Chit-Chat!1★
https://www.youtube.com/watch?v=cKZypuc0R34
創作中
渋谷かな
青春
これはドリームコンテスト用に部活モノの青春モノです。
今まで多々タイトルを分けてしまったのが、失敗。
過去作を無駄にしないように合併? 合成? 統合? を試してみよう。
これは第2期を書いている時に思いついた発想の転換です。
女子高生の2人のショートコントでどうぞ。
「ねえねえ! ライブ、行かない?」
「いいね! 誰のコンサート? ジャニーズ? 乃木坂48?」
「違うわよ。」
「じゃあ、誰のライブよ?」
「ライト文芸部よ。略して、ライブ。被ると申し訳ないから、!?を付けといたわ。」
「なんじゃそりゃ!?」
「どうもありがとうございました。」
こちら、元々の「軽い!? 文芸部」時代のあらすじ。
「きれい!」
「カワイイ!」
「いい匂いがする!」
「美味しそう!」
一人の少女が歩いていた。周りの人間が見とれるほどの存在感だった。
「あの人は誰!?」
「あの人は、カロヤカさんよ。」
「カロヤカさん?」
彼女の名前は、軽井沢花。絶対無敵、才色兼備、文武両道、信号無視、絶対無二の存在である神である。人は彼女のことを、カロヤカさんと呼ぶ。
今まで多々タイトルを分けてしまったのが、失敗。
過去作を無駄にしないように合併? 合成? 統合? を試してみよう。
これからは、1つのタイトル「ライブ!? 軽い文学部の話」で統一しよう。
神様記録
ハコニワ
青春
有名な占い家系の娘、玲奈(れな)は18歳で跡取りになる。その前に…あたし、占いとかそんな力ないんだけど!?
跡取りにはなりたくない一心で小さい祠に願いをぶちまけた。その結果、なんと祠から神様が!
その日を堺にあたしの日常は神様という合間見れない日常になってしまった。そこで、占い師として力をみにつけるか、又は願いの通り跡取りから逃げるか、神様と触れ合い玲奈がどのような人間になるのか…
友情と神と恋愛と織りなすファンタジーな青春物。
―ミオンを求めて―最後の世界×蓮の花姫の続編、繋がる作品です。作品を見てなくても楽しめる作品だと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる