上 下
42 / 68

42『幸子失格』

しおりを挟む
妹が憎たらしいのには訳がある

42『幸子失格』    

 

 我が家には、ささやかなこだわりがある。

 二十一世紀も半ば過ぎだというのに、いまだに紙の新聞をとっているのだ。


 新聞を開いたときに、アナログな情報の山が紙とインクの匂いをさせながら目に飛び込んでくるのは、脳の活性化に役に立つと日本人ノーベル賞受賞者のナントカさんが提唱して以来、右肩下がりだった新聞購読が増えるようになり、今でも世帯の25%は紙の新聞を購読している。

  しかし、この紙の新聞で弁当を包むという前世紀の習慣を維持しているのはウチぐらいのものだろう。
 
 これは意外なことにお袋の習慣なのだ。

 編集という特殊な仕事柄のせいなのかもしれないが、去年、親父とのヨリが戻り、家族の復活をしみじみ感じたのは、この新聞紙に包んだ弁当を学校で開いたときかもしれない。

 お袋は早起きで、朝の支度をしながら新聞を読み、必要なものを赤ペンでチェック、最後にまとめてスマホに取り込んだあと弁当をくるむ。何ヶ月も新聞を溜め込むようなことはしない。やはりニュースは新鮮さが第一というのは、今の人間である。

 その日はテスト終了後の短縮授業。

 学校は昼までなんだけど、部活があるので弁当を持ってきたのだ。

 そこで広げっぱなしにしていた新聞紙の赤ペンに幸子が注目した。

「へえ、先月の極東事変の裏は、甲殻機動隊が……」

「あ、あの防衛大臣の首が飛んだやつ」

「あれ、軍が大臣に内緒で攻撃準備してたんでしょ。あれ勝ったんで戦争にならずに済んだって。戦争やってたら、スニーカーエイジどころじゃないもんね」

 優奈が食後のお茶を飲みながら言った。

「押さえた記事になってるけど、仕掛けたのは甲殻機動隊だって……」


 ちがう。


 俺は、一カ月前、ねねちゃんにインストールされて、ねねちゃんのママの臨終に立ち会ったことや、そのあとDepartureして防衛省に潜入したことを思い出した。
 あれは、義体であるねねちゃんの判断だった。ねねちゃんは、あれからも急速にねねちゃんらしさを取り戻している。
 それに比べて、わが妹の幸子はあいかわらず。義体として他人になりきる技術は完ぺきだ。小野寺潤を始め、骨格の似ているアイドルには完ぺきにコピーできる。もうレパートリーは20を超え、いくつかを合成して、オリジナルな佐伯幸子としてもアルバムを出すようになった。

 ただ、幸子は、あくまで週末&放課後アイドルに徹しており、高校生活に穴を開けるようなことはしなかった。

「さ、お兄ちゃん、練習だよ」

「はいはい」

 幸子は、ケイオンの選抜メンバーに選ばれても、昼や休憩時間の半分以上は、もとの仲間と時間を過ごすようにしている。
 妹ながら気配りのできた奴だ。もっとも、それはプログラムモードのときだけで、ナチュラルモードのときは、相変わらずのニクソサなんだけどな。

 それから一週間、スニーカーエイジのプロデューサーが学校にやってきた。

 顧問の蟹江先生立ち会いの下で、選抜メンバーはプロデユーサーに会った。

「やあ、プロデューサーの的場です。大事な話なんで、ぼく自身で来ました」

 初対面なんだけど、どこかで会ったような気がした。

「あ……兄貴が、こないだまで国防大臣。でもナイショね。かっこ悪いし、兄貴は兄貴、ぼくはぼくだから」

 そう言うと、的場さんは頭を掻いた。でも、兄貴がドジな国防大臣であったのとは違う緊張感がした。

「なんでしょう、もし編成に関わるようなことならハッキリ言うてください。わたしらも対応せんとあきませんから」

 加藤先輩が促した。的場さんは、メンバーの顔を見渡してから口を開いた。

「申し訳ない、佐伯幸子さんの出場が認められなくなりました」

 一瞬、みんなが凍り付いた。

「理由はなんですか」

「佐伯さんの芸能活動です」

「それは、登録するときに問題ないて、言わはったやないですか!」

 ギターの田原さんが抗議した。

「登録時はセミプロだったが、今はヒットチャートの常連だ。立派なプロだよ」

「そんな……」

 みんなの口から同じ言葉が漏れた。

「しかし、それは殺生だっせ」

 いつも口出しをしない、蟹江先生が平家蟹のような顔で言った。

「規約では、出場者は、学校やエージェントが不良行為と認めた場合に出場を取り消すことがある……としか書いてまへんけど」

「あと、もう一点、プロと認定された者は出場できないとあります」

「待ってください。わたしがプロなのは週末だけです。それ以外は普通の高校生です」

「スニーカーエイジの本選は週末に行われる……週末の君はプロ認定なんだ」

 外の蝉の声が、ひときわ大きく耳障りに聞こえてきた……。  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

永遠の輪舞

のの(まゆたん)
SF
ちょっと切ないかも・・ほんわかが多いロボットもの

ラトビア転生記 ~TSしたミリオタが第2次世界大戦を生きる~

雪楽党
SF
 コンビニの帰り道でトラックに轢かれてしまった主人公。  目を覚ますとそこは1930年代のラトビア、しかも容姿端麗な美少女に!  意を決した彼は陸軍への入隊を決意する。  目標はたったひとつ。 「枢軸国を勝利させラトビアを救う」  はたして救国の英雄となることができるのだろうか。

地球に優しい? 侵略者

空川億里
SF
【基本的にはシリアスなSF作品です】  銀河系の大半を征服するチャマンカ帝国が地球を侵略。  地球と比べて強大な軍事力と、進歩したテクノロジーの前に、無条件降伏する地球人達。  が、その後は意外な展開が待ち受けていた。この作品に限ったことではありませんが、読みやすさを心がけて書いてます。SFが苦手な人でも楽しめるかと。  感想も可能ならお願いします。批判的な感想も歓迎します。

俺、人型兵器転生。なぜかゴブリンとかエルフがいる未来の崩壊世界を近代兵器で無双する。

ねくろん@アルファ
SF
トラックにはねられたおじさんが自我だけ未来に送られて、なんかよくわからん殺〇ロボットになってしまう。エルフとかゴブリンとかいるナーロッパ世界をぎゃくさ……冒険する。 そんで未来火器チートで気持ちよくなるつもりが、村をまるまる手に入れてしまって……? 内政を頑張るつもりが、性格異常者、サイコパス、そんなのばっかりが集まって、どうなってんのこの世界?

未来史シリーズ-①希望のカケラ~終末の世界でギャングに襲われたら

江戸川ばた散歩
SF
正体不明の異生物によって浸食され、地球を放棄しなくてはならなくなった人類。 だが外宇宙へ行く船に乗れるのは限られた者だけ。 せめて自分の遺伝子を伝えるだけでも――― と受精卵を届ける人々が居た。 そんな一人である「私」は、何とか調達した車で自分と妻の受精卵を届ける途中、噂になっている凶悪犯の男女に乗り込まれてしまった。 さて「私」は無事届けることができるのか。

斧で逝く

ICMZ
SF
仕事なんて大嫌いだ――― ああ 癒しが必要だ そんな時 満員電車の中で目にしたビデオ広告 VRMMORPG ランドロンドオンライン やってみるかなーー 使うのは個人的に思い入れがある斧を武器としたキャラ しかし 斧はネタ武器であり 明らかに弱くてバグってて その上 LV上の奴からPKくらったり 強敵と戦ったり 一難さってもまた一難  それでも俺にはゲーム、漫画、映画の知識がある、知恵がある 人生経験者という名の おっさん なめんなーー どんどん 明後日の方向にいく サクセス ストーリー 味付け        | 甘め ゲーム世界      | ファンタジー  ゲーム内 環境    | フレンドリー  アプデ有(頻繁) バーサス       | PVE,PVP ゲーマスと運営    | フレンドリー 比率 ゲーム:リアル | 8:2 プレイスタイル    | 命は大事だんべ キーワード      | パンツ カニ 酎ハイ でぃすくれいまー ヒロイン出てから本番です なろう/カクヨム/ノベルUpでも掲載しています この小説はスペースを多用しています てにをが句読点を入れれば読みやすくなるんですが、 会話がメインとなってくる物で その会話の中で てにをが をちゃんと使いこなしている人、 人生で2人しか出会っていません またイントネーション、文章にすると難しすぎます  あえてカタカナや→などをつかったりしたのですが 読むに堪えない物になってしまったので 解決するための苦肉の策がスペースです   読みやすくするため、強調する為、一拍入れている  それらの解釈は読み手側にお任せします

死んだら男女比1:99の異世界に来ていた。SSスキル持ちの僕を冒険者や王女、騎士が奪い合おうとして困っているんですけど!?

わんた
ファンタジー
DVの父から母を守って死ぬと、異世界の住民であるイオディプスの体に乗り移って目覚めた。 ここは、男女比率が1対99に偏っている世界だ。 しかもスキルという特殊能力も存在し、イオディプスは最高ランクSSのスキルブースターをもっている。 他人が持っているスキルの効果を上昇させる効果があり、ブースト対象との仲が良ければ上昇率は高まるうえに、スキルが別物に進化することもある。 本来であれば上位貴族の夫(種馬)として過ごせるほどの能力を持っているのだが、当の本人は自らの価値に気づいていない。 贅沢な暮らしなんてどうでもよく、近くにいる女性を幸せにしたいと願っているのだ。 そんな隙だらけの男を、知り合った女性は見逃さない。 家で監禁しようとする危険な女性や子作りにしか興味のない女性などと、表面上は穏やかな生活をしつつ、一緒に冒険者として活躍する日々が始まった。

惑星エラム 幻のカタカムナ 第三部 嘆きの女神編【ノーマル版】 

ミスター愛妻
ファンタジー
 ヴィーナス・ネットワーク世界も拡大の一途、変な百合が主流の世界ではあるが、それなりに安定繁栄している。  惑星中原で、ヴィーナスさんは、デーヴァの科学と社会風習は、ヴィーナス・ネットワーク世界とは相いれないとの結論に達した。  それはデーヴァたちも同じこと、なんとデーヴァの『下天』にヴィーナスを誘い込んだ。  そこはパクス・ロマーナが再現され、デーヴァたちのエネルギー供給世界と化していた……  本作はミッドナイトノベルズ様に投稿していたものから、R18部分を削除、FC2様、カクヨムで公開しているものです。しかしそうはいってもR15は必要かもしれません。  一話あたり2000文字以内と短めになっています。    表紙はウジェーヌ=エマニュエル・アモリー=デュヴァル  ヴィーナスの誕生 でパブリックドメインとなっているものです。

処理中です...