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051『玉代の玉依姫・1』

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漆黒のブリュンヒルデ

051『玉代の玉依姫・1』 

 

 

 今の言葉分からなかったでしょ?

 
 電車道に差しかかると通学カバンをぶん回すようにして玉依姫が振り返る。

 先ほどまでの目がくらむような美しさではないが、清楚系のアイドルが務まるくらいには美少女だ。

「いちおう、この時代に順応できるスキルは持っているけど、その分負荷がかかって本来の力は発揮できない。なまじ普通に見えてるだろうけど、心は昔のままだから、失敗しそうになったらサポートお願いね」

「あ、うん。で、ここはどこなの?」

「後ろ向いてごらん」

「ん…………おお!!」

 振り返ると東の空に濛々と煙が立ち上っている……最初に見た煙はこれだったのか……宝永大噴火で見た富士山を思い出す……ということは火山? あ、桜島か!?

 

「承知してくれたようね。さ、見とれてちゃ遅刻するわよカナちゃん」

「カナ? あ、わたしのことか」

「そうよ、伊地知香奈枝さん。あ、わたしは荒田玉代、タマちゃんだからね……あ、電車来た!」

 ちょうど停留所にやってきた路面電車に乗り込む。

 チンンチン ホワーーン

 発車の合図と警笛が鳴って、ゴトンゴトンとレトロな響きをさせながら路面電車が走り出す。

 車内の半分以上が高校生、高校生の半分が県立忠勇高校、残り半分が我々の天文館高校だ。

 
 甲突川を跨ぐ武之橋に差し掛かって、空間が開け錦江湾と、その向こうの桜島のパノラマが開ける。

 
「うわーー」

 思わず見とれると玉代さんがクスリと笑う。

「ふふ、なんだか鹿児島初めての人みたい」

「え、あ、アハハハ」

 初めてなんだけどね。

 わたしの歓声は目立たなかった。

 というのは、他の乗客も程度の差はあれ声をあげたりため息をついたりしている。

「愛でてるわけじゃないわ」

 微妙な憂い顔で玉代さん。

 分かっている。鹿児島人にとって、桜島は誇りであるとともに頭痛のタネだ。

 程よく噴いているうちは心振るわせる桜島だが、度を越すと猛烈な火山灰を噴き上げ、鹿児島の街ぐるみ火山灰に包まれてしまう。単に空が曇って視界が悪くなるだけではない、甚だしい場合交通事故の原因になったり飛行機も飛べなくなってしまう。雨でも降ろうもんなら、あちこちの下水が詰まってしまい、復旧に大層なお金がかかる。むろん、市も県も対策費は計上しているが、この噴きようでは、一年分の予算が消えてしまうかもしれない。

「ま、鹿児島市は西っかわだから、偏西風とか吹いてるし」

 中学生程度の慰めを言う、「そだね」と返して「おはよ」と乗り合わせた級友に手をあげ、互いに乗客の間をすり抜け、来週に迫った文化祭の話に湧きたつ。

 天文館前で降りて学校に向かう。

 周囲の人が見れば、ちょっと美人でお喋りの玉代が級友たちとお喋りしながらの登校に見えるだろうけど、実体の玉依姫はス-パーコンピューターのような処理速度で二十一世紀の鹿児島の街と時代の空気を理解している。理解すると同時に、自分が存在することが当たり前に環境や人の心を書き換えている。

 それが分かっているのは、最初から友だち設定のわたしだけだ。

 通学路は繁華街の一本手前の道だ。通勤通学や配送の車などが行き交って賑やか。

 あ!?

 前方のビルの屋上に違和感……一呼吸する間もなく、最上階の外壁に設置されている大きな看板が傾いた。

 跳躍して支えようかと思ったが、ヴァルキリア主将の俊敏さを持ってしても間に合いそうもない。

 このままでは犠牲者が出る!

 逡巡している間に、看板は最後の停め金具がねじ切れて落下し始めた。

 通行人たちが気づいて悲鳴を上げる! あと二メートルほどで大惨事!

 

 一瞬時間が停まった。コンマ五秒ほどだろうか、すると、看板は逆もどしになって、数秒かけて元の位置に収まった。

 地上は、何事もない通勤通学の様子に戻っている。

『びっくりさせてごめん、ちょっと暴走しかけちゃった(;^_^A』

 玉代の思念が恥ずかしそうに届く。

『気を付けてね』

『お、おう(^_^;)』

 思念に絵文字が入っている、吸収するのは早いようだ。

 
 ねね子、どこだ? 今度は楽しんでばかりもおられない様子だぞ……。

 

 

 
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