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18[クレアが見せてくれた夢]
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宇宙戦艦三笠
18[クレアが見せてくれた夢]
東郷少尉は、無表情のまま水盃を飲み干した。
真珠湾で三飛曹で参加して以来生き残った数少ないベテランである。ガダルカナルの攻防に負けて以来、部隊は解隊され、東郷は一人横浜鎮守府に移され、各地から選抜された訓練生の飛行訓練に明け暮れていた。
訓練生が特攻に使われることは分かっていた。
基本の操縦技術を教えると、航法や戦闘訓練はおざなりに合格点を付けさせられた。旧式のグラマンならともかく、米軍の主力戦闘機であるF6Fやコルセア、ムスタングなどに太刀打ちできる技術ではなかった。それでも東郷少尉は合格点を出した。次に待ち構えている急降下爆撃や超低空飛行による爆撃訓練に時間を割くためである。
急降下爆撃は降下角70度でやらせる。普通は、せいぜい60度であるが、それでは米軍の優れた対空火器に落とされてしまう。
70度でも危なかった。上空500で数秒間80度にさせる。敵の対空砲の最大仰角を超えている。つまり敵の弾に当たらないように突っ込む訓練である。ただ、80度の急降下にゼロ戦は耐えられない。せいぜい30秒が限界である。敵弾の命中率が上がる500メートルで80度にさせるのである。ただ訓練なので、80度は、ほんの数秒で水平飛行に戻させる。10人に1人ほど、低空飛行に向いた者がいて、彼らには低空飛行を教えた。
東郷少尉たち下級のベテランは気づいていた。敵の対空砲の命中率がいいのは米兵の腕ではなく、砲弾そのものに仕掛けがあるのだと。
何度か、試しに超低空で敵艦に近接爆撃して気づいた。海面近くに飛んでくる敵の弾は、とんでもない場所で爆発する。さらに海面3メートルほどの高さで飛ぶと、敵弾は射撃直後に爆発した。おそらくは音響に関係した仕掛けがある。海面近くでは爆音は海面に乱反射して爆音が木霊して音源が分かりにくくなる。だから超低空ならば、敵弾に当たらずに接近が出来る。そのために、超のつく急降下爆撃と低空爆撃の訓練に力をいれた。
本当は、こういう訓練は不本意であった。どちらも爆撃を終えた直後に急上昇し、敵の対空砲火に無防備な腹を晒すことになり、高い確率で撃墜されるからだ。必中を期待できる攻撃方法だが生存の望みは薄い。投弾に成功しても回避のタイミングを誤って敵艦に激突する可能性が高いのだ。でも、彼らには、それを回避する訓練は不要だった。
そのまま敵艦に体当たりするのだから。
東郷は、別のベテラン教官といっしょに、飛行長や飛行隊長に意見具申をしたことがある。
「二機一組で低空爆撃を加えます。一機はそのまま爆撃して姿勢を戻して離脱します。もう一機は我々がひき受けます。敵の直前で投弾して真横に振って離脱します。敵は我々に気を取られ、僚機の生還率が高くなります」
「高いと言っても、何度かやるうちには貴様たちも墜とされるぞ」
「体当たりさせるよりは、生還率が高くなります」
「われわれに必要なのは、確実な戦果なんだ。無駄な訓練をやっている余裕も燃料もない。だいいち、そんな砲弾に耳があるような話が信じられれるか」
東郷の案が採用されることは無かったが、自分で実践し、その名の通り決め弾を出した。
「これをご覧ください」
東郷は不発の40ミリ弾を出した。
「中に、小さな真空管が入っています。これが米軍の仕掛けなんです。おそらく近接信管……一定の距離になると自爆する砲弾です。これを使われていては、通常の攻撃は通用しません」
「だからこその、神風攻撃だ!」
東郷らの意見具申は握りつぶされた。
そして、昭和20年の8月には、東郷自身にも特攻命令が出された。
操縦席に入って、人の気配を感じた。
ゼロ戦は、操縦席の後ろに空間がある。移動の時には荷物置きにもできるロッカーほどの空間だ。そこに人がいたのである。
「き、君は……」
それは、幼馴染の美智子だった。たしか挺身隊にとられて埼玉の工場に居るはずだった。
美智子の家は維新までは代々半蔵門の警備が担当の幕臣で、当然ながら伊賀流の使い手であった。長い付き合いだったので、互いの覚悟は分かっていた。離陸するまでは無言だったが、上空に上がり直援機も引き返すと東郷は無線のスイッチを切った。
「右手だな」
「え、両手とも隠してたのに」
美智子は、ずっと腕を組んだままだ。
「俺の目が誤魔化せると思ったか」
「旋盤に巻き込まれて……」
美智子が見せた右手には指が二本欠落していた。
「なんでこうなる」
「だから、旋盤に……」
「話を省略するな」
「旋盤に巻き込まれそうになったのよ」
「誰が?」
「隣の子が」
「それを助けようとして指を持っていかれたんだな」
「お蔭で帰郷できる」
「途中奄美大島の脇を通る、30ノットまで落としてやるから飛び降りろ」
「帰郷するって言った」
「忍者の末裔だろ、自分の才覚で東京に戻れ」
「先祖は長嶋の一向一揆で半蔵さまに拾われた」
「なら、伊勢だ。東京よりも近い」
「一向宗の者が帰るところはお浄土だ」
「俺の家は禅宗だぞ」
「わたしが連れていってやる」
「……東京湾で落としておくべきだった」
ピケット艦が近くなると、超低空飛行にうつった。さすがに、それからは無駄口をたたくことも止めて、ひたすら目標になる敵艦を目指した。
それから十数分後、運よく大型空母への接敵に成功し、海面から3メートルの高さで接近。東郷はセオリー通りに対空射撃を躱して急上昇し、敵の飛行甲板の真ん中に激突し、甲板に並んでいた米軍機の全て道ずれにして敵空母を大破させた。空母は大戦中二度と現役復帰することなく、ビキニの原爆実験の標的艦になって沈んだ。
同じ夢を、修一と樟葉は観た。
クレアが見せてくれた時空を超えた二人の運命と約束だった……。
4人それぞれの過去と想いを載せて、三笠は二度目のワープに入ろうとしていた。
☆ 主な登場人物
修一(東郷修一) 横須賀国際高校二年 艦長
樟葉(秋野樟葉) 横須賀国際高校二年 航海長
天音(山本天音) 横須賀国際高校二年 砲術長
トシ(秋山昭利) 横須賀国際高校一年 機関長
ミカさん(神さま) 戦艦三笠の船霊
メイドさんたち シロメ クロメ チャメ ミケメ
テキサスジェーン 戦艦テキサスの船霊
クレア ボイジャーが擬人化したもの
18[クレアが見せてくれた夢]
東郷少尉は、無表情のまま水盃を飲み干した。
真珠湾で三飛曹で参加して以来生き残った数少ないベテランである。ガダルカナルの攻防に負けて以来、部隊は解隊され、東郷は一人横浜鎮守府に移され、各地から選抜された訓練生の飛行訓練に明け暮れていた。
訓練生が特攻に使われることは分かっていた。
基本の操縦技術を教えると、航法や戦闘訓練はおざなりに合格点を付けさせられた。旧式のグラマンならともかく、米軍の主力戦闘機であるF6Fやコルセア、ムスタングなどに太刀打ちできる技術ではなかった。それでも東郷少尉は合格点を出した。次に待ち構えている急降下爆撃や超低空飛行による爆撃訓練に時間を割くためである。
急降下爆撃は降下角70度でやらせる。普通は、せいぜい60度であるが、それでは米軍の優れた対空火器に落とされてしまう。
70度でも危なかった。上空500で数秒間80度にさせる。敵の対空砲の最大仰角を超えている。つまり敵の弾に当たらないように突っ込む訓練である。ただ、80度の急降下にゼロ戦は耐えられない。せいぜい30秒が限界である。敵弾の命中率が上がる500メートルで80度にさせるのである。ただ訓練なので、80度は、ほんの数秒で水平飛行に戻させる。10人に1人ほど、低空飛行に向いた者がいて、彼らには低空飛行を教えた。
東郷少尉たち下級のベテランは気づいていた。敵の対空砲の命中率がいいのは米兵の腕ではなく、砲弾そのものに仕掛けがあるのだと。
何度か、試しに超低空で敵艦に近接爆撃して気づいた。海面近くに飛んでくる敵の弾は、とんでもない場所で爆発する。さらに海面3メートルほどの高さで飛ぶと、敵弾は射撃直後に爆発した。おそらくは音響に関係した仕掛けがある。海面近くでは爆音は海面に乱反射して爆音が木霊して音源が分かりにくくなる。だから超低空ならば、敵弾に当たらずに接近が出来る。そのために、超のつく急降下爆撃と低空爆撃の訓練に力をいれた。
本当は、こういう訓練は不本意であった。どちらも爆撃を終えた直後に急上昇し、敵の対空砲火に無防備な腹を晒すことになり、高い確率で撃墜されるからだ。必中を期待できる攻撃方法だが生存の望みは薄い。投弾に成功しても回避のタイミングを誤って敵艦に激突する可能性が高いのだ。でも、彼らには、それを回避する訓練は不要だった。
そのまま敵艦に体当たりするのだから。
東郷は、別のベテラン教官といっしょに、飛行長や飛行隊長に意見具申をしたことがある。
「二機一組で低空爆撃を加えます。一機はそのまま爆撃して姿勢を戻して離脱します。もう一機は我々がひき受けます。敵の直前で投弾して真横に振って離脱します。敵は我々に気を取られ、僚機の生還率が高くなります」
「高いと言っても、何度かやるうちには貴様たちも墜とされるぞ」
「体当たりさせるよりは、生還率が高くなります」
「われわれに必要なのは、確実な戦果なんだ。無駄な訓練をやっている余裕も燃料もない。だいいち、そんな砲弾に耳があるような話が信じられれるか」
東郷の案が採用されることは無かったが、自分で実践し、その名の通り決め弾を出した。
「これをご覧ください」
東郷は不発の40ミリ弾を出した。
「中に、小さな真空管が入っています。これが米軍の仕掛けなんです。おそらく近接信管……一定の距離になると自爆する砲弾です。これを使われていては、通常の攻撃は通用しません」
「だからこその、神風攻撃だ!」
東郷らの意見具申は握りつぶされた。
そして、昭和20年の8月には、東郷自身にも特攻命令が出された。
操縦席に入って、人の気配を感じた。
ゼロ戦は、操縦席の後ろに空間がある。移動の時には荷物置きにもできるロッカーほどの空間だ。そこに人がいたのである。
「き、君は……」
それは、幼馴染の美智子だった。たしか挺身隊にとられて埼玉の工場に居るはずだった。
美智子の家は維新までは代々半蔵門の警備が担当の幕臣で、当然ながら伊賀流の使い手であった。長い付き合いだったので、互いの覚悟は分かっていた。離陸するまでは無言だったが、上空に上がり直援機も引き返すと東郷は無線のスイッチを切った。
「右手だな」
「え、両手とも隠してたのに」
美智子は、ずっと腕を組んだままだ。
「俺の目が誤魔化せると思ったか」
「旋盤に巻き込まれて……」
美智子が見せた右手には指が二本欠落していた。
「なんでこうなる」
「だから、旋盤に……」
「話を省略するな」
「旋盤に巻き込まれそうになったのよ」
「誰が?」
「隣の子が」
「それを助けようとして指を持っていかれたんだな」
「お蔭で帰郷できる」
「途中奄美大島の脇を通る、30ノットまで落としてやるから飛び降りろ」
「帰郷するって言った」
「忍者の末裔だろ、自分の才覚で東京に戻れ」
「先祖は長嶋の一向一揆で半蔵さまに拾われた」
「なら、伊勢だ。東京よりも近い」
「一向宗の者が帰るところはお浄土だ」
「俺の家は禅宗だぞ」
「わたしが連れていってやる」
「……東京湾で落としておくべきだった」
ピケット艦が近くなると、超低空飛行にうつった。さすがに、それからは無駄口をたたくことも止めて、ひたすら目標になる敵艦を目指した。
それから十数分後、運よく大型空母への接敵に成功し、海面から3メートルの高さで接近。東郷はセオリー通りに対空射撃を躱して急上昇し、敵の飛行甲板の真ん中に激突し、甲板に並んでいた米軍機の全て道ずれにして敵空母を大破させた。空母は大戦中二度と現役復帰することなく、ビキニの原爆実験の標的艦になって沈んだ。
同じ夢を、修一と樟葉は観た。
クレアが見せてくれた時空を超えた二人の運命と約束だった……。
4人それぞれの過去と想いを載せて、三笠は二度目のワープに入ろうとしていた。
☆ 主な登場人物
修一(東郷修一) 横須賀国際高校二年 艦長
樟葉(秋野樟葉) 横須賀国際高校二年 航海長
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