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24『お尻事件始末記』

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乙女先生とゆかいな人たち女神たち

24『お尻事件始末記』

      


 二人を前にして、校長はなんと言っていいものか迷っていた。

 手島栞は、遠慮のない目で、アルカイックにスマイルしながら校長を見ている
 石長さくやは、呼び出された校長室が珍しく、気を付けしながらも目だけキョロキョロしている。

 同席者は、学年生指主担と担任(湯浅は謹慎中なので副担)である。

「とにかく、問題が解決していないうちに、こういう行動は困るなあ……」

 さすがの校長も、煮え切らないグチのようになった。

 昨日の新子とさくやがやったことは、『女子高生、お尻抗議!?』というタイトルが付いて、SNSにアップロ-ドされてしまった。スカートをまくって丸出しにしたお尻に「くたばれチキン」「カウンセラー!」とチキンのワッペン。よく見れば、ラバーのお尻を付けているのが分かるのだが、一見本物に見える。そして『フライングゲット!』の台詞と、決めポーズまで入り、バスの乗客の笑い声まで入っている。一晩でアクセスは2000件に達していた。

「まあ、品位に欠ける行動ということで、校長訓戒で、お願いしたいと思います」

 二年の生指主担の磯野が提案した。

「それは、やらんほうが、ええと思います」

 乙女先生は、そう言うとスマホの画面を見せた。

「この動画はコピーされて、『フライングゲット』というタイトルでも出てます。あ、今コメントが入りました『あんたたちやるねえ。キンタロー(^0^)V』本物かどうかはともかく、これのアクセスも2000を超えてます。それに、なにより本人がブログで、この動画を貼り付けて、ひとくさり語ってます」

「『これで、いいのか府教委』です」

 涼しい顔をして、栞が申し添えた。

「ちょっと見せてもらえますか」

 乙女先生は、栞のブログを出して、校長に見せた。

「……『これでいいの、府教委のマニュアル対応!?』……過激だね」
「はい、府教委は、イジメと同じ対応でやってます。カウンセラーのオバサンの話も的はずれでした。それ、本人も分かってるから、駅前でわたしを見てもシカトしたんです。問題は大阪の高校教育のありかたそのものなんです。昨日のコメントは60件あまりですけど、賛成がほとんどです」
「こんなネットをオモチャにしてたら、そのうちしっぺ返し受けるで」

 二年の生指主担の磯野が、無機質に言った。

「そっくりそのまま、お返しします。わたしは傷つくのは覚悟の上です。もう一週間もこんなピント外れな対応やってると、社会問題化しますよ。乙女先生、梅沢忠興で検索してください」
「梅沢……聞いたことあるなあ」
「前文部大臣の諮問委員をやっていた教育学の権威ですよ。わたしの、上司でもありましたが……」
「あ、出てきました。『大阪府立希望ヶ丘青春高校からの考察』長い文章だ……」

 結局、今回の『お尻事件』は、校長の判断でお構いなしになった。校長は皆を帰した後、府教委の指導一課長と電話で長話をした。芳しい返事がなかった、あるいは進展がみられないことは昼の食堂で分かった。

 水野校長は、平気で生徒といっしょに昼を食べる。

 乙女先生は、前任校からの癖で、別の理由で食堂を利用する。いまだに生指としての食堂指導に入ってしまうのだ。もっとも、ここの生徒はお行儀がいいので、指導することはほとんどない。その分、生徒の話を聞いて、リアルタイムで、生徒の状況が掴める。

 栞のことは、やはり話題になっている。生徒の大半は、事の善し悪しは別にして、高校生離れした行動に違和感を持ち始めている。事がどちらに転んでも、栞は、学校の中で孤立していくだろう。

「校長さん、ちょっとまいってるで……」
「え、そうですか。楽しそうに生徒と話ししてますけど」

 真美ちゃん先生は、食後のアイスを美味しそうに食べながら、上の空で返事した。

「MNBの話で盛り上がってるみたいやけど、あれは演技やな。うどんが一筋残って、出汁もほとんど飲んでへん」
「え、そんなとこまで見てるんですか?」
「刑事と教師は、人間観察がイロハや……」

 真美ちゃん先生は、乙女先生が、すごいのか、みみっちいのか判断がつきかねた。


 仕事帰り、駅のホームの端に栞が立っていることに気が付いた。

「あ、栞やないの」
「あ、乙女先生……」
「あんた、ホーム反対側やろ?」
「今日は、これからナニワテレビです」
「今回のことでか……?」
「はい、急遽梅沢先生と対談することになりまして」
「あの、梅沢忠興!?」
「ええ、先生のご希望で……」
「あんた、本気の本気やねんなあ」
「ええ、でも、ほとんど蟷螂(とうろう)の斧だと思ってます。ちょっと毛色の変わった女子高生が面白いことを言ってる……いい時事ネタなんでしょう」
「達観してんねんなあ」
「なんで、こんなホームの端に立ってると思います?」
「え……?」

 意外な質問に、さすがの乙女先生も意表を突かれた。

「ここで、飛び込んだら、確実にわたしは電車にはね飛ばされ、わたしの体は、下りの線路中央か、このホームの中央に叩きつけられます……血みどろになって。駅の中央だから、いろんな人が見てシャメってくれるでしょう。そうしたら……世の中は、もっと本気で考えてくれるんじゃないかしら……」
「栞……」
「ハハ、驚きました? やったー、乙女先生、ドッキリカメラ成功!」

 栞は嬉しそうに、スマホで乙女先生を撮り始めた。

「……栞、電源入ってへんで」
「ハハ、冗談ですよ。ナニワテレビは、U駅の最後尾が一番近いんです。それだけです!」

 いっしょに電車に乗り込んだ乙女先生は、扉のガラスに映る栞の目に、深い闇を見たような気がした……。
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