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016『表札をとる女』
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漆黒のブリュンヒルデQ
016『表札をとる女』
雨が降るぞ。
思わず言ってしまった。
表に出ると、啓介が掃除しているのだ。
いつもは、小母さんが家の前を掃いている。
「お、おまえのためだ」
「ほう」
つい、意地悪な微笑みになってしまう。
「じつはな……」
思い切り顔を寄せてくる。幼なじみだからの無作法、ちょっとは戻ったか……と思ったら、磁石が反発するように距離を戻す。
反応で分かる、わたしの匂いだ。朝シャンと十七歳の女の子の匂いにクラっときたんだ。
「早く言え」
気づかないフリして、こちらから寄せる。
「ひょ、表札が動くのを見たんだ」
「動いただけか?」
「気配が、気配がしたんだ。だれかが、おまえんとこの門に近づいて表札に触ってる」
「姿を見たか?」
「いや、気配だけだ。気配だけだけど、北の方から来て表札を触ったあとで豪徳寺の方へ行った。夜明け前だ」
「そうか、ありがとう」
啓介の肩に手を置いて礼を言う。肩越しに玄関が見えて、戸の隙間から小母さんが微笑んでいるのが分かる。
小さく微笑んで小母さんに挨拶して学校に向かう。
あくる朝、裏の戸口から出て、うちの門が見える角で気配を殺す。
通りの突き当りから滲み出るように人影が現れる。まさに人影、ボーっとしたシルエットだ。啓介は、これを感じたんだ。
目を凝らすと、モンペに防空頭巾の女だと分かる。
防空頭巾に隠れて表情までは読めないが、若い女だ。上はセーラー服の上にちゃんちゃんこ、肩にはズックの鞄をかけている……この時代の人間じゃない、妖(あやかし)だ。
女は、通りに面した家々の表札を見ている。
わたしの家の前まで来ると、立ち止まって表札に手をかけた。
『……まだ取れない』
そう言うと、表札を睨んだまま後ずさりして、ため息をついて歩き出した。
わたしの前を通ると、豪徳寺の方角へ向かった。
「ちょっと待て」
声をかけると、ビクッとして振り返る。
「なんで表札をとる」
ズックの鞄には表札がいっぱい詰まっている。
『欲しいの表札が、貴女の家のを取ったら満願なの』
意味不明だが、女から受けるオーラは剣呑なものだ。見過ごすわけにはいかない。
「成敗する」
決心すると、右の手の平に実感。オリハルコンが光をまとって実体化する。
『い、いやあああ』
オリハルコンを上段に構え、一気に間合いを詰める。
妖とは言え、一撃で仕留めてやらなければ哀れだ。
ん?
胸には、葉書ほどの布が縫い付けてあって、住所、氏名、血液型の項目があるが、いずれも滲んでしまって読めない。
「おまえの名前は?」
『……分からない』
魂の底が抜けたような声で言う。
とたんに成敗する気が失せ、オリハルコンが光を失う。
「……名前を付けてやろう」
『ふぇ?』
「お前は、安西信子だ」
『あんざいのぶこ……安西信子なの?』
「そうだ」
『……嬉しい』
嬉しそうに微笑むと、女は数えきれないほどの光の粒になって空に昇って行った。
ガチャガチャガチャ
数十枚の表札が地面に残され、拾い集めて警察に届けた。
警察の帰り道、オリハルコンが現れた不思議を思う。
三億円の妖を相手にした時には、我が愛刀のオリハルコンは現れなかった。
エイ
小声で掛け声を発しながら小さく手を振る……オリハルコンは現れない。
でも、さっきは現れたんだ。気を取り直して繰り返してみる。
……エイ!……エイ!……エイ!
シャキーン
小声だったせいか、果物ナイフほどの大きさで現れた。人通りのあるところでははばかられるので、すぐに消して、豪徳寺のわき道に入ったところで、本格的にやってみる。
セイ!!
シャッキーン!
見事に我が佩刀は具現化したぞ!
しかし、かすかに腹部に違和感。
ウ……オリハルコンの具現化は、出べその出現とセットになっているようだ(^_^;)
☆彡 主な登場人物
武笠ひるで(高校二年生) こっちの世界のブリュンヒルデ
福田芳子(高校一年生) ひるでの後輩 生徒会役員
小栗結衣(高校二年生) ひるでの同輩 生徒会長
猫田ねね子 怪しい白猫の化身
門脇 啓介 引きこもりの幼なじみ
おきながさん 気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
レイア(ニンフ) ブリュンヒルデの侍女
主神オーディン ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
016『表札をとる女』
雨が降るぞ。
思わず言ってしまった。
表に出ると、啓介が掃除しているのだ。
いつもは、小母さんが家の前を掃いている。
「お、おまえのためだ」
「ほう」
つい、意地悪な微笑みになってしまう。
「じつはな……」
思い切り顔を寄せてくる。幼なじみだからの無作法、ちょっとは戻ったか……と思ったら、磁石が反発するように距離を戻す。
反応で分かる、わたしの匂いだ。朝シャンと十七歳の女の子の匂いにクラっときたんだ。
「早く言え」
気づかないフリして、こちらから寄せる。
「ひょ、表札が動くのを見たんだ」
「動いただけか?」
「気配が、気配がしたんだ。だれかが、おまえんとこの門に近づいて表札に触ってる」
「姿を見たか?」
「いや、気配だけだ。気配だけだけど、北の方から来て表札を触ったあとで豪徳寺の方へ行った。夜明け前だ」
「そうか、ありがとう」
啓介の肩に手を置いて礼を言う。肩越しに玄関が見えて、戸の隙間から小母さんが微笑んでいるのが分かる。
小さく微笑んで小母さんに挨拶して学校に向かう。
あくる朝、裏の戸口から出て、うちの門が見える角で気配を殺す。
通りの突き当りから滲み出るように人影が現れる。まさに人影、ボーっとしたシルエットだ。啓介は、これを感じたんだ。
目を凝らすと、モンペに防空頭巾の女だと分かる。
防空頭巾に隠れて表情までは読めないが、若い女だ。上はセーラー服の上にちゃんちゃんこ、肩にはズックの鞄をかけている……この時代の人間じゃない、妖(あやかし)だ。
女は、通りに面した家々の表札を見ている。
わたしの家の前まで来ると、立ち止まって表札に手をかけた。
『……まだ取れない』
そう言うと、表札を睨んだまま後ずさりして、ため息をついて歩き出した。
わたしの前を通ると、豪徳寺の方角へ向かった。
「ちょっと待て」
声をかけると、ビクッとして振り返る。
「なんで表札をとる」
ズックの鞄には表札がいっぱい詰まっている。
『欲しいの表札が、貴女の家のを取ったら満願なの』
意味不明だが、女から受けるオーラは剣呑なものだ。見過ごすわけにはいかない。
「成敗する」
決心すると、右の手の平に実感。オリハルコンが光をまとって実体化する。
『い、いやあああ』
オリハルコンを上段に構え、一気に間合いを詰める。
妖とは言え、一撃で仕留めてやらなければ哀れだ。
ん?
胸には、葉書ほどの布が縫い付けてあって、住所、氏名、血液型の項目があるが、いずれも滲んでしまって読めない。
「おまえの名前は?」
『……分からない』
魂の底が抜けたような声で言う。
とたんに成敗する気が失せ、オリハルコンが光を失う。
「……名前を付けてやろう」
『ふぇ?』
「お前は、安西信子だ」
『あんざいのぶこ……安西信子なの?』
「そうだ」
『……嬉しい』
嬉しそうに微笑むと、女は数えきれないほどの光の粒になって空に昇って行った。
ガチャガチャガチャ
数十枚の表札が地面に残され、拾い集めて警察に届けた。
警察の帰り道、オリハルコンが現れた不思議を思う。
三億円の妖を相手にした時には、我が愛刀のオリハルコンは現れなかった。
エイ
小声で掛け声を発しながら小さく手を振る……オリハルコンは現れない。
でも、さっきは現れたんだ。気を取り直して繰り返してみる。
……エイ!……エイ!……エイ!
シャキーン
小声だったせいか、果物ナイフほどの大きさで現れた。人通りのあるところでははばかられるので、すぐに消して、豪徳寺のわき道に入ったところで、本格的にやってみる。
セイ!!
シャッキーン!
見事に我が佩刀は具現化したぞ!
しかし、かすかに腹部に違和感。
ウ……オリハルコンの具現化は、出べその出現とセットになっているようだ(^_^;)
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