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36《Takoumi Reotardとの出会い》
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ここは世田谷豪徳寺 (三訂版)
第36話《ボンヤリの功罪》さつき
後期試験も終わったせいか、学食で列に並んだり、駅のホームで電車を待ったり、横断歩道で信号待ちのほんの数十秒間でも、ついボンヤリしてしまう。
去年は色々あった。
バイト仲間の秋元君や聡子ちゃん、修学院演劇部OBの島田さん、作家の大橋さん、妹のさくら、年末のっそりと帰ってきたソーニィ……程度の差はあるけど、みんな人生の曲がり角、あるいはステップアップの位置に付いている。
犬養のおいちゃんのお葬式では「自転車に乗ったら世界が変わる」というおいちゃんの言葉を思い出した。
おいちゃんに稽古つけてもらって自転車に乗れるようになって、駅の向こう側にも行くようになった。豪徳寺に住みながら一度も行ったことが無かった豪徳寺にも行った。半径二キロくらいのところを探検しまくって、我が町世田谷の広さを知った。
場所だけじゃない、自転車漕ぐと風を感じられた。普通の風じゃない、自分がペダルを漕いで、言ってみれば自分で稼いだ風。
自転車に乗れるようになるまでは、風は向こうから吹いてくるものだったけど、自転車の風は、自分で稼いだ風だ。
むろん、子どもの自転車、せいぜい速度は15キロぐらいのものだろうね。
でも、自分の風だった。自分で稼いだ風だった。
愚妹のさくらが、どういうわけか、一カ月足らずで女優兼モデルのハシクレになった。
さくらは、女の子を10人集めたら5番目ぐらいの子。けして道行く人たちが、すれ違いざまに振り返るようなミテクレではない。それが渋谷でネーチャンとオッサンのケンカを見ているときのビックリ顔がスカウトの目に止まり、持ち前の「その場しのぎ根性」も幸いして、エキストラながら本番中にかましたアドリブが、主役や監督の目に新鮮に映り、にわかに、それらしくなってしまった。
さくらは、一見、向こうから吹いてきた風に乗ってるようだけど、要所要所では自分でペダルを漕いでいる、自分で風を起こしている。無自覚だけどね。
ああいう無自覚には思いもかけぬ天佑神助があるのかもしれない。
そんなことをポワポワ考えている間に、信号を読み違えた。
なんと、反対の道路の青信号を、こっちの青信号と見誤って渡ってしまった! 当然の如く、あたしは車に撥ねられた。
撥ねた車が目の前に見えた。四駆の迷彩車体、バンパーに○○の文字。ああ、よりにもよって自衛隊員の妹が自衛隊の車に跳ねられるとは……。
すると、車から外人さんが降りてきた。直感で、フランス人と思ったのは、第二外語がフランス語であることや、クレルモン大への留学を考えていたせいかもしれない。だって、ありえない、フランス人の自衛隊員なんて……。
「Vous est-ce qu'un Français est pourquoi? (なんで、フランス人が?)」
「Est-ce qu'il n'y a pas toute blessure? (怪我はしてませんか?)」
そこで、意識が飛んだ。気が付いたら病院のベッドだった。
「Il est-ce qu'un hôpital français est ici?(ここは、フランスの病院?)」
「C'est un hôpital japonais. (日本の病院)Vous est-ce qu'une personne d'un pays est de cela qui? (君はどこの国の人?)」
「Il est un japonais.(日本人よ)」
「C'est vrai!? ああ、なんだ、フランス語を喋るアジア系の外国人だと思ってた!」
と、へんなフランス人が、日本人の表情で言った。
「おい、レオタード、ちょっと」
三尉の階級章をつけた幹部が、彼を呼んだ。入れ替わりに一尉の幹部の人が入ってきた。
「部下の不始末、申し訳ありません」
「いいえ、あたしが赤信号で飛び出したのがいけないんです。あの人のせいじゃありません」
「いや、どんな場合でも自衛官たるもの即応できなければなりませんから」
その時、彼が緊張した顔で入ってきた。
「これから現場検証に臨場いたします。お嬢さんには、改めて……」
「あ、あたしもいきます!」
「いけません。貴女は念のため二十四時間安静です!」
「じゃ、せめて名前を」
「……です。じゃ」
早口で分からなかった、それを察して一尉の幹部の人がメモに書いてくれた。
――Takoumi Leotard ――
「タコウミ レオタール……?」
「あ、タクミと発音します。父がフランス人で、母が日本人です」
「あ、それで。あ、どうぞお楽にしてください。わたし自衛隊のことは理解しています。兄が海上自衛隊なんです」
「あ、そうなんですか」
緊張は崩さなかったが、明らかに親近感が目に浮かぶのが分かった。
これが、緊張一尉さんと(なんたって、下の名前言うの忘れてる)一等陸士タクミとの出会いだった。
☆彡 主な登場人物
佐倉 さくら 帝都女学院高校1年生
佐倉 さつき さくらの姉
佐倉 惣次郎 さくらの父
佐倉 惣一 さくらとさつきの兄 海上自衛隊員
佐久間 まくさ さくらのクラスメート
山口 えりな さくらのクラスメート バレー部のセッター
米井 由美 さくらのクラスメート 委員長
白石 優奈 帝都の同学年生 自分を八百比丘尼の生まれ変わりだと思っている
原 鈴奈 帝都の二年生 おもいろタンポポのメンバー
氷室 聡子 さつきのバイト仲間の女子高生 サトちゃん
秋元 さつきのバイト仲間
四ノ宮 忠八 道路工事のガードマン
四ノ宮 篤子 忠八の妹
明菜 惣一の女友達
香取 北町警察の巡査
タクミ Takoumi Leotard 陸自隊員
第36話《ボンヤリの功罪》さつき
後期試験も終わったせいか、学食で列に並んだり、駅のホームで電車を待ったり、横断歩道で信号待ちのほんの数十秒間でも、ついボンヤリしてしまう。
去年は色々あった。
バイト仲間の秋元君や聡子ちゃん、修学院演劇部OBの島田さん、作家の大橋さん、妹のさくら、年末のっそりと帰ってきたソーニィ……程度の差はあるけど、みんな人生の曲がり角、あるいはステップアップの位置に付いている。
犬養のおいちゃんのお葬式では「自転車に乗ったら世界が変わる」というおいちゃんの言葉を思い出した。
おいちゃんに稽古つけてもらって自転車に乗れるようになって、駅の向こう側にも行くようになった。豪徳寺に住みながら一度も行ったことが無かった豪徳寺にも行った。半径二キロくらいのところを探検しまくって、我が町世田谷の広さを知った。
場所だけじゃない、自転車漕ぐと風を感じられた。普通の風じゃない、自分がペダルを漕いで、言ってみれば自分で稼いだ風。
自転車に乗れるようになるまでは、風は向こうから吹いてくるものだったけど、自転車の風は、自分で稼いだ風だ。
むろん、子どもの自転車、せいぜい速度は15キロぐらいのものだろうね。
でも、自分の風だった。自分で稼いだ風だった。
愚妹のさくらが、どういうわけか、一カ月足らずで女優兼モデルのハシクレになった。
さくらは、女の子を10人集めたら5番目ぐらいの子。けして道行く人たちが、すれ違いざまに振り返るようなミテクレではない。それが渋谷でネーチャンとオッサンのケンカを見ているときのビックリ顔がスカウトの目に止まり、持ち前の「その場しのぎ根性」も幸いして、エキストラながら本番中にかましたアドリブが、主役や監督の目に新鮮に映り、にわかに、それらしくなってしまった。
さくらは、一見、向こうから吹いてきた風に乗ってるようだけど、要所要所では自分でペダルを漕いでいる、自分で風を起こしている。無自覚だけどね。
ああいう無自覚には思いもかけぬ天佑神助があるのかもしれない。
そんなことをポワポワ考えている間に、信号を読み違えた。
なんと、反対の道路の青信号を、こっちの青信号と見誤って渡ってしまった! 当然の如く、あたしは車に撥ねられた。
撥ねた車が目の前に見えた。四駆の迷彩車体、バンパーに○○の文字。ああ、よりにもよって自衛隊員の妹が自衛隊の車に跳ねられるとは……。
すると、車から外人さんが降りてきた。直感で、フランス人と思ったのは、第二外語がフランス語であることや、クレルモン大への留学を考えていたせいかもしれない。だって、ありえない、フランス人の自衛隊員なんて……。
「Vous est-ce qu'un Français est pourquoi? (なんで、フランス人が?)」
「Est-ce qu'il n'y a pas toute blessure? (怪我はしてませんか?)」
そこで、意識が飛んだ。気が付いたら病院のベッドだった。
「Il est-ce qu'un hôpital français est ici?(ここは、フランスの病院?)」
「C'est un hôpital japonais. (日本の病院)Vous est-ce qu'une personne d'un pays est de cela qui? (君はどこの国の人?)」
「Il est un japonais.(日本人よ)」
「C'est vrai!? ああ、なんだ、フランス語を喋るアジア系の外国人だと思ってた!」
と、へんなフランス人が、日本人の表情で言った。
「おい、レオタード、ちょっと」
三尉の階級章をつけた幹部が、彼を呼んだ。入れ替わりに一尉の幹部の人が入ってきた。
「部下の不始末、申し訳ありません」
「いいえ、あたしが赤信号で飛び出したのがいけないんです。あの人のせいじゃありません」
「いや、どんな場合でも自衛官たるもの即応できなければなりませんから」
その時、彼が緊張した顔で入ってきた。
「これから現場検証に臨場いたします。お嬢さんには、改めて……」
「あ、あたしもいきます!」
「いけません。貴女は念のため二十四時間安静です!」
「じゃ、せめて名前を」
「……です。じゃ」
早口で分からなかった、それを察して一尉の幹部の人がメモに書いてくれた。
――Takoumi Leotard ――
「タコウミ レオタール……?」
「あ、タクミと発音します。父がフランス人で、母が日本人です」
「あ、それで。あ、どうぞお楽にしてください。わたし自衛隊のことは理解しています。兄が海上自衛隊なんです」
「あ、そうなんですか」
緊張は崩さなかったが、明らかに親近感が目に浮かぶのが分かった。
これが、緊張一尉さんと(なんたって、下の名前言うの忘れてる)一等陸士タクミとの出会いだった。
☆彡 主な登場人物
佐倉 さくら 帝都女学院高校1年生
佐倉 さつき さくらの姉
佐倉 惣次郎 さくらの父
佐倉 惣一 さくらとさつきの兄 海上自衛隊員
佐久間 まくさ さくらのクラスメート
山口 えりな さくらのクラスメート バレー部のセッター
米井 由美 さくらのクラスメート 委員長
白石 優奈 帝都の同学年生 自分を八百比丘尼の生まれ変わりだと思っている
原 鈴奈 帝都の二年生 おもいろタンポポのメンバー
氷室 聡子 さつきのバイト仲間の女子高生 サトちゃん
秋元 さつきのバイト仲間
四ノ宮 忠八 道路工事のガードマン
四ノ宮 篤子 忠八の妹
明菜 惣一の女友達
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