上 下
46 / 68

46『栄光へのダッシュ・2』

しおりを挟む
ボクの妹がこんなにニクソイわけがない

46『栄光へのダッシュ・2』    



 優奈が倒れた。
 
 明後日が本番という稽古中に!

「ゲホ」っと口を押さえた優奈の手に赤いものが溢れ、そのまま前のめりに倒れて意識を失った。

「顔を横向きにしろ、窒息するぞ!」

 蟹江先生が、すぐステージに駆け上がり、呼吸と心拍を確かめていた加藤先輩を押しのけた。

「無し無し(無呼吸、無拍動)なんだな!?」

「はい」

「救急車を呼べ!」

 そう叫んで蟹江先生は優奈の胸をはだけ、気道を確保すると人工呼吸を始めた。

 祐介は、顕わになった優奈の胸にたじろいで目を背ける。

「アホ! こんな時は声をかけてやらなあかんのよ。みんな寄って、声を掛けて、マッサージしてやる!」

 加藤先輩が怒鳴り、みんなが優奈の側に寄り、手足をさすりながら声をかけた。

「優奈!」

「優奈先輩!」

「山下優奈!」

 蟹江先生と加藤先輩たちの介抱と処置で、優奈は救急隊が到着するころには息を吹き返していた。

「みなさんの素早い処置が適切だったので、脳への障害はありません。声帯と気管を痛めているほかは、全身疲労だけです。とうぶん喉を使わずに安静にしていればいいでしょう」

 病院の先生は、本人を勇気づけるために、あえて、優奈の病室でみんなに告げた。しかし、優奈には逆効果であった。

「ダメです……明後日は本番なんです。なんとしても、明後日までには治してください!」

「無理を言っちゃ……!」

 優奈は、医者のネクタイを締め上げていた……。


「参加辞退ですか……」


「仕方ないでしょう、ボーカルが倒れちゃったんだから」

「加藤先輩一人じゃだめなんですか?」

「ずっとデュオで練習してきたんや、簡単にソロには戻されへん。それに、バンドの編成もデュオのまんまや……」

 ケイオンの全員が集められ、視聴覚教室でミーティングをしたが、結論は参加辞退に傾いていく。あちこちから、すすり泣く声があがった。


 いやな沈黙が続いた。
 

 田原先輩が、謙三を促してステージに上がった。

 ダダダダ ドゴンドゴン ジャンジャン ドダダダ!

 そして、ギターとドラムを即興で、めちゃくちゃに鳴らした。

「景子(加藤先輩の名前)、これで勢いついたやろ。蟹江先生に結論言いに行け!」

「分かった、長いことケイオンやってると、こういうこともあるよ。今度のレッスンで学んだことは、来年、あんたらが活かしたらええ」

「待って下さい」

 ドアから出て行こうとした、加藤先輩を幸子が呼び止めた。

「わたしが、代わりにやります」

「……そんな、サッチャンが出たら審査対象外やで」

「対象外でもいいじゃないですか。たとえ審査対象外でも、演奏すればスピリットは通じます。わたしたちが血を吐く思いでつかみ取ったメッセージを、みんなに伝えようじゃないですか!」

「メッセージ……」

「スピリット……」

「ようし、それでええ。賞がなんぼのもんじゃ。予定通り参加や!」

 蟹江先生が、入ってきてガッツポーズを決めた。

「桃畑中佐から、極東戦争当時の戦闘服借りてきた。みんな、これ着て、本番の舞台に立て!」

「ウオー!」

 メンバーから、どよめきが起こった。

「ボーカルは、元祖オモクロのステージ衣装貸してもろた、せいだいがんばれ!」

 この開き直りの出場は、マスコミやネットを通じて、その日の内に世界中に広まった。

 火付け役は、お馴染みナニワテレビのセリナさんだ。急遽、プロで人気上昇中の幸子が出るので、予備の座席200が追加された。

 その日、家に帰ると、チサちゃんが玄関で待ち受けていた。


「すごいわよ、ネットが炎上してる!」

 幸子のブログは、大会参加を祝するコメントであふれかえっていた。むろん中には人の不幸を利用した売名行為であると非難するものもあったが、大半の賛成派と、ネット上で大論争になっていた。

「むかし、キンタローがデビューしたとき以来のブログ炎上ね!」

 お母さんまで興奮していた。幸子も面白がっていたが、プログラムモードである。

「これで、良かったとは思えない」

 あとで、幸子の部屋に行ったとき、幸子はニュートラルモードで、冷ややかにニクソクつぶやいた。

「……幸子は、複雑だな」

 精一杯の皮肉を言ってやると、ドアホンを兼ねているハナちゃんが来客がきたことを告げた。

 ドアをあけると、ねねちゃんが立っていた……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

未来史シリーズ-①希望のカケラ~終末の世界でギャングに襲われたら

江戸川ばた散歩
SF
正体不明の異生物によって浸食され、地球を放棄しなくてはならなくなった人類。 だが外宇宙へ行く船に乗れるのは限られた者だけ。 せめて自分の遺伝子を伝えるだけでも――― と受精卵を届ける人々が居た。 そんな一人である「私」は、何とか調達した車で自分と妻の受精卵を届ける途中、噂になっている凶悪犯の男女に乗り込まれてしまった。 さて「私」は無事届けることができるのか。

神の手違い転生。悪と理不尽と運命を無双します!

yoshikazu
ファンタジー
橘 涼太。高校1年生。突然の交通事故で命を落としてしまう。 しかしそれは神のミスによるものだった。 神は橘 涼太の魂を神界に呼び謝罪する。その時、神は橘 涼太を気に入ってしまう。 そして橘 涼太に提案をする。 『魔法と剣の世界に転生してみないか?』と。 橘 涼太は快く承諾して記憶を消されて転生先へと旅立ちミハエルとなる。 しかし神は転生先のステータスの平均設定を勘違いして気付いた時には100倍の設定になっていた。 さらにミハエルは〈光の加護〉を受けておりステータスが合わせて1000倍になりスキルも数と質がパワーアップしていたのだ。 これは神の手違いでミハエルがとてつもないステータスとスキルを提げて世の中の悪と理不尽と運命に立ち向かう物語である。

VRおじいちゃん ~ひろしの大冒険~

オイシイオコメ
SF
 75歳のおじいさん「ひろし」は思いもよらず、人気VRゲームの世界に足を踏み入れた。おすすめされた種族や職業はまったく理解できず「無職」を選び、さらに操作ミスで物理攻撃力に全振りしたおじいさんはVR世界で出会った仲間たちと大冒険を繰り広げる。  この作品は、小説家になろう様とカクヨム様に2021年執筆した「VRおじいちゃん」と「VRおばあちゃん」を統合した作品です。  前作品は同僚や友人の意見も取り入れて書いておりましたが、今回は自分の意向のみで修正させていただいたリニューアル作品です。  (小説中のダッシュ表記につきまして)  作品公開時、一部のスマートフォンで文字化けするとのご報告を頂き、ダッシュ2本のかわりに「ー」を使用しております。

超克の艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
「合衆国海軍ハ 六〇〇〇〇トン級戦艦ノ建造ヲ計画セリ」 米国駐在武官からもたらされた一報は帝国海軍に激震をもたらす。 新型戦艦の質的アドバンテージを失ったと判断した帝国海軍上層部はその設計を大幅に変更することを決意。 六四〇〇〇トンで建造されるはずだった「大和」は、しかしさらなる巨艦として誕生する。 だがしかし、米海軍の六〇〇〇〇トン級戦艦は誤報だったことが後に判明。 情報におけるミスが組織に致命的な結果をもたらすことを悟った帝国海軍はこれまでの態度を一変、貪欲に情報を収集・分析するようになる。 そして、その情報重視への転換は、帝国海軍の戦備ならびに戦術に大いなる変化をもたらす。

アンドロイドちゃんねる

kurobusi
SF
 文明が滅ぶよりはるか前。  ある一人の人物によって生み出された 金属とプラスチックそして人の願望から構築された存在。  アンドロイドさんの使命はただ一つ。  【マスターに寄り添い最大の利益をもたらすこと】  そんなアンドロイドさん達が互いの通信機能を用いてマスター由来の惚気話を取り留めなく話したり  未だにマスターが見つからない機体同士で愚痴を言い合ったり  機体の不調を相談し合ったりする そんなお話です  

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

荒野で途方に暮れていたらドラゴンが嫁になりました

ゲンタ
ファンタジー
転生したら、荒れ地にポツンと1人で座っていました。食べ物、飲み物まったくなし、このまま荒野で死ぬしかないと、途方に暮れていたら、ドラゴンが助けてくれました。ドラゴンありがとう。人族からエルフや獣人たちを助けていくうちに、何だかだんだん強くなっていきます。神様……俺に何をさせたいの?

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

処理中です...