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68〔夏も近づく百十一夜・2〕

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明神男坂のぼりたい

68〔夏も近づく百十一夜・2〕 



 東風先生のプロットをクソミソに言ってしまって、凹みながら家に帰った。帰り道は美枝とゆかりといっしょ。

「どうしたの、なんか食べたいもの食べ損なった?」
「ひょっとして、東風先生と、なにかあった?……さっき職員室行ったら、先生怖い顔してパソコン叩いてた。前の校長のパワハラのときは敵愾心満々の怖さだったけど、今日の怖さは、なにか人に凹まされたときの顔だよ。あの先生が凹むって言ったら、クラブのことぐらいでしょ。で、クラブのことで、凹ませられるのは鈴木明日香ぐらいのもんだからね」

 最初の牧歌的な推論は、ゆかり。あとの鋭いのが美枝。自分のことは見えないのに、人の観察は鋭い。ああ、シャクに障る!

 で、うちに帰っても、自己嫌悪と美枝へのいらつきはおさまらない。馬場さんに描いてもらった肖像画も、なんだかあたしを非難がましく見てる双子の片割れみたい。いらんこと言いのさつきも、こんなときは姿を現さず、あたしの中で寝ている!

 だけども、こんなときでも食欲が落ちない。晩ご飯はしっかり食べた。だけど、なにを食べたかは五分後には忘れていた。

 うちのお風呂の順番は、お母さん→あたし→お父さんの順番(オヤジが最後いうのは、よそもだろうね)で、お母さんは台所の後始末してから入る。その間、あたしは洗濯物とり入れるのが仕事なんだけど、今日はピーカンだった天気が、夕方にはぐずつきだした(うちの気分といっしょ)そんでお母さんが早々と取り込んでいいたので、することがない。自然にパソコンを開く。

 O高校演劇部のブログが目に止まる。O高校は最近更新が頻繁……だと思ったら毎日更新してる。

 エライと思った。毎日コツコツというのは、人間一番できないこと。そう思うと読み込んでしまう。で、感動は、そこまでで、東風先生と同じようにひっかかってしまう。

「知っていたら、情報があったら観に行ったのに」と思う公演もたくさんあるのです。これって本当にもったいないことだと思いませんか? やはりどれだけ観劇が好きな人でも、情報なしに公演を観に行くことは出来ません。

 一見正論風に見える三行が、まるで東風先生の言葉みたいで、ひっかかった。

 高校演劇の芝居が観られるのは、主にコンクール。

 本選にあたる中央大会は、けっこう人が集まるけど、地区大会は、あまり人が来ない。学校ごとの校内発表会や、自治体の文化行事で上演されることもあるけど、まあ、人は集まらない。

 たしかに派手な情報発信は少ないよ。校内発表なんて、外に向かって予告されることってほとんどない。

 でも、やったからって……人は来ないよ。

 だってさ、学校には、いろんな劇団とか大学の演劇部、部活グループ、自治体の文化イベントとかの案内は、結構来てるんだよ。中には招待券とか割引券とか同封してあって、そういうの貰って、一年の時、四五回は観に行った。

 でもね、費用対効果っていうんだろうか……たとえ、招待券でも、交通費だけで1000円超えちゃうのってザラじゃん。高校生の1000円て、どうかしたら三日分のお昼代だよ。

 ああ、時間とお金使ったわりには……というのがほとんどなんだよ。

 それってさ、天国とか極楽はいいとこだ! とか、思っていて「死ぬのは嫌だ」と言ってるのに似てる。

 こういう演劇部員って、言ってるように情報発信されても、きっと見に行ったりしないよ。


「明日香ぁ、暗いぞぉ」

「あ、さつき」

 気が付くと、机の横にさつきが立ってる。早々とだんご屋の制服着てるし。

「だんご屋、好きだからな」

「あ、ちょっと、いつもと違う」

「気が付いたか(^▽^)/」

 そう言うと、さつきはクルンと一回転して見せる。

 団子屋の制服はウグイス色の作務衣風なんだけど、襟のところに茜の縁取りが入ってる。

「おかみさんがな、さつきちゃんみたいな若い子が入ったんだ、少しは華やかにしようってな」

「うん、ちょっとしたことで華やか!」

「だろ、今までのに茜のパイピングしただけなんだけどな。ま、世の中、ちょっとしたことで楽しくなるってことさ」

「あ、これを機に値上げとか?」

「あ……ここんとこ原材料費上がってるからなあ」

「やっぱ!?」

「おかみさんは、さつきちゃんの時給も上げてあげたいしねえ……とか言うんだけど、わたしは趣味でやってるようなもんだからな。このままでいいですって。本当は、新規にお仕着せ作るはずだったんだけどな。100均でパイピング買ってきて、ガーーってミシン踏んで、しめて500円でイメチェンだ」

「なんか、すごく、令和の時代に馴染んじゃってんのね」

「明日香も、友だち連れて食べに来い。ほれ、三名様で来たら一人分タダって優待券くれてやるから」

「おお、サンキュ」

「パソコンというのも面白そうだなア……なんか、いっぱい四角いのが出てるけど、なんだ?」

「アイコンだよ。まあ、高機能の目次みたいなもんで、カーソル持ってきてクリックすると、そのページが出てくるわけ」

「ん、この『ASUKA』って言うのはなんだ?」

 さつきは、もう何カ月も開いたことが無いフォルダを指さす。

「ああ、あたしの写真とか動画とか保存してあるの」

「見せろ」

「やだよ、ハズイのもあるから」

「よいではないか、えい!」

「あ、ええ!?」

 なんと、マウスも持たないで、アイコンをクリックした!

「おお、わたしの念力でも操作ができるんだ!」

 あ、ちょっとヤバイ(;'∀')

「お、このねじり鉢巻きの可愛いのが明日香か?」

「え、あ、まあね」

 それは、子どものころに石神井で盆踊りを教えてもらったときのだ。

 神田明神のお祭りは見てるだけだけど、石神井の盆踊りは誰でも参加できる。

「こういうのは、さつきの時代にもあったぞ……うん、秋の稲刈りが終わったころに、お祭りがあってな。この日ばかりは、身分とか関係なしに酒飲んで、夜通し踊ったもんだ」

「動画の、見てみる?」

「お、おう、見せろ見せろ!」

 何年かぶりで『石神井盆踊り』をクリックする。

 アイコンの写真だったのが、命を吹き込まれたように動き出す。

 まだ四つくらいだった明日香が浴衣を着せてもらって、シャクジイといっしょに踊ってる。


 ハア~ 踊り踊るなアら、東京音頭ぉ~♪


 櫓の向こうには、同じように浴衣を着たシャクバアとお母さんが踊って、こっちに気が付いて手を振ってくれてる。お父さんは? 振り返ると、お父さんがギャラリーでビデオを撮ってくれている……そうだ、この動画はお父さんが撮ってくれたんだ。

 見よう見まねで踊りの輪の中に入って、二三周回ると、なんとか踊れるようになって、とても嬉しかった。

「ほんとだ、明日香、これはなかなか楽しいぞ(^▽^)」

 気が付くと、あたしの横にはさつきが踊っている。

「え、なんで?」

「細かいことは気にするな、今夜は、よっぴき踊りまくるぞぉ!」


 花の都の 花の都の真ん中で ヤートナ ソレ ヨイヨイヨイ ヤートナ ソレ ヨイヨイヨイ♪

 
 最初は見上げていたさつきの顔が、いつのまにか目の高さになって、いっぱいいっぱい踊りまくって、時々休んで、お酒なんか飲んだりして……家族みんなで、石神井やら神田やら学校のみんなも混じって、いっぱいいっぱい踊りまくった。

 

※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん         今日子
 関根先輩         中学の先輩
 美保先輩         田辺美保
 馬場先輩         イケメンの美術部
 佐渡くん         不登校ぎみの同級生
 巫女さん
 だんご屋のおばちゃん
 さつき          将門の娘 滝夜叉姫
 明菜           中学時代の友だち 千代田高校
 美枝           二年生からのクラスメート
 ゆかり          二年生からのクラスメート
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