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075『利根4号機・4』
しおりを挟む漆黒のブリュンヒルデ
075『利根4号機・4』
空母らしきものとはなんだ!?
赤城の艦橋では南雲長官以下幕僚たちが利根四号機の報告を分析しかねていた。
「空母でなければ攻撃隊を出す意味が無いぞ」
「やはりミッドウェーへの攻撃を優先すべきだ」
「こんな海域に敵艦隊が存在するわけがない」
幕僚たちは、利根四号機の報告に疑念を持ち、その情報に基づいた出撃命令を出しかねているのだ。
利根四号機が報告していた海域は予定索敵線から150海里(270キロ)も離れており、その位置に敵艦隊が居ないことは、それまでの索敵でも確認済みだし、日本艦隊を攻撃する位置としても不適当である。その上『空母らしきもの』というあいまいな表現に敵艦隊攻撃の命令を出しかねているのだ。
この時代の空母機動部隊の運用には、まるで知識も技術もないわたしだが、用兵者の勘で、この状態は危ないと思った。
程度の差はあるが『判断に誤りがあったらどうしよう』という、官僚のような怖れが幕僚たちの瞳には窺える。
ヴァルキリアの騎士としての勘は『見敵必殺』、躊躇せず攻撃を掛けることだ。
「もっと確かな情報が欲しい……」
南雲長官は決断の鈍さを利根四号機の報告の曖昧さのせいにしている。
わたしが指揮官なら、すぐに攻撃隊を発進させる。
どっちつかずののまま爆弾や魚雷を抱いた作戦機を飛行甲板に並べたままにしているのは愚の骨頂だ。
一発の爆弾、いや、たった一発の機銃弾の命中で、たった一機の作戦機が燃えただけで空母は爆弾や燃料に引火、誘爆して沈没するだろう。
南雲長官の肩を叩いてみるが、わたしの手は長官の体をすり抜けてしまう。
この時空では、体を実体化できないのだ。出来ることと言えば、利根のカタパルトを直したり、航海士の鉛筆を転がしてやるとか、ささいな物理的影響力だ。
わたしは、赤城の狭い艦橋の中をウロウロする。ウイングに出ると飛行甲板、前方100メートルあまりを残してビッシリと戦闘機、艦爆、艦攻がひしめいて、搭乗員も整備兵も固唾をのんで艦橋を見つめている。みな、攻撃命令が出るのを待っているのだ。
焦りも驕りの表情も無い、ヴァルハラでわたしの指揮を待つ兵たちと同じ顔をしている。時代や装備は違っても、良き兵が醸し出す敢闘精神は同じと見える。
幕僚たちの逡巡だけが疎ましい。
ふと、チャートデスクに目が行く。
利根の航海士と違って、自分の仕事に自信があるのだろう、迷いなく書き込まれたチャートには書き直しなど一つもなく、そのまま航海科の教材になりそうなほどに整然としている。張り付いているのは中佐の階級章を付けた航海参謀だ。戦時でなければ兵学校の航海科の教官が務まりそうなベテランだ。
きれいに整っているのはいいことなのだが、なにかがひっかかる。
あれ?
書き込まれた数値と包囲が利根のチャートと微妙に違う。
……これは!?
利根の航海士が迷っては消していた数値と開きが大きい。
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