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028『お祖父ちゃんの激辛ラーメン・2』
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028『お祖父ちゃんの激辛ラーメン・2』
一晩考えた答えは豆乳だ。
べつに本を読んだりネットで調べたわけではない。冷蔵庫の中身を思い浮かべて、一つ一つ想像してみたのだ。
バター 味噌 蜂蜜 ガムシロップ ヨーグルト 牛乳 オレンジジュース 生姜 醤油 ソース
そして豆乳
根拠があったわけじゃない、なんとはなくの勘だ。
この異世界に来て、直感で結論を出せるほどの経験値は無い。
戦いと同じだ、難敵に当った時、いちいち考えているわけではない。考えていたらやられてしまう。
刃を交わした時、斬撃をからくも躱した時、敵の槍が鎧の胴をかすめた時、ふと衝動が湧いてくることがある。切ったり、突き上げたり、薙ぎ払ったり、いろいろだが、閃いたもので対応する。
辺境の魔王を倒した時、一瞬風が吹いた。実際に吹いたわけではないだろうが、あれが閃きの瞬間だ。次の瞬間、魔王は血しぶきを上げて倒れていった。
あの時と同じ感覚なんだ。
ラーメンが煮えて粉末スープを投入、一瞬で鍋の中が真っ赤に染まって泡立つ。湯気を被っただけで目に刺激がある。
そこで、コップに1/3の豆乳を投入……べつにシャレているわけではない(^_^;)。
とたんに蒸気が大人しくなる。
仕上げに溶き卵を入れてひと煮立ち。
「おお、これなら食べられるよ!」
お祖父ちゃんが喜んで、お祖母ちゃんが目を細める。
これで、お祖父ちゃんは「ほんとうに美味しかった!」と正直に物産会の人たちに言えるだろう。
わたしも祖父孝行ができて気分がいい。
社会科準備室にノートを運んで行った帰り、階段に差し掛かったところで風を感じた。
階段の上は踊り場を曲がって屋上に通じている。屋上に通じるドアは普段は締め切りになっていて、窓でも開いていない限り風が吹き込むことは無い。
階段を上がってみると屋上へのドアが小さく開いている。なんだか誘われたようだが、まあいい、妖ならば相手にしてやる。
少しだけ気負って屋上に足を踏み入れると案に相違して人影は無い。
ちょっと気にしすぎかな……風は冷たいが、その分空気は澄んでいて、西の空には小さく富士の姿さえ見える。世田谷から富士山を拝める日がどれだけあるかは分からないが、かなり運が良くないと見られないことだと想像はつく。
東京の空が澄んでいて。富士山のある静岡県まで雲一つないことが条件だ。
ラッキー
女子高生らしく小さくガッツポーズをとってみる。
激辛ラーメンの時と同じくらいに嬉しくなる。
真白き富士の気高さを~心の強い盾として~♪
小さな歌声に振り返る……あいかわらず人影のない屋上。歌声も消えてしまう。
でも、かすかな気配を感じて、死角になっている階段室の脇を覗いてみる……。
「「あ」」
同時に声をあげてしまった。
階段室の陰には李明子がいた。クラスメートの大人しい子だけど、ときどき機嫌よく鼻歌を口ずさんでいる。
「なんだ、李さんか」
「ハハ、見つかっちゃった(n*´ω`*n)」
「なんだか古い歌ね」
「アハ、富士山がきれいに見えるとね、つい。あ、ナイショよ、めったに歌わないから」
「うん、ごめん、じゃましちゃったわね」
李さんは恥ずかしそうに笑って、わたしは小さく手を振っておしまい。階段室にもどると、又小さく歌声が始まる。
そっとドアを閉めて、おしまい。
エピソードとも言えない小さな出来事。
これっきりならね。
三日続いて、これが起きた。
三日目は晴れてはいたが富士山は霞んで見えなかった。
「あ、たった今まで見えていたのよ(;'∀') その……その……」
可愛くうろたえる李さん……気づいてしまった。
「李さん、影の向きが逆」
「え? え、あ、しまった!」
西日を浴びているのにさんの影は西に向かって伸びている。
「李さん……ひょっとして、妖?」
妖なんだろうけど、ちょっと違う。探っても『李明子』という名前がしっかり浮かんでくる。李明子というのは彼女の本名だ。妖ならば名前を持たないはずだ。
「その名前は一度も使ったことが無いわ」
李明子、りあきこ、むこうの読み方でリ・ミョンジャ。
「あ、そうか……梨本明子さんなんだ」
「そう そうよ、わたしは二つの名前が無いと落ち着かないの」
李さんが微笑むと、影はきちんと東側に伸びるようになった。
ありがとう
そして、お礼の一言を残して李さんは消えてしまった。
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