上 下
29 / 68

29『里中ミッション・1』 

しおりを挟む
妹が憎たらしいのには訳がある

29『里中ミッション・1』    



 俺はねねちゃんになってしまった……。

 つまり義体であるねねちゃんに俺の心がインストールされて、いまの俺の体はねねちゃんなのだ。

「インスト-ルは90%に押さえてある。完全にインスト-ルすると、太一は自分の体も動かせなくなるからな。今日は一日オレの家で休んでいてくれ」
「で、ミッションは?」

 声の可愛らしさに自分でたじろぐ(^_^;)。

「言い回しが男だなあ……インストールを95%にしよう」

 里中隊長がタブレットを触って、体に電気が走った。

「ア、アン……」

 変な声が出た。

「そう、その調子だ。ねねの行動プログラムに従って学校に行ってくれ。問題は直ぐに分かる。じゃ、よろしくな」

 そこで車を降ろされた。

 角を曲がって五十メートルも行けばフェリペの正門だ。視界の右下に小さく俺の視界が写っている。まだ、しばらくは車の中なんだろう。

 一歩踏み出すと違和感を感じた。スカートの中で、自分の内股が擦れ合うのって、とても妙な感覚だ。

――女の子って、こんなふうに自分を感じながら生きてるんだなあ……大したことじゃないけど、男女の感受性の根本に触れたような気がした。

「里中さん、ちょっと」

 担任の声で、わたしは……ねねちゃんになっているんで一人称まで、女の子だ。わたしは職員室に入った。

「失礼します」
「こちら、今日からうちのクラスに入る、佐伯千草子さん。慣れるまで大変だろうから、よろしくね」
「チサって呼んでください。よろしく」

 チサちゃんは、立ち上がってペコリと頭を下げた。

「里中ねねです、よろしくね」

 ほとんど自動的に、笑顔が言葉と手といっしょに出た。チサちゃんがつられて笑顔になる。

 で、握手。

「やっと笑顔になった」

 担任の山田先生がホッとした顔をした。デフォルトのねねちゃんは可愛いだけじゃなく、人間関係を円滑にするようにプログラムされているようだ。

 教室に着いた頃、本来のオレは里中さんの家にいた。

 車の中からここまではブラックアウトしている。セキュリティーがかかっているんだろう。たとえ5%とは言え、自我が二重になっているのは、ややこしいので、本来の俺は直ぐにベッドに寝かしつけた。

 朝礼まで時間があるので、わたしはチサちゃんに校内の案内をした。

「ザッと見て回ってるんだろうけど、頭に入ってないでしょ」
「うん……」
「こういうことって、コツがあるのよ」

 わたしは、教室、おトイレ、保健室。そして、今日の授業で使う体育館と美術室を案内した。そして、そこで出会った知り合いやら先生に必ず声をかける。そうすると、場所が人間の記憶といっしょにインプットされるので、場所だけを案内するよりも確かなものになる。

 しかし、行く先々で声を掛ける相手がいるというのは、わたし……ねねちゃんもかなりの人気者なんだ。

「佐伯千草子って言います。父が亡くなったので、伯父さんの家に引き取られて、このフェリペに来ることになりました。大阪には不慣れです。よろしくお願いします」

 短い言葉だったけど、チサちゃんは、要点を外さずに自己紹介できた。最後にペコリと頭を下げて、小さくため息ついて、ハンカチで額の汗を拭った。それが、ブキッチョだけども素直な人柄を感じさせ、クラスは暖かい笑いに包まれた。

「がんばったね」
「うん、どうだろ……」
「最初に『父が亡くなって』と言えたのは良かったと思うわよ」
「そ、そう?」
「うん、家庭の事情とかで済ませたら、いろいろ想像しちゃうでしょ」
「そ、そっか。これで良かったんだ。ありがとう里中さん」
「ねねでいいわよ」
「あ、ありがとう、ねねちゃん!」
「チサちゃん!」

 自然なハグになって、二人は親友になった。

 三時間目が困った……チサちゃんじゃなくて、オレ、いや、わたし。

 体育の時間で、みんなが着替える。女子校なもんで、みんな恥じらいもなく平気で着替えている。わたしは、プログラムされているので、一見平気そうにやれるけど、この情報は寝ている「俺」の方にも伝わる。案の定「俺」は真っ赤な顔をして目を覚ましたようだ。

 美術の時間、チサちゃんは注目の的だった。

 静物画の油絵だけど、チサちゃんはさっさとデッサンを済ませると、ペィンティングナイフで大胆に色を載せていく。そして五十分で一枚仕上げてしまった。


「まるで、佐伯祐三……佐伯さん、ひょっとして!?」
「あ、その佐伯さんとは……」

 それまで絵に集中していたんだろう、先生やみんなの目が集まっていることに恥じらって、俯いてしまった。

 一枚目は習作のつもりだたのだろう、与えられた二枚目のボードを当然の如く受け取った。

 すると、人が変わった。

「そこ、場所開けて」
「は、はい……」

 チサちゃんは堂々と自分の場所を確保。だれもが、それに従順に従った。

「先生、この作品は、まだまだ時間が要ります。放課後も描いていいですか?」
「う、うん、いいわよ」

 チサちゃんは、たった一日で、自分の場所を作ってしまった。まあ、それについては、わたしも少しは寄与している。

――これでいいんでしょ、里中隊長?

 連絡すると意外な答えが返ってきた。

――これからが、本当のミッションなんだ。

 ターゲットは、帰りの地下鉄の駅前の横断歩道にいた……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

処理中です...