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35『俺もシグマも風信子も』

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泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

35『俺もシグマも風信子も』 



 ヨッチャンから電話があった。

 ほら、ヨッチャン。

 うちのクラスの担任で、ほんとは田島芳子っていうんだけど、とっつき易さと頼りなさから、親しみを込めてヨッチャンと呼ばれている。

――ごめん、木田さん海外旅行にいっちゃったんだ――

 この一言で全てが分かってしまう俺って、頭がいいのか人がいいのか、ね、実際ははもめ事が嫌なだけなんだけどな。

 木田さんてのはクラスの副委員長で、新入生登校日である今日、いろんな用事に当たっているんだ。
 その木田さんが、アウトになったので俺に救いを求める電話をしてきたってわけだ。


 で、俺は教科書販売の案内と場内整理をやっている。


「二列にお並びくださーい、順番が回ってくるまでに、購入用紙を出して選択科目をご確認お願いします。二列に……」

 メガホン持って注意を繰り返す俺って、ゲーム発売日のゲーム屋のスタッフみたいだぜ。

「あの、副読本もここで買えるんですか?」
「副読本は隣の教室、芸術の教材と体操服は向こうの校舎になります。いずれも購入票や引換券が必要ですのでご準備ください」
「体操服なんですけど……」
「夏用の体操服は五月の販売となっています」
「すみません、おトイレは?」
「向こうの階段の隣……」
「奨学金の申し込み……」
「本館二階の進路指導室……」
「お腹痛いんですけど……」
「一階の突き当りが保健室……二列にお並び……」

 トントン

 八面六臂の働きをしていると肩を叩かれた。

「ごめんね妻鹿君、君のお蔭でスイスイ進んでるみたい、ほんと恩に着るわ」

 ヨッチャンが済まなさそうに言う。

 だけど、手にはお財布入りのポーチで、足許は下足のパンプス。これから学校の外に昼飯食べに行く気マンマン。無神経な人だけど、ほんとに助かって嬉しい気持ちが溢れている。ちょっとムカつくけどな。

 ま、担任と生徒の関係は明日で切れる。辛抱、辛抱。

 一段落してピロティーへ。

 柱の向こう側を、制服の入った箱をぶら下げて小菊が入れ違いにやってくる。

 これから教科書を買うようだ。ま、顔を合わせなくて正解だろう。

「ゆう君とこも落ち着いたみたいね」

 ベンチに腰掛けると、水筒持った風信子が現れた。

「風信子も動員されたのか?」

「まあね、お茶飲む?」

「お、サンキュ」

 こういうところで缶ジュースなんか出さないところが神社の娘だ。

「さっき小菊ちゃんが来てたよ」

「うん、そこで行き違った」

「小菊ちゃん、ゆう君が終わるの待ってたんだよ」

「兄妹で顔合わせたら気まずいんだろ」

「小菊ちゃんも、そういう年頃なんだね。昔は『お兄ちゃん、お兄ちゃん』で、ゆう君の後付けまわしてたのに」

「今じゃ『この腐れ童貞があああ!』だもんな」

「ハハ、そういうお年頃(^_^;)」

「春祭りのは凄いもの出すんだな」

 昨日のことを振ってみた。

「うん、牛込に古くからあった『田乃神祭』を復活させるんだよ」

「そうかぁ……それにしても、あれはなあ……」

「いいでしょ、あっけらかんとしてて」

「あれにしめ縄付けてる風信子って偉いと思ったよ」

「神事だもん平気だよ」

「……で、あれってなんて呼んだらいいんだ?」

「チンポウよ」

 ゲホ!

 あやうくむせるところだった。

「まんまかよ」

「違うわよ、ウが付くのウが。漢字にしたら珍宝。れっきとした田の神様の依代」

「でもな、いきなり見たらビックリするぞ」

「ハハ、だから凄いものだって言ったでしょ。百年ぶりの復元だったから、あのフォルムに決めるの大変だったのよ。さ、午後からは写真撮影のお手伝いだ」

「まだあるのか?」

「うん、ピンチヒッター。あら、あの子、ゆう君といっしょだった子、うちの生徒だったのね」

 言うまでもなくシグマだ。

「おーい、シグマ!」

「あ、先輩!?」

 ビックリして口を尖らすシグマ。

 俺はチャームポイントだと思うんだけど、人はどう感じるかなあと風信子の横顔を見たりする。

「あなたも当番だったりする?」

「はい、代理ですけど」

 この学校は代理を頼みすぎだと思う。

 で、引き受ける俺たちも人が良すぎるんだよなあ……。



☆彡 主な登場人物

妻鹿雄一 (オメガ)     高校二年  
百地美子 (シグマ)     高校一年
妻鹿小菊           中三 オメガの妹 
妻鹿由紀夫          父
鈴木典亮 (ノリスケ)    高校二年 雄一の数少ない友だち
風信子            高校二年 幼なじみの神社の娘
柊木小松(ひいらぎこまつ)  大学生 オメガの一歳上の従姉
ヨッチャン(田島芳子)    雄一の担任
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