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034『琥珀浄瓶・1』

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漆黒のブリュンヒルデ

034『琥珀浄瓶・1』 

 

 
 スクネ老人と共に東京の空を西北西に飛ぶ。

 
 スクネ老人は朽葉縅(くちばおどし)の胴丸鎧を身に着け、兜は被らずに顔を縁取るような半首(はっぷり)を着け、八人張りの大弓を携えている。箙(えびら)には八本ばかりの矢が収められているが、神矢のようで、いくら射ても減らないようになっている。おきながさんこと神功皇后の第一の臣とは思えぬ身軽な装備だ。

「ひるで殿は格別でござるな」

 飛翔する横顔のまま老人は笑った。

 老人の身軽さに比べると、我が漆黒の甲冑はいかにも大仰に過ぎる。

「仕方が無いだろう、元の世界に置いてきたものを持ってきたのはスクネ老人、あんたなんだからな」

「しかしお似合いではありますぞ。流石はヴァルキリアの主将、主神オーディンの姫騎士ではあられる。いかような敵が立ちはだかろうと、天晴れ鎧袖一触に撃砕されるかとお見受けいたしますぞ」

「からかうな、こんな戎装(じゅうそう)をしたくないから、この異世界に来たんだ。この漆黒の鎧は、元々は富士の冠雪のように白金の輝きであったが、幾万の戦を経るうちに黒曜石のような漆黒の輝きを放つようになったのだ」

「存じております。いずれ、オキナガ姫とともにお聞きすることにもなりましょう。しかし、漆黒はともかく、その金剛石のごとき輝きは、ひるで殿の、姫騎士の誉れにしくはなし……さあ、敵は目前でござるぞ!」

「言うに及ばず! 眼前に敵を据えて臆するヒルデでは無いぞ、先駆けする!」

 
 馬腹を蹴って、敵の真ん前に躍り出る。

 敵は、世の中のありとあらゆるカビを混ぜて流動化させたように不定形なものではあるが、何者かが統べる気配を感じる。気配は不定形の中をグルグルと経めぐり、隙あらば、その両翼を広げ、わたしを包み込もうとする。

 手綱をひき、カッカと輪乗りしながら、名乗りをあげる!

「聞け! 我こそは、主神オーディンの娘にしてヴァルキリアの主将、堕天使の宿命を負いし漆黒の姫騎士、我が名はブリュンヒルデなるぞ!」

 ザワザワザワ……

 不定形が身をよじるようにして形を変える、

「汝は、いずくの禍つ神か。討伐の前に我に名乗りを上げられよ!」

 ザワザワザワ……

「ん……この動きは?」

「ひるで殿、避けられよ!」

 ビュン!

 声と共に矢が飛んできて、不定形の巨体に刺さったところで炸裂した!

 不定形の中央に家一軒分ほどの窪みができる。窪みの向こう、不定形の中央あたりに何かを見たような気がしたが、雲を蹴って百ヤードほど斜めに避けねばならず見届けることは出来なかった。さらに、避ける僅かの間に窪みから無数の触手が伸びて、たった今まで占位していたところに蛙の舌のように空間ごと喰らってしまった。食われた空間は数秒闇になって、わたしが体勢を立て直すころに閉じた。

「ひるで殿、やつの中央には琥珀浄瓶(こはくのじょうへい)がござるぞ!」

 琥珀浄瓶(こはくのじょうへい)……?

「あ、あれか!?」

 記憶の底から、怖気と共にとんでもないものが浮かび上がってきた……。
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