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29『潜入・2・忍者の臆病虫』
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くノ一その一今のうち
29『潜入・2・忍者の臆病虫』
草原と言っても見渡すかぎりが草に覆われているわけではない。
製作途中で投げ出されたジオラマのように、所どころに木が生え、場所によっては小さな林のようになっているところがある。平らな草原のように見えても微妙な高低差があって、短い雨期や雪融けなどの時に水が流れたり溜まったりして、恒常的な川や池を形成するほどでは無くとも、比較的水分に恵まれたところがあって、そこに木が生えているんだろう。
そういう小さな林の木に登って街の様子を観察する。
百歳の老人の歯茎のような土塁の崩れが街を取り囲んでいる。
土塁の幅は山手線のホームの幅ほど……所どころに教室一つ分ほどに大きくなっているところがあって、おそらくは防塁が建っていたんだろう。相応の規模だから、その昔、シルクロード的なものが通っていたころは、いっぱしの交易都市で、それなりに栄えていたのかもしれない。でも、シルクロードがどこを通っていたかなんて知らないし。
土塁は自然に崩壊したのが半分。残りは人の手で崩されているように見える。
世界史の知識が無いから想像するしかない。
ソビエトか中国か、そういう化け物みたいな国家に隷属するときに、隷属の証に破壊されたんだろうか。
このご時世だから監視カメラは覚悟しなければならない。
それでも、北京やモスクワのど真ん中ではないので、映った映像がただちに解析されて警察や軍隊に追われることもないだろう。
まあ、常識的に仕掛けられているであろう監視カメラを避けるのは、それほど難しくはないけどね。
―― よし、あれが例の寺院だな ――
目標を発見すると、五秒で、おおよその侵入経路を確定。
木を飛び降りると、道を避けて草叢を拾いながら土塁の裂け目を目指す。そこからは水路の暗渠、住宅地の裏路地を縫って、洗濯物の外套、トーガとかヒジャブとか名前は分からないけど、それをひっかぶって、大胆にもバザールの真ん中を悠然と歩いて、寺院の隣のブロックへ。
そうやって、大胆と慎重を使い分け、寺院の壁が見える路地にさしかかった。
!?
寺院の内外に剣呑な気配。おそらくは、警備のプロたちだ。
ここに来るまでにも、優れたのやボンクラなのやら、警備の兵隊や制服私服の警察官が居て、そういうのは、そう苦も無く避けてきたけど、こいつらはグレードが違う。訓練された警備犬も連れているようだし、五割の確率で発見されてしまう。
臆病の虫が這い出てきて、わたしの足を止める。
忍者の臆病虫は武器だ。優れた忍者は、臆病虫をなだめて、成功の確率を八割ほどに上げなければ、次の行動には出ない。
臭いと気配……隣の路地に脱糞中の犬がいる。
これだ!
思いついたわたしは、姿勢を五十センチの高さに保持したまま走って、隣の路地の犬の背後にまわる。
グフ
僅かに声を上げさせてしまったけど、何とか成功。
犬の四肢と口を掴んで、寺院の壁が見えるところまで走って、犬を投げ飛ばす。
キャイン!
犬は、ぶざまに最後の一ちぎりをぶら下げたまま、塀の際で腹ばいの姿勢で落ちる。
ワンワンワン! ワンワンワン!
警備犬が寺院の内外で吠え始めて、警備のプロたちが走り出す。
よし、今のうち!
その三分後、無事に什器倉庫の屋根裏にたどり着くことができた。
あれ?
わたしが一番?
風魔忍法免許皆伝とは云え、駆け出しのわたしが一番とは、微妙に意外。
嫁持ちさん、ノホホンとしてるけど、技量はわたしより上だ。
社長……普段は、いぎたない初老の親父だけど、わたしに化けた腕の良さや、街はずれまでの行動を見ると、やっぱり風魔流忍術の総帥というだけのことはある。
九割五分の確率で、わたしに後れを取るようなことはない。
なにかあったか……?
一分もたつと、またまた臆病虫が這い出てくる。
今度は脱糞中の犬を投げるわけにもいかない……
☆彡 主な登場人物
風間 その 高校三年生 世襲名・そのいち
風間 その子 風間そのの祖母(下忍)
百地三太夫 百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
鈴木 まあや アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
忍冬堂 百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
徳川社長 徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
服部課長代理 服部半三(中忍)
十五代目猿飛佐助 もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
29『潜入・2・忍者の臆病虫』
草原と言っても見渡すかぎりが草に覆われているわけではない。
製作途中で投げ出されたジオラマのように、所どころに木が生え、場所によっては小さな林のようになっているところがある。平らな草原のように見えても微妙な高低差があって、短い雨期や雪融けなどの時に水が流れたり溜まったりして、恒常的な川や池を形成するほどでは無くとも、比較的水分に恵まれたところがあって、そこに木が生えているんだろう。
そういう小さな林の木に登って街の様子を観察する。
百歳の老人の歯茎のような土塁の崩れが街を取り囲んでいる。
土塁の幅は山手線のホームの幅ほど……所どころに教室一つ分ほどに大きくなっているところがあって、おそらくは防塁が建っていたんだろう。相応の規模だから、その昔、シルクロード的なものが通っていたころは、いっぱしの交易都市で、それなりに栄えていたのかもしれない。でも、シルクロードがどこを通っていたかなんて知らないし。
土塁は自然に崩壊したのが半分。残りは人の手で崩されているように見える。
世界史の知識が無いから想像するしかない。
ソビエトか中国か、そういう化け物みたいな国家に隷属するときに、隷属の証に破壊されたんだろうか。
このご時世だから監視カメラは覚悟しなければならない。
それでも、北京やモスクワのど真ん中ではないので、映った映像がただちに解析されて警察や軍隊に追われることもないだろう。
まあ、常識的に仕掛けられているであろう監視カメラを避けるのは、それほど難しくはないけどね。
―― よし、あれが例の寺院だな ――
目標を発見すると、五秒で、おおよその侵入経路を確定。
木を飛び降りると、道を避けて草叢を拾いながら土塁の裂け目を目指す。そこからは水路の暗渠、住宅地の裏路地を縫って、洗濯物の外套、トーガとかヒジャブとか名前は分からないけど、それをひっかぶって、大胆にもバザールの真ん中を悠然と歩いて、寺院の隣のブロックへ。
そうやって、大胆と慎重を使い分け、寺院の壁が見える路地にさしかかった。
!?
寺院の内外に剣呑な気配。おそらくは、警備のプロたちだ。
ここに来るまでにも、優れたのやボンクラなのやら、警備の兵隊や制服私服の警察官が居て、そういうのは、そう苦も無く避けてきたけど、こいつらはグレードが違う。訓練された警備犬も連れているようだし、五割の確率で発見されてしまう。
臆病の虫が這い出てきて、わたしの足を止める。
忍者の臆病虫は武器だ。優れた忍者は、臆病虫をなだめて、成功の確率を八割ほどに上げなければ、次の行動には出ない。
臭いと気配……隣の路地に脱糞中の犬がいる。
これだ!
思いついたわたしは、姿勢を五十センチの高さに保持したまま走って、隣の路地の犬の背後にまわる。
グフ
僅かに声を上げさせてしまったけど、何とか成功。
犬の四肢と口を掴んで、寺院の壁が見えるところまで走って、犬を投げ飛ばす。
キャイン!
犬は、ぶざまに最後の一ちぎりをぶら下げたまま、塀の際で腹ばいの姿勢で落ちる。
ワンワンワン! ワンワンワン!
警備犬が寺院の内外で吠え始めて、警備のプロたちが走り出す。
よし、今のうち!
その三分後、無事に什器倉庫の屋根裏にたどり着くことができた。
あれ?
わたしが一番?
風魔忍法免許皆伝とは云え、駆け出しのわたしが一番とは、微妙に意外。
嫁持ちさん、ノホホンとしてるけど、技量はわたしより上だ。
社長……普段は、いぎたない初老の親父だけど、わたしに化けた腕の良さや、街はずれまでの行動を見ると、やっぱり風魔流忍術の総帥というだけのことはある。
九割五分の確率で、わたしに後れを取るようなことはない。
なにかあったか……?
一分もたつと、またまた臆病虫が這い出てくる。
今度は脱糞中の犬を投げるわけにもいかない……
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