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31『根拠のない自信』
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乙女先生とゆかいな人たち女神たち
31『根拠のない自信』
朝、目が覚めて思い出した……今日は……オーディションの日だ!
むろん夕べは憶えていた……というより、胸がドキドキして、なかなか寝つけなかった。まるで、小学校六年の運動会の前日のようだ。あの時はリレーのアンカーに選ばれて、責任の重大さに押しつぶされそうになっていた。いや、あの時以上の緊張(|||O⌓O;)。
MNB24の五期生の応募は、1600人余り。書類選考で80人に絞られ、今日と明日二日に分かれ、午前の部と午後の部に分かれてオーディションが行われる。栞は、午後二時からの部だったので、午前中は、津久茂屋のバイトに行った。学校も、あまりやかましいことを言わなくなったので作務衣風のお仕着せに着替えて店に出る。ここでは、これが戦闘服だ。今は、そう思っている。
駅前には喫茶店が一軒しかないので、朝から北摂のハイキングを楽しむ人たちが利用したり、近頃は栞目当てのチラホラ客もいて、けっこう忙しい。
「ごめんなあ、今日は大事なオーディションやいうのに……あ、いらっしゃいませ……」
恭子さんも、済まなさそうではあるのだが、まだ、きちんと挨拶もできていない。
「いらっしゃい……先生!」
お通しとお茶を出すと、校長先生と乙女先生が庭の席に座っていた。
「お座敷空いてますから、どうぞ……」
「いや、ボクは顔を出しただけだよ。さくやクンは?」
「あの子、午前の部なんで、今、真っ最中です」
「そうだったのか、じゃ、ボクは仕事があるから。乙女先生よろしく。じゃ、がんばってね」
校長先生は、手をあげると行ってしまった。
「団子と、オウスちょうだい」
「はい」
「お団子、オウス通りました!」
栞が、奥に声を掛けようとすると、返事の方が先に帰ってきた。
「あれは?」
「はい、恭子さんのお姉さんが入ってくださってるんです」
栞は申し訳なさそうに言った。
「これ、校長先生から。さくやは帰ったら渡したげて」
乙女先生が、渡してくれた小さな紙袋には車折神社(くるまざきじんじゃ)のお守りが入っていた。
「ま、これって、芸能の神さまなんですよね。クルマオレ神社」
「ハハハ、栞でもスカタン言うときあんねんな。クルマザキ神社や。校長さんの家のネキやさかい」
「あ、ありがとうございます」
「それから、桑田先生が、合格しても学校の授業はサボらせへんぞ、て」
「え、あの筋肉アスパラ……」
「ブキッチョな人やけど、あんたら生徒のことは、考えてるみたい」
「お団子、オウスあがったわよ!」
「はーい!」
昼前に、さくやが帰ってきた。「どんな感じ?」と聞く暇もなく、乙女先生から預かったお守りを渡すと、栞は制服に着替えて、津久茂屋を飛び出した。恭子さんのお姉さんが、何か渡してくれたが、お礼を一言言っただけで、駅のホームに向かった。
次の準急までに十二分もある。
いつになく慌てている自分が腹立たしく、また、何年かぶりでお腹の虫が鳴くのを聞いた。そして、恭子さんのお姉さんが渡してくれたのが、焼きお握りとお茶のペットボトルであることが分かった……。
指定された時間よりも四十分も早く着いてしまった。で、自分だけではなく、大半の子が同じころに着いている。
―― アハハ、みんないっしょなんだ(^_^;) ――ちょっと落ち着いた。
控え室で、赤いスウェットに着替え、貴重品は部屋の隅のロッカーにしまって、席に着くと再び緊張。
最初は、集団でダンスのテストなので、ストレッチをしてみた。すると、それが、まるで合図であったかのように、みんながストレッチを始めた。大きなミラーに映る自分のストレッチをみんなが真似しているではないか!
「あ、あの……わたし、インストラクターじゃありませんから」
そう言うと、みんな戸惑ったような顔をしていたが。一人の子が言った。
「じっとしていても落ち着かないから、あなたがインストラクターでいいわよ」
で、なんだかリハーサル室のようになり、なまじっか鏡なんかがあるので、ストレッチにも熱が入り、呼び出しのアシスタントの人は、部屋に入るなり驚いてしまった。
「オーディションは、これからなんだけど……」
さすがに、呼び出しがかかると、みんなは審査会場へと、急いだ。
「あ、忘れるとこだった!」
栞は、慌ててロッカーからお守りを取りだした。
ダンスのテストは十人一組、振り付けの先生から十分間振りを教えてもらい。三十秒のダンスを、五人ずついっぺんに審査する。それを二回くり返すと一組が終わり、次の組みになる。
栞は、一カ所振りを間違えたが、明るく元気に踊り終えた。「弁護が不利になったときほど、落ち着いて穏やかに」という父の言葉を思い出したからである。振りと不利が掛詞になっていることに気づき、思わず笑ってしまいそうになるくらいであった。
歌唱テストは、さすがに一人ずつだった。歌はなんとかこなしたが、問題は、その後のスピーチだった。テスト課題には載っていなかった。
「最近のアイドル界、どう思います?」
いきなりだった。
「……正直、音楽とかCDの世界って縮小の方向じゃないですか。でも、これをマイナスにとらえるんじゃなくて、アイドルが自分の力で、自分の形を作っていく良いチャンスだと思うんです。ブームの時は型にハメルだけでカッコつくようなところがありますけど、今はそんな時代じゃありません。アイドルにもプロデューサーにとっても面白い時代だと思います」
「アイドルにとって、大事なモノはなんですか?」
「自信です! 根拠のない自信。根拠のある自信は、その世界に自分を閉じこめてしまいますが、根拠が無ければ、いろいろ試して持てばいいんですから」
「じゃ、手島さんの、今の明るさは……」
「はい、ただの自然な爽快感です」
栞は、思い切りの根拠無しの笑顔に輝いていた……。
31『根拠のない自信』
朝、目が覚めて思い出した……今日は……オーディションの日だ!
むろん夕べは憶えていた……というより、胸がドキドキして、なかなか寝つけなかった。まるで、小学校六年の運動会の前日のようだ。あの時はリレーのアンカーに選ばれて、責任の重大さに押しつぶされそうになっていた。いや、あの時以上の緊張(|||O⌓O;)。
MNB24の五期生の応募は、1600人余り。書類選考で80人に絞られ、今日と明日二日に分かれ、午前の部と午後の部に分かれてオーディションが行われる。栞は、午後二時からの部だったので、午前中は、津久茂屋のバイトに行った。学校も、あまりやかましいことを言わなくなったので作務衣風のお仕着せに着替えて店に出る。ここでは、これが戦闘服だ。今は、そう思っている。
駅前には喫茶店が一軒しかないので、朝から北摂のハイキングを楽しむ人たちが利用したり、近頃は栞目当てのチラホラ客もいて、けっこう忙しい。
「ごめんなあ、今日は大事なオーディションやいうのに……あ、いらっしゃいませ……」
恭子さんも、済まなさそうではあるのだが、まだ、きちんと挨拶もできていない。
「いらっしゃい……先生!」
お通しとお茶を出すと、校長先生と乙女先生が庭の席に座っていた。
「お座敷空いてますから、どうぞ……」
「いや、ボクは顔を出しただけだよ。さくやクンは?」
「あの子、午前の部なんで、今、真っ最中です」
「そうだったのか、じゃ、ボクは仕事があるから。乙女先生よろしく。じゃ、がんばってね」
校長先生は、手をあげると行ってしまった。
「団子と、オウスちょうだい」
「はい」
「お団子、オウス通りました!」
栞が、奥に声を掛けようとすると、返事の方が先に帰ってきた。
「あれは?」
「はい、恭子さんのお姉さんが入ってくださってるんです」
栞は申し訳なさそうに言った。
「これ、校長先生から。さくやは帰ったら渡したげて」
乙女先生が、渡してくれた小さな紙袋には車折神社(くるまざきじんじゃ)のお守りが入っていた。
「ま、これって、芸能の神さまなんですよね。クルマオレ神社」
「ハハハ、栞でもスカタン言うときあんねんな。クルマザキ神社や。校長さんの家のネキやさかい」
「あ、ありがとうございます」
「それから、桑田先生が、合格しても学校の授業はサボらせへんぞ、て」
「え、あの筋肉アスパラ……」
「ブキッチョな人やけど、あんたら生徒のことは、考えてるみたい」
「お団子、オウスあがったわよ!」
「はーい!」
昼前に、さくやが帰ってきた。「どんな感じ?」と聞く暇もなく、乙女先生から預かったお守りを渡すと、栞は制服に着替えて、津久茂屋を飛び出した。恭子さんのお姉さんが、何か渡してくれたが、お礼を一言言っただけで、駅のホームに向かった。
次の準急までに十二分もある。
いつになく慌てている自分が腹立たしく、また、何年かぶりでお腹の虫が鳴くのを聞いた。そして、恭子さんのお姉さんが渡してくれたのが、焼きお握りとお茶のペットボトルであることが分かった……。
指定された時間よりも四十分も早く着いてしまった。で、自分だけではなく、大半の子が同じころに着いている。
―― アハハ、みんないっしょなんだ(^_^;) ――ちょっと落ち着いた。
控え室で、赤いスウェットに着替え、貴重品は部屋の隅のロッカーにしまって、席に着くと再び緊張。
最初は、集団でダンスのテストなので、ストレッチをしてみた。すると、それが、まるで合図であったかのように、みんながストレッチを始めた。大きなミラーに映る自分のストレッチをみんなが真似しているではないか!
「あ、あの……わたし、インストラクターじゃありませんから」
そう言うと、みんな戸惑ったような顔をしていたが。一人の子が言った。
「じっとしていても落ち着かないから、あなたがインストラクターでいいわよ」
で、なんだかリハーサル室のようになり、なまじっか鏡なんかがあるので、ストレッチにも熱が入り、呼び出しのアシスタントの人は、部屋に入るなり驚いてしまった。
「オーディションは、これからなんだけど……」
さすがに、呼び出しがかかると、みんなは審査会場へと、急いだ。
「あ、忘れるとこだった!」
栞は、慌ててロッカーからお守りを取りだした。
ダンスのテストは十人一組、振り付けの先生から十分間振りを教えてもらい。三十秒のダンスを、五人ずついっぺんに審査する。それを二回くり返すと一組が終わり、次の組みになる。
栞は、一カ所振りを間違えたが、明るく元気に踊り終えた。「弁護が不利になったときほど、落ち着いて穏やかに」という父の言葉を思い出したからである。振りと不利が掛詞になっていることに気づき、思わず笑ってしまいそうになるくらいであった。
歌唱テストは、さすがに一人ずつだった。歌はなんとかこなしたが、問題は、その後のスピーチだった。テスト課題には載っていなかった。
「最近のアイドル界、どう思います?」
いきなりだった。
「……正直、音楽とかCDの世界って縮小の方向じゃないですか。でも、これをマイナスにとらえるんじゃなくて、アイドルが自分の力で、自分の形を作っていく良いチャンスだと思うんです。ブームの時は型にハメルだけでカッコつくようなところがありますけど、今はそんな時代じゃありません。アイドルにもプロデューサーにとっても面白い時代だと思います」
「アイドルにとって、大事なモノはなんですか?」
「自信です! 根拠のない自信。根拠のある自信は、その世界に自分を閉じこめてしまいますが、根拠が無ければ、いろいろ試して持てばいいんですから」
「じゃ、手島さんの、今の明るさは……」
「はい、ただの自然な爽快感です」
栞は、思い切りの根拠無しの笑顔に輝いていた……。
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