上 下
51 / 100

51『妻鹿屋の花見』

しおりを挟む
泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

51『妻鹿屋の花見』オメガ 




 今日は妻鹿家恒例の、でも、三年ぶりの花見だ。

 うちは江戸時代から続いた置屋の家系なので、春には総出で花見に行っていた。江戸時代にはお女郎さんや芸者さんに御贔屓さんたち百人ほどの大勢で、上野や飛鳥山にくり出したそうだ。パブの時代も、ご町内やらお馴染みさんたちで、東京近郊の名所を巡っていた、妻鹿家恒例の行事だ。

 ここ数年は、親父の仕事や祖父ちゃんの入院なんかで飛び飛びになっていて、もうこの習慣はお仕舞かと寂しく思っていた。

「今年は松ちゃんも来てくれたことだし、みんなでくり出そう」


 祖父ちゃんの心意気で復活することになった。


 上野か飛鳥山か、はたまた明治神宮か浜離宮公園か、親父もネットで検索して、おさおさ怠りが無い。だけど、昨日から祖父ちゃんの腰痛が復活、親父も午後から日曜出勤というアクシデント。

 けっきょく、徒歩五分のところにある神楽坂鈿女神社(かぐらざかうずめじんじゃ)で済ますことになった。

 神楽坂鈿女神社などというと仰々しいが、要は風信子の家の神社だ。

「それじゃ、うちの豊楽殿を使ってください」

 神主である風信子のお父さんが勧めてくれるが、やっぱり桜の下でなきゃ風情が無いということで、境内で一番大きな桜の下にゴザを敷いた。

「そんなことは、あたしがやります」

 ゴザを敷き始めた祖父ちゃんに松ネエが手を差し伸べようとする。

「これには敷き方があってね、ま、見てなよ。おい、由紀夫、そっち持てや」

 祖父ちゃんは親父とお袋を使ってゴザを敷いて、お重やら酒やらを並べ始めた。

「……なるほど、なんだか雅やか」

 桜に対する角度やヘリの合わせ方なんかが上手くできている。子供のころには気づかなかったけど、祖父ちゃんのそれには華がある。

「ここを舞台と見立ててな、桜と桟敷が喧嘩しねえように……お重や酒ははすかいに……な、こうやると粋ってもんだろ」

 なんだか、しばらく鑑賞していたくなるようなしつらえになってきた。

「写真撮らせてもらっていいですか」

 巫女装束の風信子がデジカメを持ってやってきた。

「おー、風信子(ふじこ)ちゃん、いくらでも撮ってくれ」

「うちのホームページに載せて宣伝します」

「じゃ、あたしも動画にしてSNSに載せまーす!」

 松ネエも張り切りだした。

「ね、バックにさ、幕とか張るとイケるんじゃない、お祖父ちゃん!?」

 小菊が閃いた。

 小菊にはこういうところがある。年に一回あるかないかで、ピピっと閃いて、そのうちの一つか二つかはホームラン級。小二の時に書いた作文が都のコンテストで最優秀をとったことがある。

「幔幕なら神社のがあります」

 風信子が言ったが「昔のうちのがあったらなあ……」と親父が呟く。

「それなら、寿屋にくれてやったのがあるはずだ」

 祖父ちゃんが思い出した。

「うち閉めたときに、せっかくの妻鹿屋の幔幕だってんでくれてやった、たしか帳場のディスプレーになってる」

「あたし行ってとってくる」

「かさ高いから雄一も付いて行ってやんな、寿屋には電話入れといてやっから」

 俺は小菊と一緒に寿屋に急いだ。


 飯田橋の近くなので十分ちょっと、途中地元民しか知らないショートカットを通ってたどり着く。


「お祖父ちゃんから電話もらってるよ」

 幔幕は二枚で一対になっているので紙袋で二杯になっていた。

「じゃ、お借りします」

 きちんとお礼を言って店を出る。

「あ……」

「どうかしたか?」

「そこに増田さんがいたみたいな」

「増田?」

「ほら、学食の……」

「ああ」

 思い出した、学食でラーメン被っちまって火傷しかけた。お姫様抱っこした感触が蘇る。

「え?」

 小菊が指差したところに人影はなかった。

「幔幕って、吊り下げる紐とかいるよな」

 俺にしては良く気が付いた。幔幕には専用の釣り紐が要る。二人で出てきたばかりの寿屋に引き返す。

「ごめんごめん、気が付かなかった」

 社長に専用の釣り紐を出してもらい、再び店の外に出る。

「あ……」

「どうかした?」

 今度は俺が気づいた。

「増田さん?」

「いや、ヨッチャン……うちの担任がいたような」
 
 もう一度目を向けたそこに人影はなかった。

 俺も小菊も気のせいかと思ったが、週明けにひと騒動になるのだった。
 
 

☆彡 主な登場人物

妻鹿雄一 (オメガ)     高校三年  
百地美子 (シグマ)     高校二年
妻鹿小菊           高校一年 オメガの妹 
妻鹿由紀夫          父
鈴木典亮 (ノリスケ)    高校三年 雄一の数少ない友だち
風信子            高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
柊木小松(ひいらぎこまつ)  大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
ミリー・ニノミヤ       シグマの祖母
ヨッチャン(田島芳子)    雄一の担任
木田さん           二年の時のクラスメート(副委員長)
増田さん           小菊のクラスメート
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

あーきてくっちゃ!

七々扇七緒
ライト文芸
『ゆるーく建築を知れる』📐北海道札幌市を舞台とした『ゆるふわ×建築』日常系のストーリーです🏠✨ 北海道内でも人気が高く、多くの女子が入学を夢見る『才華女子高等学校』。多くのキラキラした学科がある中、志望調査で建築学科を志望した生徒はわずか3人?! 「10人以上志望者がいないと、その年度の建築学科は廃止になる」と宣告された、うらら達3人。 2年生から本格的な学科分けがあり、それまでにメンバーをあと7人増やさなければならない。うらら達は建築の楽しさを周りにも伝えるため、身近な建築の不思議や謎を調査する活動をすることに決めたのだった――。 🌸🌸🌸 人間にとって欠かせない衣食住、その中の『住』にあたる建築物は私たちにとって身近な存在です。でも、身近すぎて気づかないこと、知らないことって多いと思いませんか? 「なんで、こんな所に穴があるんだろう?」 「なんで、ここはヘコんでるんだろう?」 「なんで、この壁とあの壁は叩くと音が違うんだろう?」 「そもそも、建物ってどうやって作ってるんだろう!?」 建築には、全ての形に意味があります。 (意味ないことをしたらお金と手間がかかるからやらない) 一件難しく感じるかもしれませんが、 この小説では女子高生たちとゆる~く建築の豆知識をお伝えしながら、すこ~しでも良いので建築に興味を持ってくれたらうれしいな~ という気持ちで、建設業で働く私がの~んびり書いていく作品です。 ごゆっくりお楽しみくださいませ✨ ☆注意☆ この作品に登場するイラストは、AIイラストを作成するアプリで作っています。 背景など作中と少し異なる表現があるかと思いますがご了承ください。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

処理中です...