上 下
54 / 96

53『キネマ橋』

しおりを挟む
くノ一その一今のうち

53『キネマ橋』 




「土井さんですか?」

「里中満智子さん?」

「いいえ、中村その子です」



 猫に言われた通りにやり取りすると、助手席のドアが開けられた。



 大工さんとか職人さんとかが着ている薄緑系の作業着、胸元には土井造園のロゴ……植木屋さんなんだろうけど肌が白い。

「隠居した植木屋です。楽隠居だから日焼けも抜けてしまいましてね……お袋は新地で芸者をやってたんで、地は色白でして、今でいうデフォルトってやつです。まあ、すぐにお屋敷に着きます」

「お屋敷?」

「聞いていませんか、キネマ屋敷ですよ」

「キネマ屋敷……ですか?」

「はい、日本を代表する映画人杵間さまのお屋敷」

「映画?」

「はい。まあ、じきに着きますから。年寄の下手な説明よりもご自分の目で確かめてください」

「あ、はい」

 川を渡ると四車線の一本道、標識には内環状線と書いてあるから幹線道路なんだろう。

 幹線道路だから、そんなに信号は多くない……んだけど、ほとんどの信号に引っかかる。

「ごめんなさいね、あちこちにご挨拶があるもんで」

 なるほど……忍びの者か妖の類かの視線を感じる。

「交差点ですからね、信号に注意してるふりして観察してるんです。大丈夫です、立ち向かってくるようなことはありませんから」

 神田の古書店街でも似たような気配に遭った(6『百地芸能事務所・1』)けど、あの時の剣呑さは無い。土井さんも大丈夫って言ってることだし、気にしないでおこう。

 それから近鉄線が見えたところで曲がって、しばらくいくと神田川を1/4にしたぐらいの川に出くわし、そのまま川辺の道に入った。

「雰囲気のいい川ですね」

「長瀬川です。きれいな小川ですが、昔の大和川の名残です」

 関西の川なんて知らないっていうか分からないんだけど、大和川って名前が由々し気だ。

 大和は国のまほろばとか国語で習ったような気がするし、宇宙戦艦ヤマトとかあるしね。

 川には小さな橋がいくつも掛かって川の両側を繋いでいるので、川が街を隔てているという感じがしない。

「この先に見えてきますのが樟徳館という屋敷です」

「ああ、あれが」

 広壮な日本建築のお屋敷が見えてきた。

「昭和三年から五年まで、ここに『東洋のハリウッド』と呼ばれた大きな撮影所がありました。火事で焼けてしまった跡に建てられたのが、あのお屋敷です。いろんな想いが凝っていましてね、ちょっとした次元の狭間みたいなものができてしまって、そこが、鈴木様のお役に立つというわけなんです」

「はあ……」

「もうしわけありません、ついフライングした物言いをしてしまいました。あそこに橋が見えますでしょ」

「えと……あのお屋敷の角のですか?」

「いえ、あれは『帝キネ橋』と申しまして別の橋です、その手前、ちょうど樟徳館の正面の方です」

 土井さんは、アクセルをゆっくり踏み、ハンドルも微妙に回す。

 なぜか、カメラのピントを合わせているような気がした。

「あ、見えました!」

「よかった、さすがは風魔流御宗家を継がれただけのことはあります。あの橋をお渡りください、お屋敷ではない景色が見えてくるはずです。そこが、その一さんの活動拠点になります」

「はい」

 ギッ

 土井さんがサイドブレーキを入れて、二人で軽トラを降りる。

「それでは、わたしはここまでです。ご健闘を祈ります」

「はい、ありがとうござ……」

 振り返ると、土井さんも軽トラックも消えてしまっていた。



「さて……」



 小さく深呼吸して橋に足を掛ける。

「あ、え……?」

 お屋敷に、もうひとつ別の景色が滲みだすようにして重なり、さらに足を踏み出すとお屋敷は消えて別の景色だけになった。



 黒っぽい塀が左右に延びて、わたしが立っているそこだけ、門が八の字に開かれ、門の上には虹のような看板が渡って『帝國キネマ撮影所』のデザイン文字が煌めいていた。

 

☆彡 主な登場人物

風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
風間 その子       風間そのの祖母(下忍)
百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
服部課長代理       服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
多田さん         照明技師で猿飛佐助の手下

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ようこそ、悲劇のヒロインへ

一宮 沙耶
大衆娯楽
女性にとっては普通の毎日のことでも、男性にとっては知らないことばかりかも。 そんな世界を覗いてみてください。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...