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49『デビュー!』
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乙女先生とゆかいな人たち女神たち
49『デビュー!』
朝、校門近くの坂道で、さくやのお姉さんを見たような気がした……。
しっかり者の栞は、人が気づく前に、こっちから挨拶ができる子である。幼いころに母が亡くなってからは、弁護士の父の足手まといにならないように、子どもながら家事一般はこなしてきたし、父の仕事柄、行儀作法も並の子よりはできる方である。だから挨拶はされる前にする。これがモットーであった。
それが「あ」と思ったときには姿が見えなかった。ただ栞のことをニッコリ見つめ皇族の内親王さまのように手を振っていたような気がした。で、気がしたときには姿が見えなくなっていた。
「ねえ、お姉さん、来てた?」
妹の方は、すぐに目に付いた。下足室で上履きに履きかえようと片脚をあげたところに声を掛けたものだから、さくやはタタラを踏んで、クラスの男の子にぶつかってしまった。
「ごめん、片桐君!」
さくやは、顔を真っ赤にして謝った。
「あ、ええよ、大丈夫か?」
片桐君は、優しく肩を支えてくれて、さくやの顔は、さらに赤くなった。
「う、うん大丈夫」
「そうか、ほんなら、お先に」
「はいはい……」
片桐君を見送って、もう栞のことなど忘れている。
「ちょっと、さくや!」
「あ、栞先輩!」
「あの子……なんなのよ?」
「あ、ただのクラスメートです!」
「そうなんですか……?」
「栞先輩も、新曲頭から抜けへんのんですね」
「抜けちゃ困るわよ、今日本番なんだから!」
栞も、今日の本番のことで聞くことを忘れてしまった。
「学校生活に影響を与えないって、約束じゃなかったかな?」
担任代行の牧原先生が、小学生を諭すように言った。
「すみません。急にデビューが決まって、本番の日取りは決まっていたんですけど、リハなんかのダンドリが今朝入ってきたもんですから、ご報告が遅れました」
「……ご報告やないやろ。許可願いやろが」
「あ、はい、言い間違えました。よろしくご許可願います」
「まあ、しゃあないな。そやけど試験前やいうこと忘れんなよ」
ハンコをついて、栞が手を出したところで、牧原は引っ込めた。
「あ、あの……」
「榊原聖子のサインもろてきてくれへんか?」
「え……」
「同じユニットやろ。うちの娘が聖子ちゃん好きでな。交換条件や」
「あの、わたし、身分的には研究生なんで、そういうことは……」
「ちぇ、ケチやのう。まあ、手島栞のデビューやったら、しゃーないわの!」
職員室中に聞こえる声で牧原が言った。
こう言うときに、弱った顔や、怒った顔をしては負けである。
「ありがとうございました」
栞は、落ち着いて頭を下げた。
四時間目が終わり、生指の部屋に入るときは、さすがに胃がキリリときた。
「失礼します。二年A組の手島栞です」
「やあ、栞。いよいよやね!」
よかった、生指の部屋には常駐の乙女先生しかいなかった。
リハーサルはドライもカメリハも上手くいった。いよいよ本番である。
こないだ刺身のつまで出たときの倍くらい念入りなメイクにヘアーメイク。緊張が増してくる。
「スリーギャップスの船出、円陣組むよ」
聖子が、七菜と栞に声を掛ける。
「「お願いします」」
七菜と栞の声が揃って、それがおかしいのか聖子がクスっと笑った。
「あんたら、おかしいよ、別にオリンピックの決勝戦じゃないんだから」
「わたし、高校の陸上部入ったらいきなりオリンピック出ろって、そんな心境なんですけど」
「そうなんですか!?」
「アハハ……」
さすがにベテラン、ほぐすのも上手い。
「じゃいくよ……」
「「「スリーギャップス、GO!」」」
それを合図にしていたかのようにADさんが迎えに来た。
「それでは、本日結成したばかり、MNBの新ユニットスリーギャップスでーす!」
MCの居中が大げさに声をあげると、エフェクトのドライアイスが、両サイドからシュポっと出て三人そろって出る、最後の一段で栞はステップを踏み外した。危うく将棋倒しになるところを居中が支えてくれた。
「なんだ、栞って、冷静そうな顔して意外とドジなのな」
「いや、今のは想定内のズッコケでした」
「栞、ちょっと、真っ直ぐに歩いてみてくれる」
聖子の機転だ。栞はわざと手と足を同時に出して笑いを誘った。
「ね、緊張なんかしてないでしょ」
「あー、こりゃ気合いの入れ直しだわ」
三人で、背中のどやしつけあいをやった。
「じゃ、大丈夫ね?」
角江の声でスイッチが入った。三人は丸いステージスペースに入り、イントロが流れる。
「それでは、本日結成、初公開。スリーギャップスで『そうなんですか!』どうぞ」
《そうなんですか!》 作詞:杉本 寛 作曲:手島雄二
ホ-ムの発メロ鳴る階段二段飛ばしに駆け上がる 目の前無慈悲に閉まるドア
ああチクショー! このヤロー! 思いがけないキミのため口
駅員さんも乗客のみなさんも ビックリ! ドッキリ! コレッキリ!
ああ カワイイ顔して このギャップ
あの それ外回りなんだけど
そうなんですか しぼんだようにキミが呟く
新学期 もう夏だというのに いいかげん覚えて欲しいな電車の発メロぐらい
でも 愛しい ピンのボケ方 このギャップ そうなんですか そうなんですか
昼休みチャイム鳴る廊下優雅に教室に向かう 開けたドアみんなが起立していたよ
ええ うそ~! ええ ど~して! 見かけに合わないキミの大ボケ
クラスメートも教科の先生も ビックリ! ドッキリ! コレッキリ!
ああ カワイイ顔して このギャップ
あの 今の本鈴なんだけど
そうなんですか 他人事みたいキミが呟く
新学期 もう夏だというのに いいかげん覚えて欲しいな予鈴と本鈴ぐらい
でも 愛しい ピンのボケ方 このギャップ そうなんですか そうなんですか
照りつける太陽 砂蹴散らして駆けまわる ビキニの上が陽気に外れかかる
ええ うそ~! なんで今~! 天変地異的キミの悲鳴
ライフセーバーさんもビーチのみなさんも ビックリ! ドッキリ! コレッキリ!
ああ キミは飛び込む 波打ち際
ああ たしかキミはカナヅチなんだけど
そうなんですか でも助けてとキミが叫ぶ
夏休み もう真っ盛り いいかげん覚えて欲しいな犬かきとボクの気持ちぐらい
でも 愛しい こ~の無神経 このギャップ そうなんですか そうなんですか
そうなんですよ ボクの愛しいそうなんですよ ボクの青春そうなんですよ 人生一度のそうなんですよ
Yes! そうなんですよ!
歌っている間、栞は、さくやの姉の手の温もりを思い出した。そうあの姿は温もりそのものだった。そう感じると、さっきのズッコケはどこへやら。
すっかり落ち着いてデビュー曲を歌い上げた栞だった……。
49『デビュー!』
朝、校門近くの坂道で、さくやのお姉さんを見たような気がした……。
しっかり者の栞は、人が気づく前に、こっちから挨拶ができる子である。幼いころに母が亡くなってからは、弁護士の父の足手まといにならないように、子どもながら家事一般はこなしてきたし、父の仕事柄、行儀作法も並の子よりはできる方である。だから挨拶はされる前にする。これがモットーであった。
それが「あ」と思ったときには姿が見えなかった。ただ栞のことをニッコリ見つめ皇族の内親王さまのように手を振っていたような気がした。で、気がしたときには姿が見えなくなっていた。
「ねえ、お姉さん、来てた?」
妹の方は、すぐに目に付いた。下足室で上履きに履きかえようと片脚をあげたところに声を掛けたものだから、さくやはタタラを踏んで、クラスの男の子にぶつかってしまった。
「ごめん、片桐君!」
さくやは、顔を真っ赤にして謝った。
「あ、ええよ、大丈夫か?」
片桐君は、優しく肩を支えてくれて、さくやの顔は、さらに赤くなった。
「う、うん大丈夫」
「そうか、ほんなら、お先に」
「はいはい……」
片桐君を見送って、もう栞のことなど忘れている。
「ちょっと、さくや!」
「あ、栞先輩!」
「あの子……なんなのよ?」
「あ、ただのクラスメートです!」
「そうなんですか……?」
「栞先輩も、新曲頭から抜けへんのんですね」
「抜けちゃ困るわよ、今日本番なんだから!」
栞も、今日の本番のことで聞くことを忘れてしまった。
「学校生活に影響を与えないって、約束じゃなかったかな?」
担任代行の牧原先生が、小学生を諭すように言った。
「すみません。急にデビューが決まって、本番の日取りは決まっていたんですけど、リハなんかのダンドリが今朝入ってきたもんですから、ご報告が遅れました」
「……ご報告やないやろ。許可願いやろが」
「あ、はい、言い間違えました。よろしくご許可願います」
「まあ、しゃあないな。そやけど試験前やいうこと忘れんなよ」
ハンコをついて、栞が手を出したところで、牧原は引っ込めた。
「あ、あの……」
「榊原聖子のサインもろてきてくれへんか?」
「え……」
「同じユニットやろ。うちの娘が聖子ちゃん好きでな。交換条件や」
「あの、わたし、身分的には研究生なんで、そういうことは……」
「ちぇ、ケチやのう。まあ、手島栞のデビューやったら、しゃーないわの!」
職員室中に聞こえる声で牧原が言った。
こう言うときに、弱った顔や、怒った顔をしては負けである。
「ありがとうございました」
栞は、落ち着いて頭を下げた。
四時間目が終わり、生指の部屋に入るときは、さすがに胃がキリリときた。
「失礼します。二年A組の手島栞です」
「やあ、栞。いよいよやね!」
よかった、生指の部屋には常駐の乙女先生しかいなかった。
リハーサルはドライもカメリハも上手くいった。いよいよ本番である。
こないだ刺身のつまで出たときの倍くらい念入りなメイクにヘアーメイク。緊張が増してくる。
「スリーギャップスの船出、円陣組むよ」
聖子が、七菜と栞に声を掛ける。
「「お願いします」」
七菜と栞の声が揃って、それがおかしいのか聖子がクスっと笑った。
「あんたら、おかしいよ、別にオリンピックの決勝戦じゃないんだから」
「わたし、高校の陸上部入ったらいきなりオリンピック出ろって、そんな心境なんですけど」
「そうなんですか!?」
「アハハ……」
さすがにベテラン、ほぐすのも上手い。
「じゃいくよ……」
「「「スリーギャップス、GO!」」」
それを合図にしていたかのようにADさんが迎えに来た。
「それでは、本日結成したばかり、MNBの新ユニットスリーギャップスでーす!」
MCの居中が大げさに声をあげると、エフェクトのドライアイスが、両サイドからシュポっと出て三人そろって出る、最後の一段で栞はステップを踏み外した。危うく将棋倒しになるところを居中が支えてくれた。
「なんだ、栞って、冷静そうな顔して意外とドジなのな」
「いや、今のは想定内のズッコケでした」
「栞、ちょっと、真っ直ぐに歩いてみてくれる」
聖子の機転だ。栞はわざと手と足を同時に出して笑いを誘った。
「ね、緊張なんかしてないでしょ」
「あー、こりゃ気合いの入れ直しだわ」
三人で、背中のどやしつけあいをやった。
「じゃ、大丈夫ね?」
角江の声でスイッチが入った。三人は丸いステージスペースに入り、イントロが流れる。
「それでは、本日結成、初公開。スリーギャップスで『そうなんですか!』どうぞ」
《そうなんですか!》 作詞:杉本 寛 作曲:手島雄二
ホ-ムの発メロ鳴る階段二段飛ばしに駆け上がる 目の前無慈悲に閉まるドア
ああチクショー! このヤロー! 思いがけないキミのため口
駅員さんも乗客のみなさんも ビックリ! ドッキリ! コレッキリ!
ああ カワイイ顔して このギャップ
あの それ外回りなんだけど
そうなんですか しぼんだようにキミが呟く
新学期 もう夏だというのに いいかげん覚えて欲しいな電車の発メロぐらい
でも 愛しい ピンのボケ方 このギャップ そうなんですか そうなんですか
昼休みチャイム鳴る廊下優雅に教室に向かう 開けたドアみんなが起立していたよ
ええ うそ~! ええ ど~して! 見かけに合わないキミの大ボケ
クラスメートも教科の先生も ビックリ! ドッキリ! コレッキリ!
ああ カワイイ顔して このギャップ
あの 今の本鈴なんだけど
そうなんですか 他人事みたいキミが呟く
新学期 もう夏だというのに いいかげん覚えて欲しいな予鈴と本鈴ぐらい
でも 愛しい ピンのボケ方 このギャップ そうなんですか そうなんですか
照りつける太陽 砂蹴散らして駆けまわる ビキニの上が陽気に外れかかる
ええ うそ~! なんで今~! 天変地異的キミの悲鳴
ライフセーバーさんもビーチのみなさんも ビックリ! ドッキリ! コレッキリ!
ああ キミは飛び込む 波打ち際
ああ たしかキミはカナヅチなんだけど
そうなんですか でも助けてとキミが叫ぶ
夏休み もう真っ盛り いいかげん覚えて欲しいな犬かきとボクの気持ちぐらい
でも 愛しい こ~の無神経 このギャップ そうなんですか そうなんですか
そうなんですよ ボクの愛しいそうなんですよ ボクの青春そうなんですよ 人生一度のそうなんですよ
Yes! そうなんですよ!
歌っている間、栞は、さくやの姉の手の温もりを思い出した。そうあの姿は温もりそのものだった。そう感じると、さっきのズッコケはどこへやら。
すっかり落ち着いてデビュー曲を歌い上げた栞だった……。
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