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27『アイの手前にて』
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乙女先生とゆかいな人たち女神たち
27『アイの手前にて』
どこかで見たことのあるやつらだなあ……乙女先生は思った。
生指の官制研修のあと、前任校の先生と心斎橋通りを歩いていて気づいたのだ。ギンガムチェックと生成のサマージャケットの二人連れが歩いている。ギンガムチェックが、笑い転げた拍子にストローハットを飛ばしてしまった。それが乙女先生の足もとまで転がってきて確信になった。
「さやかと栞!?」
と言うわけで、栞とさやかのコンビは乙女先生馴染みの喫茶店の奥に座っている。奥と言っても個室ではなく、L字の店の底辺にあたるところで、乙女先生が学生時代からの指定席である。前任校の友人は、カウンターの中で甲斐甲斐しく働いている。
そう、ここは、その友人の両親が、半ば趣味でやっている、その道の(乙女先生のような人種)通の店である。
店の名前は「H」と書いて「あいの手前」と読む。
「なるほど……!」
看板を見て、さくやは笑い、栞は感心した。
「これって、『愛』と『逢い』を掛けてるんですね。だから『H』なんて、ドキッとするような字でも品よく見えるんですよね」
乙女先生の友人は、その感覚を喜んだが、乙女先生の顔は、ちょっと厳しかった。
「栞、あんたは最近ちょっとした有名人やねんさかい、あんまり、こんなとこうろつかんといて欲しいな」
「あ、だから、私服で髪も変えてきたんです」
「せやけど、分かってしもた」
「そら、乙女ちゃんやさかいに」
ミックスジュースと、ブラックコーヒーをテーブルに置きながら、友人が目を細める。
「確かに、よう見たら、SNSでお馴染みの栞ちゃんやて分かるけど、普通にしてたら分からへんよ。ま、もっとも、その眼力で淀屋橋高校の校長のアデランス見抜いたんやろけど」
「あのオッサンは、そのまた前任校でいっしょやったさかい、誰でも分かる」
「まあ、はよ本題に入って解放したげえよ。問題行動あったわけやないねんさかい」
「せや、本題や。あんたら何しとったんや?」
さくやは、ソワソワと。栞は、じっと乙女先生の目を見ている。短い付き合いではあるが中身が濃いので、栞が、なにか計算しているらしいことはすぐに分かった。
「結果がでるまでは内緒にしていただけますか?」
「話の中身によるなあ……」
甘い顔をしてはいけないと、乙女先生はブラックコーヒーを口に含んだ。
「わたしたち、MNBを受けるんです」
「ウ……!?」
久々に飲む『H』のブラックコーヒーの香りで、予期せぬ感動の顔になってしまった。
「うわー、先生も驚いて、喜んでくれはるんですね!」
さくやが見事に誤解した。
「うちも、最初はぶったまげて、ほんで嬉しなってしもたんです♪」
「なんでまた、MNBなんか?」
「フライングゲットです。和訳すれば、発展的な先取りです」
「どういうこっちゃ?」
「半分は、先生の責任です」
「は……?」
「箕亜のダンス部見たじゃないですか!」
「まあ、あんたらのしょぼくれた演劇部の刺激になったら思てな」
「すばらしかったです。でも、あんなのうちの学校じゃ無理です。ウェブでも調べましたけど、箕亜は、あそこまで行くのに20年かかってます。わたしたち、20年も高校生やってられません」
「いや、あれは気合いを……」
「気合いは、しっかり入りました。で、この実行です。こんどのことでは教育委員会も動いているようですけど、けしてうまくいきません。いままで、教育委員会が音頭を取ってうまくいった例はありません。説明は、これで十分だと思います」
乙女先生の頭には、特色ある学校づくり・ゆとり教育・必修クラブ・宿泊学習・体験学習など、ほとんど失敗に終わった取り組みが頭を巡った。
「考えたんです。高校演劇とは、高校生がやる演劇です。間違ってないですよね?」
「うん。愛ちゃん、コーヒーお代わり!」
さくやが、いそいそとコーヒーのお代わりを運びにかかった。
「演劇とは、広い意味で肉体を使うパフォーマンスのことです。だったらMNBも同じです。あそこの構成メンバーの半分は現役の高校生です。在阪のパフォーマンス集団の中で、一番ビビットに活動でき、可能性があるのがMNBだと結論づけました。なにか間違ってます?」
「そやけど、あそこ、平日2時間、土日は6時間のレッスンやで」
「先生、詳しい~。はい、コーヒーお代わりです♪」
「部活も熱を入れればそんなもんです。部活を教育活動から外して、地域のスポーツ・文化活動にしよう……府教委が、将来的に考えてることですよね」
「ほんまに、栞はよう知ってんねんな」
「先生は、わたしがやることに心配なんですよね……ありがとうございます」
確かに、近頃理論派高校生として名前が出始めている栞がやることに……世間の栞を見る目が心配ではあった。
当の栞はヒョットコみたいな顔で、ミックスジュースを飲み干すと、勝ち誇った顔になった。
この顔が波乱を呼ぶような気が、乙女先生はした……。
27『アイの手前にて』
どこかで見たことのあるやつらだなあ……乙女先生は思った。
生指の官制研修のあと、前任校の先生と心斎橋通りを歩いていて気づいたのだ。ギンガムチェックと生成のサマージャケットの二人連れが歩いている。ギンガムチェックが、笑い転げた拍子にストローハットを飛ばしてしまった。それが乙女先生の足もとまで転がってきて確信になった。
「さやかと栞!?」
と言うわけで、栞とさやかのコンビは乙女先生馴染みの喫茶店の奥に座っている。奥と言っても個室ではなく、L字の店の底辺にあたるところで、乙女先生が学生時代からの指定席である。前任校の友人は、カウンターの中で甲斐甲斐しく働いている。
そう、ここは、その友人の両親が、半ば趣味でやっている、その道の(乙女先生のような人種)通の店である。
店の名前は「H」と書いて「あいの手前」と読む。
「なるほど……!」
看板を見て、さくやは笑い、栞は感心した。
「これって、『愛』と『逢い』を掛けてるんですね。だから『H』なんて、ドキッとするような字でも品よく見えるんですよね」
乙女先生の友人は、その感覚を喜んだが、乙女先生の顔は、ちょっと厳しかった。
「栞、あんたは最近ちょっとした有名人やねんさかい、あんまり、こんなとこうろつかんといて欲しいな」
「あ、だから、私服で髪も変えてきたんです」
「せやけど、分かってしもた」
「そら、乙女ちゃんやさかいに」
ミックスジュースと、ブラックコーヒーをテーブルに置きながら、友人が目を細める。
「確かに、よう見たら、SNSでお馴染みの栞ちゃんやて分かるけど、普通にしてたら分からへんよ。ま、もっとも、その眼力で淀屋橋高校の校長のアデランス見抜いたんやろけど」
「あのオッサンは、そのまた前任校でいっしょやったさかい、誰でも分かる」
「まあ、はよ本題に入って解放したげえよ。問題行動あったわけやないねんさかい」
「せや、本題や。あんたら何しとったんや?」
さくやは、ソワソワと。栞は、じっと乙女先生の目を見ている。短い付き合いではあるが中身が濃いので、栞が、なにか計算しているらしいことはすぐに分かった。
「結果がでるまでは内緒にしていただけますか?」
「話の中身によるなあ……」
甘い顔をしてはいけないと、乙女先生はブラックコーヒーを口に含んだ。
「わたしたち、MNBを受けるんです」
「ウ……!?」
久々に飲む『H』のブラックコーヒーの香りで、予期せぬ感動の顔になってしまった。
「うわー、先生も驚いて、喜んでくれはるんですね!」
さくやが見事に誤解した。
「うちも、最初はぶったまげて、ほんで嬉しなってしもたんです♪」
「なんでまた、MNBなんか?」
「フライングゲットです。和訳すれば、発展的な先取りです」
「どういうこっちゃ?」
「半分は、先生の責任です」
「は……?」
「箕亜のダンス部見たじゃないですか!」
「まあ、あんたらのしょぼくれた演劇部の刺激になったら思てな」
「すばらしかったです。でも、あんなのうちの学校じゃ無理です。ウェブでも調べましたけど、箕亜は、あそこまで行くのに20年かかってます。わたしたち、20年も高校生やってられません」
「いや、あれは気合いを……」
「気合いは、しっかり入りました。で、この実行です。こんどのことでは教育委員会も動いているようですけど、けしてうまくいきません。いままで、教育委員会が音頭を取ってうまくいった例はありません。説明は、これで十分だと思います」
乙女先生の頭には、特色ある学校づくり・ゆとり教育・必修クラブ・宿泊学習・体験学習など、ほとんど失敗に終わった取り組みが頭を巡った。
「考えたんです。高校演劇とは、高校生がやる演劇です。間違ってないですよね?」
「うん。愛ちゃん、コーヒーお代わり!」
さくやが、いそいそとコーヒーのお代わりを運びにかかった。
「演劇とは、広い意味で肉体を使うパフォーマンスのことです。だったらMNBも同じです。あそこの構成メンバーの半分は現役の高校生です。在阪のパフォーマンス集団の中で、一番ビビットに活動でき、可能性があるのがMNBだと結論づけました。なにか間違ってます?」
「そやけど、あそこ、平日2時間、土日は6時間のレッスンやで」
「先生、詳しい~。はい、コーヒーお代わりです♪」
「部活も熱を入れればそんなもんです。部活を教育活動から外して、地域のスポーツ・文化活動にしよう……府教委が、将来的に考えてることですよね」
「ほんまに、栞はよう知ってんねんな」
「先生は、わたしがやることに心配なんですよね……ありがとうございます」
確かに、近頃理論派高校生として名前が出始めている栞がやることに……世間の栞を見る目が心配ではあった。
当の栞はヒョットコみたいな顔で、ミックスジュースを飲み干すと、勝ち誇った顔になった。
この顔が波乱を呼ぶような気が、乙女先生はした……。
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