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92『ぶり返す傷痕』
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泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)
92『ぶり返す傷痕』小松
もう少し早く声を掛けていたら……。
マッジさんは、枕もとで凹んでいる。
右わき腹の傷痕は、やっぱり二人には分かってしまった。
@ホームのメイドは毎日自分たちで制服や身だしなみをチェックする。お客さんに夢を与える仕事だから当然のこと。ロッカールームで着替えたら、お互いの姿を数秒見て「よし!」と確認してからフロアに行くんだ。仕事中も、メイド服やエプロンにシミが付いていないか、乱れはないかとか無意識にチェックしている。それが、ハワイに来ても出てしまう。
Tシャツ脱いだ瞬間に、二人の視線。ほんの0・1秒ほどなんだけど、元からわたしの傷を気にしているもなかさんが気が付いて、もなかさんの表情からチロルさんも息を呑んでしまった。
もなかさんは――どうしよう――という気持ちで一杯になって表情まで引きつってきた。
――ドンマイ――
口の形で、そう言って、水に飛び込んだ。
瞬間迷った。知らないふりするか、なにか気の利いた言葉を掛けるか。逡巡したり、固まったりするのは一番NG。
なにかエスプリの利いた一言が言えればよかったんだけど、ドンマイじゃ――気にしてる――って丸わかり。
二人だけじゃなくて、近くに居た水泳客も、わたしたちの表情から気づく人がいて、ちょっと困ってしまった。
むろん、お行儀のいい水泳客ばかりだから――お気の毒に――というものばかりだったけど、どんな目で見られようと、もなかさんにはプレッシャーだ。
おまけに、わたしは具合が悪くなった。
海水に浸かったせいか、薄い水着のせいか、傷痕がつっぱらかり、右わき腹全体が痛み出したのだ。
そのため、夕食も食べずにベッドでひっくり返り、マッジさんの世話になっているってわけ。
マッジさんが二度目のため息をついたときにドアがノックされた。
「ミリーさんが来られたわよ」
マッジさんの応対を待たずに入って来たのはチロルさん。そのチロルさんの次にもなかさんのエスコートでミリーさんと、引退したお相撲さんのような男の人が入って来た。
「ビックリしたわ、日本でのこと、何も知らなかったから……どう、おかげんは?」
「申し訳ありません、わたしが付いていながら」
マッジさんの恐縮した肩に手を置いて慰めた後、引退したお相撲さんみたいな人を紹介するミリーさん。
「お医者様に来ていただいたの、わたしが五十年診ていただいているから太鼓判よ」
「五十年も!」
「わたしは二代目です、シバラク・オバマと言います」
「なんだか大統領みたいでしょ」
「わたしはシバラク、ぼくは共和党だしね、さ、脈から診ましょう……」
毛むくじゃらの手にビビったけども、腕を掴んだ手は、とても優しかった。
「傷痕を見せてもらっていいですか?」
男の先生に見せることよりも、女四人に見られる方が極まりが悪い。
「きれいに縫合してあります、ただ術後の日数がたっていないので、ちょっと無茶でしたね。水着になるのにドクターの許可は得ましたか?」
「術後は一回行ったきりで、そのあとは行ってないんです」
「それは、またどうして?」
「じ、じつは……」
わたしは、薄情な女医さんのことをまくしたてた。
「アメリカなら訴訟になりますね、ま、そのままほったらかしにした貴女も豪傑ですけどね」
「わたし、日本に帰れますでしょうか……?」
凹んでいるマッジさんともなかさんを元気づけるために、おどけて聞いてみた。
「こんなチャーミングなメイドさんなら、そこのお友だちもいっしょに出国を阻止したいところですけどね」
「オバマさんは、うちのお店の常連さんなのよ」
「@ホームはスバらしいですよ、とってもファンタジーです。わたしも、後継ぎが出来たら妖精さんになりたいですね」
妖精さん? 瞬間戸惑ったけど、メイド喫茶のスタッフ(妖精さんと呼ぶ)のことだと思い至って笑わせてもらった。
気が付いたら、わたしのベッドを中心にして輪が出来ていた。
わたしに人望があってとか、みんなが気を遣ってというんじゃない、気が付いたら部屋のスツールや椅子がそうなっていて、みんなで仲良くお茶会になっていたのだ。
オバマ先生が帰ってから気が付いた。
お茶を出すタイミングとテーブルの移動、さりげなく輪になるようにマッジさんが誘導していたんだ。
マッジさん……なかなかの人だ。
☆彡 主な登場人物
妻鹿雄一 (オメガ) 高校三年
百地美子 (シグマ) 高校二年
妻鹿小菊 高校一年 オメガの妹
妻鹿幸一 祖父
妻鹿由紀夫 父
鈴木典亮 (ノリスケ) 高校三年 雄一の数少ない友だち
風信子 高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
柊木小松(ひいらぎこまつ) 大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
ミリー・ニノミヤ シグマの祖母
ヨッチャン(田島芳子) 雄一の担任
木田さん 二年の時のクラスメート(副委員長)
増田汐(しほ) 小菊のクラスメート
ビバさん(和田友子) 高校二年生 ペンネーム瑠璃波美美波璃瑠 菊乃の文学上のカタキ
92『ぶり返す傷痕』小松
もう少し早く声を掛けていたら……。
マッジさんは、枕もとで凹んでいる。
右わき腹の傷痕は、やっぱり二人には分かってしまった。
@ホームのメイドは毎日自分たちで制服や身だしなみをチェックする。お客さんに夢を与える仕事だから当然のこと。ロッカールームで着替えたら、お互いの姿を数秒見て「よし!」と確認してからフロアに行くんだ。仕事中も、メイド服やエプロンにシミが付いていないか、乱れはないかとか無意識にチェックしている。それが、ハワイに来ても出てしまう。
Tシャツ脱いだ瞬間に、二人の視線。ほんの0・1秒ほどなんだけど、元からわたしの傷を気にしているもなかさんが気が付いて、もなかさんの表情からチロルさんも息を呑んでしまった。
もなかさんは――どうしよう――という気持ちで一杯になって表情まで引きつってきた。
――ドンマイ――
口の形で、そう言って、水に飛び込んだ。
瞬間迷った。知らないふりするか、なにか気の利いた言葉を掛けるか。逡巡したり、固まったりするのは一番NG。
なにかエスプリの利いた一言が言えればよかったんだけど、ドンマイじゃ――気にしてる――って丸わかり。
二人だけじゃなくて、近くに居た水泳客も、わたしたちの表情から気づく人がいて、ちょっと困ってしまった。
むろん、お行儀のいい水泳客ばかりだから――お気の毒に――というものばかりだったけど、どんな目で見られようと、もなかさんにはプレッシャーだ。
おまけに、わたしは具合が悪くなった。
海水に浸かったせいか、薄い水着のせいか、傷痕がつっぱらかり、右わき腹全体が痛み出したのだ。
そのため、夕食も食べずにベッドでひっくり返り、マッジさんの世話になっているってわけ。
マッジさんが二度目のため息をついたときにドアがノックされた。
「ミリーさんが来られたわよ」
マッジさんの応対を待たずに入って来たのはチロルさん。そのチロルさんの次にもなかさんのエスコートでミリーさんと、引退したお相撲さんのような男の人が入って来た。
「ビックリしたわ、日本でのこと、何も知らなかったから……どう、おかげんは?」
「申し訳ありません、わたしが付いていながら」
マッジさんの恐縮した肩に手を置いて慰めた後、引退したお相撲さんみたいな人を紹介するミリーさん。
「お医者様に来ていただいたの、わたしが五十年診ていただいているから太鼓判よ」
「五十年も!」
「わたしは二代目です、シバラク・オバマと言います」
「なんだか大統領みたいでしょ」
「わたしはシバラク、ぼくは共和党だしね、さ、脈から診ましょう……」
毛むくじゃらの手にビビったけども、腕を掴んだ手は、とても優しかった。
「傷痕を見せてもらっていいですか?」
男の先生に見せることよりも、女四人に見られる方が極まりが悪い。
「きれいに縫合してあります、ただ術後の日数がたっていないので、ちょっと無茶でしたね。水着になるのにドクターの許可は得ましたか?」
「術後は一回行ったきりで、そのあとは行ってないんです」
「それは、またどうして?」
「じ、じつは……」
わたしは、薄情な女医さんのことをまくしたてた。
「アメリカなら訴訟になりますね、ま、そのままほったらかしにした貴女も豪傑ですけどね」
「わたし、日本に帰れますでしょうか……?」
凹んでいるマッジさんともなかさんを元気づけるために、おどけて聞いてみた。
「こんなチャーミングなメイドさんなら、そこのお友だちもいっしょに出国を阻止したいところですけどね」
「オバマさんは、うちのお店の常連さんなのよ」
「@ホームはスバらしいですよ、とってもファンタジーです。わたしも、後継ぎが出来たら妖精さんになりたいですね」
妖精さん? 瞬間戸惑ったけど、メイド喫茶のスタッフ(妖精さんと呼ぶ)のことだと思い至って笑わせてもらった。
気が付いたら、わたしのベッドを中心にして輪が出来ていた。
わたしに人望があってとか、みんなが気を遣ってというんじゃない、気が付いたら部屋のスツールや椅子がそうなっていて、みんなで仲良くお茶会になっていたのだ。
オバマ先生が帰ってから気が付いた。
お茶を出すタイミングとテーブルの移動、さりげなく輪になるようにマッジさんが誘導していたんだ。
マッジさん……なかなかの人だ。
☆彡 主な登場人物
妻鹿雄一 (オメガ) 高校三年
百地美子 (シグマ) 高校二年
妻鹿小菊 高校一年 オメガの妹
妻鹿幸一 祖父
妻鹿由紀夫 父
鈴木典亮 (ノリスケ) 高校三年 雄一の数少ない友だち
風信子 高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
柊木小松(ひいらぎこまつ) 大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
ミリー・ニノミヤ シグマの祖母
ヨッチャン(田島芳子) 雄一の担任
木田さん 二年の時のクラスメート(副委員長)
増田汐(しほ) 小菊のクラスメート
ビバさん(和田友子) 高校二年生 ペンネーム瑠璃波美美波璃瑠 菊乃の文学上のカタキ
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