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54『羊水の中のオレ』

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妹が憎たらしいのには訳がある

54『羊水の中のオレ』      


 オレは特大の胎児標本のように羊水の中に浮かんでいる。

「今度の任務は長くなりそうだから、羊水保存させてもらったわ」

 水元中尉が、まるで熱帯魚の移し替えをやったような気楽さだ。

「おもしろかったわよ。みんなでお兄ちゃんのこと裸にして、エイヤ、ドッポーンってこの羊水の中に放り込んだの。頭の中身はそっちに行ってるはずなのに、裸にするときは嫌がってね。パンツ脱がせる時は一騒動だった。ねえ、チサちゃん」

「知りません!」

 チサちゃんは顔を赤くして、あさっての方を向いてしまった。

 その後ろでは、親父とお袋がいっしょに笑っている。

「ほ、ほんとに自分たちでやったの!?」

 ねねちゃんの中に入っている俺の自我が、ねねちゃんの声でうろたえた。

「チサちゃん、あそこつまんでさ、まるで親指姫みたいだって」

「そ、それはあんまり……」

「そんなことしてませーん!」

 チサちゃんがムキになる。幸子が悪魔に見えてきた。

「素人じゃできません。専門の技官が、やりました。サッチャンは冗談を言ってるんです」

「なんだ、そうか……」

「ただ、法規上、身内の方には立ち会っていただきましたけど」

「なんだ、そうか……って、みんな見てたの!?」

「うん。だからチサちゃんは、親指姫みたいだなって」

「わたしは、身内じゃないから見てません!」

「冗談です。大事なところは見えないようにしてやりましたから」

「じゃ、親指姫って?」

「親指のことよ。ほら、今だって、手は握ってるけど、親指は立ててるじゃない」

「ハハ、幸子の仕返しよ。いつもメンテナンスで太一には、その……見られっぱなしでしょ」

「それは、必要だから、やってることで……」

 俺の半分のねねちゃんが、あとを言わせなかった。


「大部隊の行動では目に付く。当面は二人でやってもらう」


 里中副長の意見で、東京に出撃するのは、わたし(ねね)と幸子になった。

「えー、わたしは、ここで毎日お兄ちゃんの餌やりしようと思ったんですけど」

「これは、並の人間じゃ勤まらない。戦闘用の義体でなくちゃな。それにねねは向こうの信用も得ている。幸子クンは、その顔ではまずい。優奈クンに偽装してもらおうか、若干意表はつくが、ロボットのユースケを信用させるのには一番の偽装だ。向こうの世界から送り込まれた義体情報をヤミで流しておく」

「でも、国防軍の中枢だから、こちらから流した情報は、解析されれば分かってしまうでしょ?」

「チサちゃんに、ほんの数分向こうの世界へ戻ってもらって流してもらう」


 その夜、チサちゃんは、詳しい事情も知らされないまま、向こうの世界に送られた。


 スマホで、向こうの古いエージェントに、暗号化した情報を流すためだ。

 チサちゃんは、元々は向こうの世界の幸子なので、短時間なら、痕跡も残らない。

 向こうのグノーシスはナーバスで、こちらの人間が向こうにいくとすぐに、その兆候が分かるようになっている。二三分なら個体識別まではできない、チサちゃんは、ちょっと表でスマホをかけたぐらいに思ってもどってきた。

「これでよし。移動は高機動車のハナを使え、鹵獲されたことにしておく」

『え、わたし鹵獲されちゃうんですか!?』

 部屋のスピーカーからハナちゃんの声がした。

「おまえ、どうしてこの部屋が分かった!?」

『わたしは、優秀なアナライザーでもあるんです。この真田山駐屯地のことは、一般隊員のグチまで分かります』

「司令に注意しなくちゃいかんな」

 と言うわけで、わたしとサッチャン、いや、優子はハナちゃんに乗って、その夜のうちに東京を目指した。

 ブラフではあるけど、もう一度ユースケたちを疑ってみるところから始めた……。



 
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