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26『コップに半分の法則』
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乙女先生とゆかいな人たち女神たち
26『コップに半分の法則』
朝から栞の話でもちきりだ。
一昨日収録された、梅沢忠興とのインタビューが昨日の朝に放映されたのだ。二時間に渡る話は45分に編集されていたが、論点は外していなかった。
世論におもねってしまったために過剰になったカリキュラム、そのために、教師も生徒も無駄に神経・労力・時間が取られていることは、放送局が用意したフリップやテロップなどでも補強されていた。
喋れる英語教育が必ずしも必要ではないという栞の意見は、視聴者には新鮮に聞こえた。重要な発言の時には過不足のないアップや、アングルで栞、梅沢を撮るだけではなく、一見無反応に見えていたMNBの榊原聖子が「うん」「なるほど」などと控えめにリアクションしているところも逃してはいなかった。
「わたしたちアイドルって、ザックリ目標を与えられるんです。で、レッスンの中で、ダンスや歌の先生達が、わたしたちを見て、具体的な指摘や、個人に合った目標とレッスンが与えられます。とっても指導がシンプルで的確ですね。ええ、わたしたちには無駄はありませんね」
「手島さんの話は、今の時代に蔓延している相対論や曖昧さがありません。主張にしろ、質問への答えにせよ、まっすぐ無駄なく答えてくる。セリナさん気づきました? あの子は、語尾を上げて相手にぶら下がるような話し方をしない。それでいて生意気じゃないんですよね。知性と論理性、幼さと美しさが同居している。お尻事件で、どんな子だろうと思っていましたが、話をして、その両極があの子の中に同居している自然さを……うかつにもこの十七に満たない少女のなかに「志」を感じてしまった。僕には、この人との対談そのものが大事件でしたね」
と、二人の後撮りのコメントまで入っていた。
生徒達の反応も、おおむね好意的だった。もっともアイドルの聖子の意見に引っ張られているところが大きいが、放送局のやることに珍しく納得した乙女先生であった。
「……以上の理由により、梅田、湯浅、中谷の三先生は書類の通り停職。その後、教育センターで半年の研修に入っていただきます。また、梅田、湯浅両先生につきましては、道交法の進行妨害、威力業務妨害、傷害により係争中でありますので、判決によっては、処分・指導内容に追加が加わることもあります。わたくし学校長は、監督・指導不十分で減給三ヵ月、戒告であります。また、第三者を交えた学校改革委員会が発足することになりました」
今日は45分の短縮授業で、放課後は臨時の職員会議になり、栞の問題に関する府教委の処分と、学校運営のための、助言が伝えられた。
「なにか、この件についてご質問、ご発言はありませんか?」
議長が事務的にみなに質問した。みなが俯いた沈黙の中、乙女先生が一人手をあげた……。
栞は、さくやと二人で中庭のベンチに足を投げ出して座っている。職会の性質上教師は全員必出席で部活の監督ができない状況なので、どこの部活も休止なのだ。それでも二人は胸が騒いで帰りかねていた。
「今やってる職員会議で決まるんですね……」
「なにが決まるのよ」
「えと、先生らの処分とか……」
「なんにもならないわよ、そんなこと」
「そうですか……」
さくやは、伸ばした脚をもとにもどし、姿勢を正した。といって、なにか思いついたわけではなく、今年になって初めて見る黄色いチョウチョに気が取られたのである。
「やあ、黄色いチョウチョや!」
「それが?」
「その年の一番最初に見たチョウチョが黄色やったら、その年は幸せな一年になるんやそうですよ。ラッキー!」
「それ、『ムーミン』に出てくるお話ね」
「へー、そうなんや!?」
「そうだ、ちょっと待ってて」
栞は、側の食堂の自販機で、ジュースを二杯買いに行った。
「言うてくれはったら、うちが行きましたのに」
「勝手に決めたけど。さくや、オレンジね」
「はい、うち柑橘系好きなんです!」
「それ、半分飲んで」
「え、はい、喜んで、コクコク……」
さくやは、計ったようにオレンジジュースを半分飲んだ。
「その半分になったオレンジジュースを、さくやはどう表現する?」
「はい、まだ半分残ってる……」
「大正解!」
「え?」
そして、栞はまるまる残っているコーラを、さくやは半分のオレンジジュースで乾杯した。
「さくやが『半分しか残ってない』って言ったら、即、演劇部解散しようと思っていた」
「えー、そうやったんですか。よかったあ正解で(^_^;)!」
「まだ半分残ってるって、ポジティブさが、わたしたちには必要なのよ」
「はい」
「たった今まで、コップの中に閉じこめられていたオレンジジュースとコーラは、二人のお腹に収まって、やがて……」
「おしっこになります!」
さくやが気を付けした。
「あのね、その前に体に吸収されて、わたしたちの力になるのよ」
「はい」
「ニュートンはリンゴが木から落ちるのを見て万有引力を発見した」
「発見した!」
「手島栞は、コップのコーラが空になるのを見て、高校生の力を発見した!」
「発見!……どういう意味ですか?」
「コップの中で、グズグズ悩んだり、チマチマ考えるのは止め! わたしは、コップを飛び出すの!」
そうカッコヨク決めたところで、「ゲフ」っとオッサンのようなゲップが出た……!
26『コップに半分の法則』
朝から栞の話でもちきりだ。
一昨日収録された、梅沢忠興とのインタビューが昨日の朝に放映されたのだ。二時間に渡る話は45分に編集されていたが、論点は外していなかった。
世論におもねってしまったために過剰になったカリキュラム、そのために、教師も生徒も無駄に神経・労力・時間が取られていることは、放送局が用意したフリップやテロップなどでも補強されていた。
喋れる英語教育が必ずしも必要ではないという栞の意見は、視聴者には新鮮に聞こえた。重要な発言の時には過不足のないアップや、アングルで栞、梅沢を撮るだけではなく、一見無反応に見えていたMNBの榊原聖子が「うん」「なるほど」などと控えめにリアクションしているところも逃してはいなかった。
「わたしたちアイドルって、ザックリ目標を与えられるんです。で、レッスンの中で、ダンスや歌の先生達が、わたしたちを見て、具体的な指摘や、個人に合った目標とレッスンが与えられます。とっても指導がシンプルで的確ですね。ええ、わたしたちには無駄はありませんね」
「手島さんの話は、今の時代に蔓延している相対論や曖昧さがありません。主張にしろ、質問への答えにせよ、まっすぐ無駄なく答えてくる。セリナさん気づきました? あの子は、語尾を上げて相手にぶら下がるような話し方をしない。それでいて生意気じゃないんですよね。知性と論理性、幼さと美しさが同居している。お尻事件で、どんな子だろうと思っていましたが、話をして、その両極があの子の中に同居している自然さを……うかつにもこの十七に満たない少女のなかに「志」を感じてしまった。僕には、この人との対談そのものが大事件でしたね」
と、二人の後撮りのコメントまで入っていた。
生徒達の反応も、おおむね好意的だった。もっともアイドルの聖子の意見に引っ張られているところが大きいが、放送局のやることに珍しく納得した乙女先生であった。
「……以上の理由により、梅田、湯浅、中谷の三先生は書類の通り停職。その後、教育センターで半年の研修に入っていただきます。また、梅田、湯浅両先生につきましては、道交法の進行妨害、威力業務妨害、傷害により係争中でありますので、判決によっては、処分・指導内容に追加が加わることもあります。わたくし学校長は、監督・指導不十分で減給三ヵ月、戒告であります。また、第三者を交えた学校改革委員会が発足することになりました」
今日は45分の短縮授業で、放課後は臨時の職員会議になり、栞の問題に関する府教委の処分と、学校運営のための、助言が伝えられた。
「なにか、この件についてご質問、ご発言はありませんか?」
議長が事務的にみなに質問した。みなが俯いた沈黙の中、乙女先生が一人手をあげた……。
栞は、さくやと二人で中庭のベンチに足を投げ出して座っている。職会の性質上教師は全員必出席で部活の監督ができない状況なので、どこの部活も休止なのだ。それでも二人は胸が騒いで帰りかねていた。
「今やってる職員会議で決まるんですね……」
「なにが決まるのよ」
「えと、先生らの処分とか……」
「なんにもならないわよ、そんなこと」
「そうですか……」
さくやは、伸ばした脚をもとにもどし、姿勢を正した。といって、なにか思いついたわけではなく、今年になって初めて見る黄色いチョウチョに気が取られたのである。
「やあ、黄色いチョウチョや!」
「それが?」
「その年の一番最初に見たチョウチョが黄色やったら、その年は幸せな一年になるんやそうですよ。ラッキー!」
「それ、『ムーミン』に出てくるお話ね」
「へー、そうなんや!?」
「そうだ、ちょっと待ってて」
栞は、側の食堂の自販機で、ジュースを二杯買いに行った。
「言うてくれはったら、うちが行きましたのに」
「勝手に決めたけど。さくや、オレンジね」
「はい、うち柑橘系好きなんです!」
「それ、半分飲んで」
「え、はい、喜んで、コクコク……」
さくやは、計ったようにオレンジジュースを半分飲んだ。
「その半分になったオレンジジュースを、さくやはどう表現する?」
「はい、まだ半分残ってる……」
「大正解!」
「え?」
そして、栞はまるまる残っているコーラを、さくやは半分のオレンジジュースで乾杯した。
「さくやが『半分しか残ってない』って言ったら、即、演劇部解散しようと思っていた」
「えー、そうやったんですか。よかったあ正解で(^_^;)!」
「まだ半分残ってるって、ポジティブさが、わたしたちには必要なのよ」
「はい」
「たった今まで、コップの中に閉じこめられていたオレンジジュースとコーラは、二人のお腹に収まって、やがて……」
「おしっこになります!」
さくやが気を付けした。
「あのね、その前に体に吸収されて、わたしたちの力になるのよ」
「はい」
「ニュートンはリンゴが木から落ちるのを見て万有引力を発見した」
「発見した!」
「手島栞は、コップのコーラが空になるのを見て、高校生の力を発見した!」
「発見!……どういう意味ですか?」
「コップの中で、グズグズ悩んだり、チマチマ考えるのは止め! わたしは、コップを飛び出すの!」
そうカッコヨク決めたところで、「ゲフ」っとオッサンのようなゲップが出た……!
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