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021『ひるでの初詣』
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021『ひるでの初詣』
声をかけようと思ったがやめた。
向かいの窓を一瞥して『バーカ』と口の形だけで言っておく。
今から初詣に行くのだ。
祖母からもらったリュックの中には去年のお札とお守りが入っている。神社に納めて新しいのを買うんだ。
付いてくるかと思ったねね子は踏切が近くなっても現れない。
まあ、学校に行くんじゃないんだからなと思いつつ、ねね子が付いてくるのが当たり前になっている自分が可笑しかった。
芳子に声をかけても良かったんだが、大晦日から生徒会の面々と初詣のハシゴをやって、今ごろは爆睡しているだろうから、それも止した。
踏切が見えてくる通りに出て、沢山の初詣の人たちの流れに乗る。
日ごろは信心など無い人たちが、行儀よく三列になって鳥居をくぐる。
たいていの人が鳥居の前で一礼し、心持ち石畳の真ん中を外して拝殿に向かう。石畳の真ん中は神が通るところで、人間は遠慮しなければならないという作法だ。
しかし、その肝心の神さまであるおきながさんは、巫女姿で参拝客の道案内をやっている。こころなし若く見えるのは、巫女姿であることよりも、生き生きと人の相手をしているからだろう。
目が合うと『あとでね』と口の形で伝えてくれる。
ガラガラと鈴を鳴らして、お賽銭を投入。二礼二拍手一礼『今年もよろしく』とお願いして、納め所で去年のお札とお守りを返納。流れに乗ってお札売り場へ。
「お札とお守り……」
言い終わらないうちに差し出される。慌てて二千円を差し出すと、巫女さんが笑った。
「ニャハハ」
「ねね子!?」
「ニャハ、ご奉仕ニャ(と言いながら、言葉の中身は『アルバイト』だ)。あっちから入ってニャ」
社務所の横に小振りな鳥居がある。こんなところにあったか?
思いながら鳥居を潜ると、そこは一面の白砂が敷き詰められ、歩くたびに、シャキッ シャキッっと清らかな音がする。四方は春霞がかかったように茫洋としているが、けして不快な感じではなく。この場に適度な潤いを与えているような気がした。
目の前に向かい合わせの床几が現れ『掛けてちょうだい』と声がした。
腰かけると同時に、向かいの床几に春霞が凝るようにして人が現れた。
女の大魔神がいたら、こんな感じだという出で立ちだ。
古風な装束の上から古代の挂甲(けいこう)をまとっている。兜は被らず、長い黒髪にキリリと鉢巻をしている。
「これが、わたしの正装。ほんとは、ジャージか巫女姿で人の相手してる方が性に合っているんだけど、お正月だからね」
「え……え? おきながさん!?」
「オキナガタラシヒメ。教科書的に言うと神功皇后だから、三韓征伐の時の衣装が正装なんでね……よっこいしょ」
わたしの漆黒の甲冑もたいがいだが、おきながさんも相当重そうだ。
「大鎧の原型になった鎧で、馬に乗ることを前提に作られてるから。ま、それで、座ったまんまで失礼するわ」
おきながさんは、ガチャリと音をさせ、意を決したように背筋を伸ばした。
姫え~~~~~~~~~~~~!
春霞の向こうから、甲冑を揺すりながらおきながさんを呼ばわる声が走ってきた。
白髭の五月人形のような爺さんだ。
背中に大荷物を背負い、おきながさんの前まで来ると荷物を背負ったまま平伏した。
「ただいま帰着いたしました、お申し越しの……グヘ!」
荷物の重さに、最後まで挨拶できずに、のびた蛙のようにへたばってしまった。
「歳なんだから、がんばっちゃいけないって言ってるでしょ。まずは荷物を下ろして」
「はい、申し訳もございません……」
わたしも手伝って、荷物を下ろしてやると、おきながさんがお爺さんを紹介した。
「わたしの古くからの家来で、武内宿禰(たけのうちのすくね)って言うの、わたしはスクネとか爺とか呼んでる」
「ひるで殿には初にお目のかかります、姫の守り役をつとめております。どうぞ、気軽に『すくね』とお呼び下され」
「縁あってこの世界に来たが、日も浅い、よろしく頼む」
「それが、例のものだな」
「はい、元日に間に合うように、特急でまいりました」
「そ、それは!?」
爺さんが取り出したものを見てビックリした。
それは、さっき思い浮かべた漆黒の甲冑であったのだ。こちらの世界に来るときに身の回りのものは消え失せて、やっとオリハルコンの剣一つを召喚できるだけだった。
「正月だから、いっしょに記念写真撮ろうと思って、爺に取りに行かせてたのよ」
「ヴァルハラの城にですか?」
よく父が許したものだ。
「爺は、こういう交渉事にはもってこいでね。さっそく着替えて記念撮影にしよう」
「は、はい」
スクネの爺さんがカメラマンになり、もう、こちらでは身に着けることは無いであろう漆黒の甲冑に身を固め数十枚の記念写真を撮った。
「記念に、こんなものも作ってみましたぞ」
爺さんが差し出したものは3Dプリンターで作った、わたしとおきながさんのフィギュアだ。ちょっと恥ずかしい(-_-;)
そのあとは、式神の巫女たちが、一瞬で会場を作ってしまい、新年宴会になってしまった。
おきながさんは、なにか言いたげだったが、とうとう言いそびれてしまったようだ。
まあいい、通学で毎日通る世田谷八幡、折を見て話を聞こう。
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