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079『ひるでの行水・2』

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漆黒のブリュンヒルデ

079『ひるでの行水・2』 

 

 
 ポーーーーーーーーー!

 
 汽笛を轟かせて新橋行きの列車がやってきた。

 線路の土手から、この庭は丸見えだ。

 当然、その庭で行水しているわたしの姿も丸見えで、なんとも恥ずかしい(#'∀'#)!

 せめて背中を向けるとか前を隠すぐらいはしたいのだが、クロノスの親父の為に体の自由が効かない。

 列車に対して少し半身になった姿勢で手桶でお湯をかけている。

 狭い盥の中なのでシャボン(横浜に近いところなので、ぬか袋ではなく石鹸が使われる)を含んだ手ぬぐいを使うにも姿勢を変えねばならず、意図せずに艶めかしい姿勢になってしまう。

 列車は前の方から三等、二等、一等の順に連なっている。

 ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン

 列車が庭の真横を通過し始めた!

 グ グヌヌヌ………

 わたしは羞恥の為に真っ赤になっていく……

 ん?

 満員の三等車両からは奇異の視線を感じない。

 三等に乗っているのは、ほとんど庶民と言っていい階級の者たちで、横浜には商売や仕事で出かけた者たち。中には一度陸蒸気と呼ばれた汽車に一度は乗ってみたくて三度の食事を二度に減らして乗っている書生まで含まれている。

 それが、行水をしているわたしには、ほとんど一瞥もくれないのだ。

 意外……というか、ちょっと傷つくぞ。

 見えていないわけではない。

 彼らの視界を探ってみれば、ほんの三十メートルほどの近さでわたしが見えている。

 だが、見つめている者が居ないのだ。

 まるで路傍に八分咲きの桜の木を見る程度、日本中のどこにでもある桜の花が目に留まったぐらいのことでしかない。

 一等からは期待通り……いや、恐れていた通りの痛い視線を感じる。

 オー、フルヌード! セクシー! ビューティフル! ワンダフル! トレビアン! ウンダバー!

 歓声が起こり、数十もの好奇や好色な視線が突き刺さって来る。

 く、くそ!

 
 列車が通り過ぎても、相反する二つの反応に当惑したり腹が立ったり。

「ご苦労」

 そう言うと、クロノスはキセルをしまってわたしに向き合った。

「え、終わりか?」

「ああ、もう服を着てもいいよ」

「え? あ、あ……」

 自分の体が自由になったのに気付いて、慌てて身づくろいする。

「いったい、なんだったんだ、今のは?」

「今の列車にはモースが乗っていた」

「モース?」

「ああ、アメリカの動物学者だ。帝国大学の御雇教授に招聘されて、横浜から東京に出る途中なのさ」

「そのモースがどうしたんだ?」

「横浜から東京に出る汽車の車窓から、いい女が行水しているのを見て仰天するんだ」

「ク……そのお雇い外国人の目を楽しませるために、こんなことをさせたのか!?」

「そうだ」

「なんというおもてなしだ! 小池都知事が怒るぞ!」

「おまえのヌードをガン見して、モースは気づくんだ。ヌード姿に気づいてガン見したり騒いでいるのは外国人ばかり。自分の案内人を含めて日本人は、おまえの行水を見て見ぬふりをするんだ。女が裸体を晒しているのに騒ぐのは日本人の美意識に反することでな。その日本人の美徳に感心したことをモースは記録に残すんだ」

「そ、そうだったのか……だが、それなら、わざわざ時空を超えてわたしが裸を晒すことでもなかったのではないか?」

「モースが感動するほどのヌードでなければならなかったんだよ」

「え……?」

「並の女では務まらんのでな」

 え……あ……ちょっと反応に困る。

「モースは自己嫌悪に陥ってな。恥ずかしくて、そのあと、ずっと案内人の顔も見られずに外ばかりを見ている。そして……」

 !!!( ゜Д゜)!!!

 その時、モースの間隙に溢れた想念が伝わってきた。

「また行水でも発見したのか?」

「よしよし……発見したのは大森貝塚だ」

「大森貝塚……日本史で習ったぞ」

「そうだ、日本に石器文化があったことが初めて確認されたんだ。これは、モースが自己嫌悪に陥っていなければ発見されないところだったんだ」

「そ、そうだったのか」

「どうだ、納得したか?」

「ああ、完全ではないがな」

「よしよし、では、次に行こうか」

「次があるのか?」

「言っただろう、これは、ほんの入門編だ。次が本命で、この大森貝塚から始まるんだ……」

「次……?」

 聞き返す間もなく、周囲の景色が歪み始め、再びカオスの中に放り出されていく……。
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