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38『甲斐善光寺・2・戒壇巡り』

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くノ一その一今のうち

38『甲斐善光寺・2・戒壇巡り』 




 あ、そうか。


 年配の人が多い香炉堂で、線香の煙にまみれて気が付いた。

 いつもの通りまあやの付き人のつもりでいたから、夕べはいつも通りシャンプーをしてきた。

 お寺では目立つ匂いだ。

 じっさい、香炉堂には十人近いお年寄りや観光客がお線香の煙を浴びたり刷り込んだりしている。

 自然な流れの中でニオイ消しをさせる課長代理、いや三村紘一はなかなかだ。

「やっぱり、頭にかけたら賢くなるかなあ……ここんとこ、スランプで筆が進まないからねえ」

「えい!」

「ワップ、顔にかけるとは嫌味な奴だ。トワ!」

「ああ、やめてくださいよぉ、髪がクシャクシャになるしぃ!」

 ほどよくじゃれると、香炉堂のお年寄りたちも――若い者はいいのう(^▽^)――と微笑んでいる。



「金堂の中に戒壇巡りがある」

「階段巡り?」

「その階段じゃない、戒める壇と書く戒壇だよ。観光客らしくググってごらん」

「あ、はい」

 ベンチに腰掛け、スマホを取り出す。

「便利なもんだねえ、スマホというのは……」

「ハハ、なんか、めちゃくちゃ年寄りみたいですよ(^_^;)」

「だって、たとえ国家機密にアクセスしていても怪しまれないじゃないか」

「あ、そうですね(°△°)」

「そんな真面目な顔になっちゃダメでしょ、高校生がミーハーな気持ちでググってるんだから」

「アハハ、ですよね(^o^;)」

 戒壇巡りとは、金堂の地下に『心』の字を一筆書きにしたような暗黒の通路があって、中ほどに鍵がぶら下げてあって、その鍵に触れるとご本尊の仏さまと結縁(けちえん)できるというお呪いのようなものらしい。

「これに、お宝の秘密が……」

「うん、なにかある」

「でも、ちょっとベタじゃありません?」

「じつは、去年、一人で探ってみた」

「あ、もう実行済みだったんですか?」

「戒壇に入ろうとしたら、火災報知器が鳴って果たせなかった」

「牽制されたんですね」

「本物の火事だ。入って直ぐの戸帳に火をつけた奴がいた」

「トチョウ?」

「現物を見に行こう」

「はい」



 拝観料を払って金堂に入る。

 課長代理の言う通り、入って右側に人がたかって、中には手を合わせているお婆ちゃんたちの姿も見える。

 戸帳とは、仏さまに関する絵が描かれたタペストリーのようなもので、去年の四月に焼失して別のものが掛けてあると説明がある。

 パ~~~~~~~ン

「わ!?」

 誰かが手を叩いたんだろいけど、すごいエコーにビックリする。

「鳴き竜だ」

 つられて見上げると天井に大きな竜が描いてある。

「日光東照宮のが有名だけどな、響きでは、ここの方が上だと言われてる。多重反響現象と言われているんだが、構造がな……」

 ハア~~~~

 お年寄りの残念そうな溜息、なんだろうと振り返るとお爺さんがお仲間が慰めている。

「秘仏だとは気いとったけど、お前立て様まで観られんとはなあ……」

「そこが、ありがたいとこじゃねえか」

「さ、御朱印押してもらうぞ」

 おそろいの御朱印帳を開いて仲良く列を作る。

「ラジオ体操のハンコを押してもらうみたい」

「ああいう善男善女ばかりなら、世の中平和なんだろうけどね」

「お前立てってなんですか?」

「元々は、信玄が信濃の善光寺の御本尊を避難させていたんだけどね、それが、元々秘仏だった。それで、ご本尊そっくりに作ったのをお厨子の前に安置した。それを前立て本尊と言うんだ」

「レプリカですか?」

「失礼だぞ、仮にも信仰の対象だぞ」

「あ、そうですね(^_^;)」

「その前立て本尊も七年に一度しか御開帳にならない、直近は去年の春だった」

「あ、その時期に合わせて探りに来たんですね」

「俺にだって尊崇の念はある。元の本尊を信濃善光寺にお戻しになったのは豊太閤殿下だ。なにか、おかしいか?」

「いえいえ、勉強になります」

 ほとんど三村紘一として喋っているせいなんだろうけど、なんだか、とても殊勝な物言いでおかしい。

「さ、階段巡りに行くぞ」

「はい」

 右側の奥まったところに入り口がある。

―― 風魔は夜目が利く。しっかり見ておいてくれ ――

―― 承知 ――

 最後は忍び語りを交わして、戒壇への階段を下りる。左手の壁を触りながら進めとあるので、それに倣う。



 ウ…………さすがの風魔忍者でも一メートルほどしか見通せないほどの闇だ。並の人間なら目の前にナイフを突きつけられても見えないだろう。

 ただ進む分には問題はないんだろうけど、探索の役目がある。密かに胸元の魔石に触れる。

 とたんに可視範囲が数倍に広がる。風魔の魔石って、ほんとうに効き目があるんだ。

 注意して進むんだけど、見える範囲には何もない。

 途中三カ所ほど、緩いのやら急なのやらの曲がり角。手を付いたところを中心に注意して見るけど、とくに変わった物は目につかない。

 四つ目の角を曲がると鍵が見えてきた。

 念入りに観察するが、当たり前の構造をした錠前だ。

―― 普通の錠前です ――

―― 錠前以外のところだ、しっかり見ろ ――

 開けてみたい衝動に駆られるが、信仰の対象、むやみなことはできない。

 やむなく先に進むと、ごく小さくカチャリと音がした。

―― 開けたんですか!? ――

―― すぐに締め直した ――

―― なにかありました? ――

―― なにもない ――

―― 進みます ――

―― おお ――



 そのあと、一分ほどで外に出た。

 何も起こらず、何も発見できずに終わってしまった(-_-;)

 

☆彡 主な登場人物

風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
風間 その子       風間そのの祖母(下忍)
百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
服部課長代理       服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者

 
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