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69〔夏も近づく百十一夜・3〕
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明神男坂のぼりたい
69〔夏も近づく百十一夜・3〕
通り雨 過ぎたあとに残る香りは夏 このごろ……
お父さんの好きな『夏この頃』の歌い出しみたいな昼休みだった。
バラが盛りになって、紫陽花が小さな蕾を付け始めた。
ピーカンの夏空の下、となりのオバチャンにホースで水を撒いてもらうと、水のアーチの中にけっこう大きな虹がたつ。その虹の下を水浸しになりながらキャ-キャー言いいながら、友だちとくぐった。オーバーザレインボウじゃなくってビヨンドザレインボウ。その時に舞上げられる焼けた土と、跳ねる水の香り。それが、この時期の通り雨の香りといっしょ……というのはお父さんの子どもの頃の話。
お母さんも水撒いてもらうのは好きだけど、お父さんみたいにビチャビチャになりながらビヨンドザレインボウはやらなかったそう。で、砂埃と水の混じった匂いは、お母さんには臭い。同世代でも、感性がちがうもんだと思う。
この明神男坂下はコンクリートとアスファルトなので、この夏の香りはしない。
「いや、東京オリンピック以前は、そんな感じだったぞ」
「ええ? ここは明日香が子どものころからアスファルトだよ」
「東京オリンピックと言えば昭和三十九年だろうが」
どうだ、最近のことも知ってるんだぞという感じで上から目線なのはさつき。
「親父ほどじゃないけど、実体は滝夜叉姫って呼ばれるくらいのもんだからな。厄除け、病魔退散には霊験あらたかなんだぞ。いやいや、いまさら感謝とかはしなくてもいいけど、知っておいて損はないぞ」
「なんか、居候の居直りっぽい」
「まあ、そう言うな。学校では友だちもできたみたいだけど、一人っ子というのはつまらないだろ。まあ、お姉ちゃんだと思って……」
「いやだ」
「じゃあ、転校生だ。転校生というのはラノベでは幼なじみと並んで鉄板キャラだろ」
「ええ? ラノベまで読んでるの!?」
「ああ、お父さんの本棚にいっぱい並んでるからな。ずいぶん、勉強になったぞ」
「もおー」
「安心しろ、転校生も幼なじみも、サブキャラの立ち位置だ。主役は明日香。そこは、ちゃんと分かっているからな」
むう、ぜったいウソだ。
だけど、夏を予感させる五月の下旬は好きだ。
そんなこと思って、雨上がりのグラウンド見ながら食堂のアイス食べていたら急に校内放送。
――2年3組の佐藤明日香、職員室岩田のところまで来なさい。くりかえします……――
繰りかえさなくても分かってる。これは、前の校長(パワハラで首になった民間校長)の人事で生指部長から我が担任に天下ってきた(本人曰くけ落とされた)ガンダムの声。
「明日香、なんかやった?」
「ガンダム、ストレス溜まりまくりだから、このごろ、ちょっとしたことでも怒るからね」
「明日香のことだ、ちょっとしたことではないんだろなあ……」
「あ、おとつい南風先生凹ましたの、バレたんじゃない?」
このデリカシーのない励ましの言葉は美枝とゆかりです。
「失礼します、2年3組の佐藤明日香です……」
そこまで言って、びっくりした。よその制服着たメッチャかいらしい子がガンダムの前に座っている。
美女と野獣……そんな言葉が頭をよぎった。
「おお、明日香、こっちこっち!」
ガンダムのデカイ声に職員室中の目がいっせいにあたしに向く、そんで職員室中の先生たちが、あたしと、その可愛い子の比較をやって、全員が同じ答を出したのに気がついた。
「この子、新垣麻衣さん。来週の月曜からうちのクラスだ」
「転校生の人ですか?」
「はい、ブラジルから来ました。どうぞよろしく」
アイドルみたいな笑顔の挨拶に早くも気後れ。
「席はお前の横だ。ブラジルからの転校生だから、慣れるまで明日香が世話係」
「は、はい」
「喋るのには不自由ないけど、漢字が苦手だそうだ。とりあえず、ざっと校内案内してやってくれるか」
「は、はい」
「どうぞよろしく鈴木さん」
「は、はい(^_^;)」
出した手が一瞬遅れたせいか、新垣さんに包み込まれるような握手になってしまう。
ダメだ、完ぺきに気持ち的に負けてる。
「それじゃ、終わったら、また戻ってきてくれ」
「は、はい」
「おまえとちがう。新垣に言ったんだ」
「アハハハ(;^_^」
新垣さんは、タブレットを持って付いてきた。チラ見すると学校の見取り図が入ってる。やっぱり緊張してるせいか、職員室出るときに挨拶し忘れた。
「コラ、失礼しましたやろ、アスカタン!」
「は、はい」
「失礼しました」
新垣さんがきれいに挨拶。遅れて続くけど「っつれいしました」になる。
アハハハハ クスクスクス ウフフフフ
職員室が、また笑いに満ちる。
ちなみに「アスカタン」いうのは、ガンダムがあたしを呼ぶときの符丁。本人は可愛く言ってると言うけど、あたしには「スカタン」に不定冠詞の「A」がついたものにしか感じられない。
校内を案内していても注目の的。
本人が可愛いとこへもってきて、胸が、どう見ても、あたしより2カップは大きい。で、他のパーツも、それに釣り合っていてイケテる。ブラジルの制服もラテン系らしい華やぎがある。もう、どこをどうまわったのか分からんうちに終了。新垣さんは部屋の名前を言うたんびに、タブレットの名称をスペイン語に直してた。その手際の良さだけが記憶に残った。
「どうもありがとう。とても分かり易かった。わたしのことは麻衣って呼んで。佐藤さんのことは明日香でいい?」
「え、あ、はい!」
「ハハハ、明日香って、とてもファニー(^▽^)!」
「え、あ、ども(^_^;)」
そして麻衣は職員室に戻っていった。
五時間目の休み時間には、麻衣とあたしの写真が校内に出回った。美枝とゆかりも撮ってたんだ。
「うちには、居なかったタイプだね……」
「明日香と比較すると、よく分かるなあ」
まるで電化製品の新製品と型オチを比較されてるみたいで、気分が悪い。
「型オチなんかじゃないよ。生産国のちがい」
それって、もっと傷つくんですけど。国産品を大事にしましょう……もしもし?
69〔夏も近づく百十一夜・3〕
通り雨 過ぎたあとに残る香りは夏 このごろ……
お父さんの好きな『夏この頃』の歌い出しみたいな昼休みだった。
バラが盛りになって、紫陽花が小さな蕾を付け始めた。
ピーカンの夏空の下、となりのオバチャンにホースで水を撒いてもらうと、水のアーチの中にけっこう大きな虹がたつ。その虹の下を水浸しになりながらキャ-キャー言いいながら、友だちとくぐった。オーバーザレインボウじゃなくってビヨンドザレインボウ。その時に舞上げられる焼けた土と、跳ねる水の香り。それが、この時期の通り雨の香りといっしょ……というのはお父さんの子どもの頃の話。
お母さんも水撒いてもらうのは好きだけど、お父さんみたいにビチャビチャになりながらビヨンドザレインボウはやらなかったそう。で、砂埃と水の混じった匂いは、お母さんには臭い。同世代でも、感性がちがうもんだと思う。
この明神男坂下はコンクリートとアスファルトなので、この夏の香りはしない。
「いや、東京オリンピック以前は、そんな感じだったぞ」
「ええ? ここは明日香が子どものころからアスファルトだよ」
「東京オリンピックと言えば昭和三十九年だろうが」
どうだ、最近のことも知ってるんだぞという感じで上から目線なのはさつき。
「親父ほどじゃないけど、実体は滝夜叉姫って呼ばれるくらいのもんだからな。厄除け、病魔退散には霊験あらたかなんだぞ。いやいや、いまさら感謝とかはしなくてもいいけど、知っておいて損はないぞ」
「なんか、居候の居直りっぽい」
「まあ、そう言うな。学校では友だちもできたみたいだけど、一人っ子というのはつまらないだろ。まあ、お姉ちゃんだと思って……」
「いやだ」
「じゃあ、転校生だ。転校生というのはラノベでは幼なじみと並んで鉄板キャラだろ」
「ええ? ラノベまで読んでるの!?」
「ああ、お父さんの本棚にいっぱい並んでるからな。ずいぶん、勉強になったぞ」
「もおー」
「安心しろ、転校生も幼なじみも、サブキャラの立ち位置だ。主役は明日香。そこは、ちゃんと分かっているからな」
むう、ぜったいウソだ。
だけど、夏を予感させる五月の下旬は好きだ。
そんなこと思って、雨上がりのグラウンド見ながら食堂のアイス食べていたら急に校内放送。
――2年3組の佐藤明日香、職員室岩田のところまで来なさい。くりかえします……――
繰りかえさなくても分かってる。これは、前の校長(パワハラで首になった民間校長)の人事で生指部長から我が担任に天下ってきた(本人曰くけ落とされた)ガンダムの声。
「明日香、なんかやった?」
「ガンダム、ストレス溜まりまくりだから、このごろ、ちょっとしたことでも怒るからね」
「明日香のことだ、ちょっとしたことではないんだろなあ……」
「あ、おとつい南風先生凹ましたの、バレたんじゃない?」
このデリカシーのない励ましの言葉は美枝とゆかりです。
「失礼します、2年3組の佐藤明日香です……」
そこまで言って、びっくりした。よその制服着たメッチャかいらしい子がガンダムの前に座っている。
美女と野獣……そんな言葉が頭をよぎった。
「おお、明日香、こっちこっち!」
ガンダムのデカイ声に職員室中の目がいっせいにあたしに向く、そんで職員室中の先生たちが、あたしと、その可愛い子の比較をやって、全員が同じ答を出したのに気がついた。
「この子、新垣麻衣さん。来週の月曜からうちのクラスだ」
「転校生の人ですか?」
「はい、ブラジルから来ました。どうぞよろしく」
アイドルみたいな笑顔の挨拶に早くも気後れ。
「席はお前の横だ。ブラジルからの転校生だから、慣れるまで明日香が世話係」
「は、はい」
「喋るのには不自由ないけど、漢字が苦手だそうだ。とりあえず、ざっと校内案内してやってくれるか」
「は、はい」
「どうぞよろしく鈴木さん」
「は、はい(^_^;)」
出した手が一瞬遅れたせいか、新垣さんに包み込まれるような握手になってしまう。
ダメだ、完ぺきに気持ち的に負けてる。
「それじゃ、終わったら、また戻ってきてくれ」
「は、はい」
「おまえとちがう。新垣に言ったんだ」
「アハハハ(;^_^」
新垣さんは、タブレットを持って付いてきた。チラ見すると学校の見取り図が入ってる。やっぱり緊張してるせいか、職員室出るときに挨拶し忘れた。
「コラ、失礼しましたやろ、アスカタン!」
「は、はい」
「失礼しました」
新垣さんがきれいに挨拶。遅れて続くけど「っつれいしました」になる。
アハハハハ クスクスクス ウフフフフ
職員室が、また笑いに満ちる。
ちなみに「アスカタン」いうのは、ガンダムがあたしを呼ぶときの符丁。本人は可愛く言ってると言うけど、あたしには「スカタン」に不定冠詞の「A」がついたものにしか感じられない。
校内を案内していても注目の的。
本人が可愛いとこへもってきて、胸が、どう見ても、あたしより2カップは大きい。で、他のパーツも、それに釣り合っていてイケテる。ブラジルの制服もラテン系らしい華やぎがある。もう、どこをどうまわったのか分からんうちに終了。新垣さんは部屋の名前を言うたんびに、タブレットの名称をスペイン語に直してた。その手際の良さだけが記憶に残った。
「どうもありがとう。とても分かり易かった。わたしのことは麻衣って呼んで。佐藤さんのことは明日香でいい?」
「え、あ、はい!」
「ハハハ、明日香って、とてもファニー(^▽^)!」
「え、あ、ども(^_^;)」
そして麻衣は職員室に戻っていった。
五時間目の休み時間には、麻衣とあたしの写真が校内に出回った。美枝とゆかりも撮ってたんだ。
「うちには、居なかったタイプだね……」
「明日香と比較すると、よく分かるなあ」
まるで電化製品の新製品と型オチを比較されてるみたいで、気分が悪い。
「型オチなんかじゃないよ。生産国のちがい」
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