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11『横目でにらむ』
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くノ一その一今のうち
11『横目でにらむ』
鏡を横目でにらむ。
立ち姿の横顔が、あたしをにらんでる。
にらんでいるけども、可愛いよね?
こないだの仕事で鈴木まあやのスタントをやった。
横向きから後姿にかけては、まあやに似てる! 聞いてビックリひたんだけど、本番直後に観た映像は、ほんとにそっくりだった。
で、今も、事務所の稽古場の鏡に映して確認してるわけ。
……90度回って、正面になると、ぜんぜんアキマセン。
本物にくらべて、5ミリほど頬がくぼんでる。目蓋も一重で腫れぼったくて、おまけに瞳が小さくて、ちょっと目を見開くと、アニメのかたき役かっちゅうくらいの三白眼。普通にしていても、ちょっぴり顔を伏せると……やっぱ、三白眼。
あ、これって、黒板見てる時の顔の角度……ちょっとヤバいよ。
小学校入学以来「風間さん」「はい」と授業で何度も繰り返されたシチュエ―ション。
こんな顔で見上げられたら――こいつ、ヤバくね?――ぜったい思われてる。
おまけに眉と眉の間が狭くって、なんだかキツメ。
まあやの眉は微妙に太目なんだけど、程よく垂れて離れている。そして眉頭も微妙に上がってるもんだから、ちょっとケナゲで、保護してあげたいって気にさせる。
ほら、男はつらいよの寅さん、その寅さんに「いい加減にしてよ、お兄ちゃん!」と迫る時のさくらって感じ?
いっしょうけんめい怒ってるんだけど、怒ってる方のさくらを保護してあげなきゃって思わせる、あの眉だよ。
「いい加減にしてよ、お兄ちゃん!」
試しに小声でやってみる…………ダメだ、これから殺すぞって顔だ(-_-;)
「なにやってんだ?」
「ヘ!?」
急に声かけられてビックリ!
振り返ると嫁もちさんがチャンバラ用の刀を持って立っている。
「いいえ、ちょっと表情の練習」
「表情の練習なんかしても、カメラは写してくれないよ、エキストラだから」
「あ、えと、今日は殺陣の練習なんですよね?」
「そうだよ」
そうなんだ、今日は仕事の幅を広げるために殺陣の練習に来たんだ。ただの通行人と違って、殺陣ができると、ギャラガ違う。こないだ、まあやの代わりに階段落ちしたのに敏感に反応したのが経理担当の金持ちさん。
「殺陣やってもらえると、事務所に入るお金もちがうんだよねぇ」
ということで、指定された30分前にはジャージに着替えて待機していた。
「とりあえず、振ってみて」
「はい」
ブン! ブブン! ブン!
「うん、さまにはなってるね」
「子どもの頃から、お祖母ちゃんとチャンバラごっこはやってましたから(^_^;)」
「よし、じゃあ、すっ飛ばして、こっちに換えてみようか」
「はい……おっと」
持った手応えで分かった。こいつは本身の刀だ。
「歯止めはしてある、それで、あれを狙ってみて」
嫁もちさんが示したのは、畳表を丸めた居合切りの的。それに、失敗したコピー用紙が巻かれていて、大きな綿棒のようになっている。それが三つ並べられている。
「目標、一秒で駆け抜けて胴を払う。ただし、殺陣だから当てちゃダメ。当てた感じで駆け抜けて。刃先には印肉付けてあるからね。印肉が付かないように、それでいて、ほんとに切ったみたいに」
「はい、分かりました!」
「撮影と同じく、五秒前からいくよ」
「はい」
「5……4……3……2……(1)……!」
!!!
「0・8秒!」
「どうですか?」
「……よし、印肉もついてない。ここまでできたできたら、今日は、もうやることないよ」
「え……あ、でも、殺陣って人と絡むでしょ?」
「うん、今日はオレ一人だけだし、バク転とかは、テストの日のあれでもう完成の域だしね。まいったよ、そのちゃんに教えることは、いまのところ無い」
「そ、そうなんですか(^_^;)?」
「しいて言えば、そのちゃんのは、限りなく実戦に近いから、もう少し抑えた方がいいかな。慣れない役者さんだと怯えて撮影にならないかもしれない」
「あ、あはは、そうですか」
「そのちゃんのは、五秒前の目力だけで殺せそうかもな(^_^;)」
「ハハハ……」
ちょっと傷ついたよ。
「稽古長引くかと、お弁当用意してきたから、食べるかい?」
「あ、はい、いただきます!」
正直、時間に遅れちゃいけないと思って、トースト一枚で来たから、ちょっと腹減り。
「うわあ、めっちゃきれいで美味しそう!」
大きめのタッパに入ったお弁当は、まるでお花畑。
あたしが、ネットを師匠に、見よう見まねで作るご飯よりも百倍きれいで美味しそう!
「やっぱり、お嫁さんが作るんですか!?」
「よしてくれよ、言ったろ、嫁もちってのは忍名で、ほんとは独身なんだって」
「ああ、そうでしたよね、ごめんなさい(^_^;)」
じゃ、誰が作ってるんだろう……思ったけど――聞くな!――と顔に書いてある。
「…………」
「あ、そうだ、これ返しておきます」
「ん、文庫本?」
「初日、家に帰ったら背中に入ってたんです」
「……太閤記!?」
「ハハ、ちょっと信じられないんですけど、帰ったら背中が凝っちゃってて、お祖母ちゃんが『こんなのが入ってるよ』って」
「オン アビラウンケンソワカ! エイ!」
「え?」
嫁もちさんが、お祖母ちゃんと同じ呪を唱えると、文庫本は無数のポリゴンのようになって消えてしまった。
「このことは、社長にも誰にも言っちゃダメだ」
「えと……文庫は?」
「そのの中に戻した、ちょっとえらいものをしょい込んだね」
「そ、そうなんですか?」
「ハハ、まあ、いまのところ気にすることはないさ。さ、お弁当食べてしまお(^▽^)」
「は、はい」
聞いちゃいけないことなんだ……なにかつかえたようで、お弁当どころじゃないんだけど、二つ目のお握りに手を伸ばしたころには、どうでもいいことのように思えて、しっかり特製のお茶までいただいてしまった。
百地芸能事務所は、いろいろありそうだよ。
☆彡 主な登場人物
風間 その 高校三年生
風間 その子 風間そのの祖母
百地三太夫 百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁もち・お金持ち
鈴木 まあや アイドル女優
11『横目でにらむ』
鏡を横目でにらむ。
立ち姿の横顔が、あたしをにらんでる。
にらんでいるけども、可愛いよね?
こないだの仕事で鈴木まあやのスタントをやった。
横向きから後姿にかけては、まあやに似てる! 聞いてビックリひたんだけど、本番直後に観た映像は、ほんとにそっくりだった。
で、今も、事務所の稽古場の鏡に映して確認してるわけ。
……90度回って、正面になると、ぜんぜんアキマセン。
本物にくらべて、5ミリほど頬がくぼんでる。目蓋も一重で腫れぼったくて、おまけに瞳が小さくて、ちょっと目を見開くと、アニメのかたき役かっちゅうくらいの三白眼。普通にしていても、ちょっぴり顔を伏せると……やっぱ、三白眼。
あ、これって、黒板見てる時の顔の角度……ちょっとヤバいよ。
小学校入学以来「風間さん」「はい」と授業で何度も繰り返されたシチュエ―ション。
こんな顔で見上げられたら――こいつ、ヤバくね?――ぜったい思われてる。
おまけに眉と眉の間が狭くって、なんだかキツメ。
まあやの眉は微妙に太目なんだけど、程よく垂れて離れている。そして眉頭も微妙に上がってるもんだから、ちょっとケナゲで、保護してあげたいって気にさせる。
ほら、男はつらいよの寅さん、その寅さんに「いい加減にしてよ、お兄ちゃん!」と迫る時のさくらって感じ?
いっしょうけんめい怒ってるんだけど、怒ってる方のさくらを保護してあげなきゃって思わせる、あの眉だよ。
「いい加減にしてよ、お兄ちゃん!」
試しに小声でやってみる…………ダメだ、これから殺すぞって顔だ(-_-;)
「なにやってんだ?」
「ヘ!?」
急に声かけられてビックリ!
振り返ると嫁もちさんがチャンバラ用の刀を持って立っている。
「いいえ、ちょっと表情の練習」
「表情の練習なんかしても、カメラは写してくれないよ、エキストラだから」
「あ、えと、今日は殺陣の練習なんですよね?」
「そうだよ」
そうなんだ、今日は仕事の幅を広げるために殺陣の練習に来たんだ。ただの通行人と違って、殺陣ができると、ギャラガ違う。こないだ、まあやの代わりに階段落ちしたのに敏感に反応したのが経理担当の金持ちさん。
「殺陣やってもらえると、事務所に入るお金もちがうんだよねぇ」
ということで、指定された30分前にはジャージに着替えて待機していた。
「とりあえず、振ってみて」
「はい」
ブン! ブブン! ブン!
「うん、さまにはなってるね」
「子どもの頃から、お祖母ちゃんとチャンバラごっこはやってましたから(^_^;)」
「よし、じゃあ、すっ飛ばして、こっちに換えてみようか」
「はい……おっと」
持った手応えで分かった。こいつは本身の刀だ。
「歯止めはしてある、それで、あれを狙ってみて」
嫁もちさんが示したのは、畳表を丸めた居合切りの的。それに、失敗したコピー用紙が巻かれていて、大きな綿棒のようになっている。それが三つ並べられている。
「目標、一秒で駆け抜けて胴を払う。ただし、殺陣だから当てちゃダメ。当てた感じで駆け抜けて。刃先には印肉付けてあるからね。印肉が付かないように、それでいて、ほんとに切ったみたいに」
「はい、分かりました!」
「撮影と同じく、五秒前からいくよ」
「はい」
「5……4……3……2……(1)……!」
!!!
「0・8秒!」
「どうですか?」
「……よし、印肉もついてない。ここまでできたできたら、今日は、もうやることないよ」
「え……あ、でも、殺陣って人と絡むでしょ?」
「うん、今日はオレ一人だけだし、バク転とかは、テストの日のあれでもう完成の域だしね。まいったよ、そのちゃんに教えることは、いまのところ無い」
「そ、そうなんですか(^_^;)?」
「しいて言えば、そのちゃんのは、限りなく実戦に近いから、もう少し抑えた方がいいかな。慣れない役者さんだと怯えて撮影にならないかもしれない」
「あ、あはは、そうですか」
「そのちゃんのは、五秒前の目力だけで殺せそうかもな(^_^;)」
「ハハハ……」
ちょっと傷ついたよ。
「稽古長引くかと、お弁当用意してきたから、食べるかい?」
「あ、はい、いただきます!」
正直、時間に遅れちゃいけないと思って、トースト一枚で来たから、ちょっと腹減り。
「うわあ、めっちゃきれいで美味しそう!」
大きめのタッパに入ったお弁当は、まるでお花畑。
あたしが、ネットを師匠に、見よう見まねで作るご飯よりも百倍きれいで美味しそう!
「やっぱり、お嫁さんが作るんですか!?」
「よしてくれよ、言ったろ、嫁もちってのは忍名で、ほんとは独身なんだって」
「ああ、そうでしたよね、ごめんなさい(^_^;)」
じゃ、誰が作ってるんだろう……思ったけど――聞くな!――と顔に書いてある。
「…………」
「あ、そうだ、これ返しておきます」
「ん、文庫本?」
「初日、家に帰ったら背中に入ってたんです」
「……太閤記!?」
「ハハ、ちょっと信じられないんですけど、帰ったら背中が凝っちゃってて、お祖母ちゃんが『こんなのが入ってるよ』って」
「オン アビラウンケンソワカ! エイ!」
「え?」
嫁もちさんが、お祖母ちゃんと同じ呪を唱えると、文庫本は無数のポリゴンのようになって消えてしまった。
「このことは、社長にも誰にも言っちゃダメだ」
「えと……文庫は?」
「そのの中に戻した、ちょっとえらいものをしょい込んだね」
「そ、そうなんですか?」
「ハハ、まあ、いまのところ気にすることはないさ。さ、お弁当食べてしまお(^▽^)」
「は、はい」
聞いちゃいけないことなんだ……なにかつかえたようで、お弁当どころじゃないんだけど、二つ目のお握りに手を伸ばしたころには、どうでもいいことのように思えて、しっかり特製のお茶までいただいてしまった。
百地芸能事務所は、いろいろありそうだよ。
☆彡 主な登場人物
風間 その 高校三年生
風間 その子 風間そのの祖母
百地三太夫 百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁もち・お金持ち
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