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21『新入部員さくや・1』
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乙女先生とゆかいな人たち女神たち
21『新入部員さくや・1』
「うち、演劇部に入りたいんですけど」
三年生への演説が終わって校門に向かうと、いきなり校門脇の桜の木から声がした。
桜が喋るわけがないので、正確には視野の外になっている桜の木のあたりから人の声がした。不意を突かれた感じで、なんだかおとぎ話めいた気分になった。
小柄なツインテール、見るからに一年生が立っていた。
「これ、入部届です!」
いきなり、鼻の高さに入部届が突きつけられ、栞は珍しくたじろいだ。
「これで、二人の演劇部になりますね♪」
どうにも調子が外れているのだが、その外し加減が小気味よく意表を突いてくる。栞は体勢を立て直すのに数秒かかった。
「珍しい、毛筆だね。石長さん。あなたが書いたの?」
「えと、保護者の名前以外はわたしです。それから、イシナガじゃなくてイワナガです、石長さくや」
「でも、わたし、今年はやる気ないよ」
「どーしてですかぁ! あ、やっぱ、時間のせいですか?」
「もあるけど、なんか去年一年やって、冷めちゃった」
「冷めたのなら、暖かくしましょう。季節的にも、これからどんどん暖かくなりますし♪」
「ハハハ、あなたみたいな子初めてだ。どうやって暖かくするの?」
「わたしとといれば、きっと暖かくなります。じゃ、明日から、よろしくお願いします♪」
それだけ言うと、さくやは、さっさと行ってしまった。
「まあ、いいか。年下のお友だちぐらいにしとこ」
角を曲がったところで、テレビのクルーとレポーターのオネエサンが待ちかまえていた。
「すみません。ナニワテレビなんですけど、手島栞さんですよね」
「はい、そうですが」
この手合いは手玉に取りやすい。
「今度の、栞さんのレジストですけど……」
「言葉には注意してください。わたしのはレジストじゃありません。問題提起です」
「失礼、その問題提起ですけど。それに至った心境とか、今日は保護者説明会が行われますが。栞さんは出席なさらないんですか。夕べの記者会見じゃ、大活躍でしたが」
「ほんとうに失礼ですね。テレビ局の名前だけ言って、もう質問ですか」
「あ、ごめんなさい。わたし、アナウンス部の芹奈って言います。ほら、これIDです」
「お名刺、頂戴できますか?」
「あ、はいどうぞ」
芹奈は、ホイホイと名刺を出した。栞はいきなりスマホを出した。
「もしもし、ナニワテレビのアナウンス部ですか。わたし、手島栞と申します。部長さんいらっしゃいますか……じゃ、次長さんでけっこうです」
「なんで、ウチの局に……」
「おたくに、芹奈澄香ってアナウンサーいらっしゃいますか……あ、この人です」
芹奈を写真に撮って送信した。
「……本物、じゃ、どういう社員教育されてるんですか、ただでも狭い通学路。カメラさん、音声さん、ADさんで道が塞がってます。取材のあり方に気を付けてください」
芹奈はじめ、クルーは道ばたに寄った。
「それから、わたしの問題を取り上げてくださるんなら、一年のスパンで取材して下さい。教育問題を芸能問題と同じような興味本位で取り上げないでください。以上ご検討の上……むろん編成局長レベルでお考え頂かなきゃいけませんが。その上で、学校長を通じて取材を申し込んでください。なお、この通話と、取材の様子は録画、録音してます。このあとSNSに投稿します。以上」
「あの、手島さん……」
「以上、次長さんに申し上げた通りです。では、これで失礼します」
万一のことを考え、フェンス越しに見ていた乙女先生は舌を巻いた。
その夜、保護者説明会が開かれたが、校長は低姿勢ながらも、そつなくさばいた。
謹慎中の教師たちは、警察の捜査と府教委の調査を待ち、校長として対応したいこと。また、外部の有識者を交えて学校改革のための委員会をたちあげること。それは府教委の意向もあり、現時点では、規模や構成までは言及できないこと。そして、トドメには、会議発足の暁には、ぜひ保護者の中からも参加してもらいたい旨を、一人一人の目を見ながらお願いした。校長に見つめられ二秒とは目を合わせられない者達ばかりであった。
父から保護者会の様子を聞いて、栞は半ば諦めた。校長の対応は「学校を守る」という点では満点だったが、本気で問題を解決しようという意思が欠けているように思えた。真面目で真剣な話しぶり、筋の通った論理展開。ドラマで校長役が要るとしたら、この人ほどの適役はいないだろうと思った。
ただ、刀に例えれば「良く切れる」ことを宣伝しているようにしか見えない。栞の好きな言葉は、こうである。
―― 良く切れる刀は、鞘の中に収まっているものだ ――
その日の『栞のビビットブログ』はアクセスが二万を超えた。ナニワテレビの件はSNSにも流れ、電話に出た次長がニセモノの平のディレクターであったこともバレて、栞が投げたボールはテレビの報道のあり方にまでストライクゾーンを広げた……。
21『新入部員さくや・1』
「うち、演劇部に入りたいんですけど」
三年生への演説が終わって校門に向かうと、いきなり校門脇の桜の木から声がした。
桜が喋るわけがないので、正確には視野の外になっている桜の木のあたりから人の声がした。不意を突かれた感じで、なんだかおとぎ話めいた気分になった。
小柄なツインテール、見るからに一年生が立っていた。
「これ、入部届です!」
いきなり、鼻の高さに入部届が突きつけられ、栞は珍しくたじろいだ。
「これで、二人の演劇部になりますね♪」
どうにも調子が外れているのだが、その外し加減が小気味よく意表を突いてくる。栞は体勢を立て直すのに数秒かかった。
「珍しい、毛筆だね。石長さん。あなたが書いたの?」
「えと、保護者の名前以外はわたしです。それから、イシナガじゃなくてイワナガです、石長さくや」
「でも、わたし、今年はやる気ないよ」
「どーしてですかぁ! あ、やっぱ、時間のせいですか?」
「もあるけど、なんか去年一年やって、冷めちゃった」
「冷めたのなら、暖かくしましょう。季節的にも、これからどんどん暖かくなりますし♪」
「ハハハ、あなたみたいな子初めてだ。どうやって暖かくするの?」
「わたしとといれば、きっと暖かくなります。じゃ、明日から、よろしくお願いします♪」
それだけ言うと、さくやは、さっさと行ってしまった。
「まあ、いいか。年下のお友だちぐらいにしとこ」
角を曲がったところで、テレビのクルーとレポーターのオネエサンが待ちかまえていた。
「すみません。ナニワテレビなんですけど、手島栞さんですよね」
「はい、そうですが」
この手合いは手玉に取りやすい。
「今度の、栞さんのレジストですけど……」
「言葉には注意してください。わたしのはレジストじゃありません。問題提起です」
「失礼、その問題提起ですけど。それに至った心境とか、今日は保護者説明会が行われますが。栞さんは出席なさらないんですか。夕べの記者会見じゃ、大活躍でしたが」
「ほんとうに失礼ですね。テレビ局の名前だけ言って、もう質問ですか」
「あ、ごめんなさい。わたし、アナウンス部の芹奈って言います。ほら、これIDです」
「お名刺、頂戴できますか?」
「あ、はいどうぞ」
芹奈は、ホイホイと名刺を出した。栞はいきなりスマホを出した。
「もしもし、ナニワテレビのアナウンス部ですか。わたし、手島栞と申します。部長さんいらっしゃいますか……じゃ、次長さんでけっこうです」
「なんで、ウチの局に……」
「おたくに、芹奈澄香ってアナウンサーいらっしゃいますか……あ、この人です」
芹奈を写真に撮って送信した。
「……本物、じゃ、どういう社員教育されてるんですか、ただでも狭い通学路。カメラさん、音声さん、ADさんで道が塞がってます。取材のあり方に気を付けてください」
芹奈はじめ、クルーは道ばたに寄った。
「それから、わたしの問題を取り上げてくださるんなら、一年のスパンで取材して下さい。教育問題を芸能問題と同じような興味本位で取り上げないでください。以上ご検討の上……むろん編成局長レベルでお考え頂かなきゃいけませんが。その上で、学校長を通じて取材を申し込んでください。なお、この通話と、取材の様子は録画、録音してます。このあとSNSに投稿します。以上」
「あの、手島さん……」
「以上、次長さんに申し上げた通りです。では、これで失礼します」
万一のことを考え、フェンス越しに見ていた乙女先生は舌を巻いた。
その夜、保護者説明会が開かれたが、校長は低姿勢ながらも、そつなくさばいた。
謹慎中の教師たちは、警察の捜査と府教委の調査を待ち、校長として対応したいこと。また、外部の有識者を交えて学校改革のための委員会をたちあげること。それは府教委の意向もあり、現時点では、規模や構成までは言及できないこと。そして、トドメには、会議発足の暁には、ぜひ保護者の中からも参加してもらいたい旨を、一人一人の目を見ながらお願いした。校長に見つめられ二秒とは目を合わせられない者達ばかりであった。
父から保護者会の様子を聞いて、栞は半ば諦めた。校長の対応は「学校を守る」という点では満点だったが、本気で問題を解決しようという意思が欠けているように思えた。真面目で真剣な話しぶり、筋の通った論理展開。ドラマで校長役が要るとしたら、この人ほどの適役はいないだろうと思った。
ただ、刀に例えれば「良く切れる」ことを宣伝しているようにしか見えない。栞の好きな言葉は、こうである。
―― 良く切れる刀は、鞘の中に収まっているものだ ――
その日の『栞のビビットブログ』はアクセスが二万を超えた。ナニワテレビの件はSNSにも流れ、電話に出た次長がニセモノの平のディレクターであったこともバレて、栞が投げたボールはテレビの報道のあり方にまでストライクゾーンを広げた……。
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