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060『梅雨と東京アラート』
しおりを挟む漆黒のブリュンヒルデ
060『梅雨と東京アラート』
……東京アラートって終わったよニャー?
豪徳寺のわき道に入ったところで、声を潜めてねね子が聞く。玉代は初めての日直で、一足早く家を出ている。
「ああ、十一日で終わったはずだぞ」
「夕べ、点いていたニャ」
「え?」
「寝苦しかったんで、豪徳寺の大屋根に上って涼んでいたニャ……すると、点いていたニャ。都庁もレインボーブリッジも」
「夜間照明を見誤ったんじゃないのか? 昼白色なら、普通の夜間照明だぞ」
「真っ赤っかだったニャ。今朝のニュースで五十五人も罹患者が出たって言ってたしぃ」
「夢でも見たんじゃないか、おまえ、猫又のくせに怖がりだからな」
「こ、怖がりじゃないニャ!」
「そうかそうか、なにかの兆しかもしれない、気を付けなければな」
茶化してやろうかと思ったが、目の色が真剣なので、当たり障りも面白みもない返事をする。
さっきまで止んでいた雨が、ポツリポツリと降りだした。
ねね子は気づかないようなので、傘を広げて差しかけてやる。
「あっさり認めたら、次の言葉が出てこないニャ」
傘の礼は言わずに突きかかってきた。
「次の角を曲がったら気を付けろ、妖がいるかもしれない」
気配を感じたわけではない、黙っていると、神経が張り詰めて暴走しそうな気がしたから、張り詰める気持ちに目標を与えただけだ。角を曲がって何もなければ、いったん気が抜けて、学校まではもつだろうと思ったのだ。
居たニャ!
角を曲がる……え?
意表を突かれた。なんと、電柱三本分ほどの前を、わたしとねね子が背中を見せて歩いている。
妖が化けているのだ。
歩調を落としてやり過ごそうかと思ったが、どうも、そうはいかない。
後ろ向きでありながら、わたし達の方に近づいてくるのだ。
「おまえは、塀の上に駆けあがって、奴らの前を塞げ」
「ヒルデは?」
「一撃で倒す!」
「ラジャー!」
スイッチが入ったようで、ねね子は塀の上に駆けあがって走り出した。
オリハルコンを具現化すると同時に駆けだし、一気に間を詰め、空中に×印を描くように薙ぎ払った!
ック!
手ごたえが無く、振り払ったオリハルコンに振り回され、意に反してタタラを踏む。
「危ないニャ!」
小癪にも、ねね子の真剣白刃取りに助けられる。ねね子助けが無ければ、泥濘の路上を制服のまま転がっていただろう。
振り返ると、二匹のアマガエルがケタケタと笑っている。
「おまえらか!?」
『カエルに怯えているようじゃ、もたないぞ、ゲコ』
『ひるでをひっかけてやった、ゲコ』
にくったらしくゲコゲコ言うと、二匹のアマガエルはポチャンと側溝に飛び込んで流れて行ってしまった。
「アマガエルにコケにされたニャ」
「行くぞ」
忌々しいが、ねね子を急き立てて学校への道を急いだ。
こんなところに側溝などは無い。これ以上かかずらっては、面倒なことになると思ったからだ。
あとで調べると、昭和三十年代までは側溝があったらしい。
遅ればせながら、カエルに名前を付けてやる。
『ゲコ一号』『ゲコ二号』
それから、カエルも側溝も現れることは無かった。
ただ、東京アラートは、相変わらずねね子には見えている。
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