49 / 109
49〔ちょっとシビア〕
しおりを挟む
明神男坂のぼりたい
49〔ちょっとシビア〕
「おーい、明日香の学校、校長クビになったぞ!」
お父さんのシビアな声で目が覚めた。
パジャマ代わりのジャージで二階に下りると、お父さんが新聞を広げている。
「この校長さん、たいがいだなあ……」
―― またも民間人校長の不祥事! ――
見出しが三面で踊っていた。
読んでみると、人事差別と人事権の恣意的な乱用。事故死した生徒・保護者への心ない対応。
そんな副題のあとに、実名は伏せながら、関係者が読んだら、事細かに分かるようなことが書いてあった。
再任用教諭の理由無き任用停止。元教諭、校長を提訴。
あ、これは光元先生のことだ。
始業式で、光元先生は一身上の都合で退職したと聞いた。
光元先生は、TGH高校の前身都立瓦町高校の時代からの先生。学校の生き字引みたいな先生で、卒業生やら保護者からの信任の厚い先生だった。佐渡君が亡くなったときも校長室で、なにか話してる様子だったけど、中身までは分からなかった。
新聞には「校長先生は、うちの子が亡くなったことを真剣に受け止めてもらえなかった」と、母親の言葉が書いてあった。
佐渡君は交通事故で、あたしが救急車の中で見守ってるうちに死んでしまった。純然たる事故死。
佐渡君は遺書を残していた。
交通事故で遺書いうのは、なんか変……読み進んでいくと分かった。
佐渡君は、生きる気力を無くしていた。で、なにが原因かは分からないけど死を予感して、遺書めいたものを書いていたらしい。
お母さんは、それを生徒に公開して欲しいと頼んだらしいけど。校長は断った。で、全校集会で、ありきたりの「命の大切さ」「交通事故には気を付けよう」で、お茶を濁したのは記憶にも新しい。
で、肝心の遺書は、新聞にも載っていなかった。教育委員会も内容を精査した上で、公開を検討……あほくさ。個人名が書いてあったら、そこ伏せて公表したらいいだけのこと。
それから、佐渡君が死んで間もない日に、音楽鑑賞でオーケストラの演奏を聞きにいくはずだったのが、急に取りやめになった。「生徒が命を落として間もない日に、かかる行事はいかがなものかと思った」と校長は言ってるらしい。
お母さんは、あとになって、そのことを知った。
「あの子は音楽の好きな子でした。実施されていたら、遺影を持って、わたしが参加するところでした。なんで、相談してもらえなかったんでしょう」
こんなことは、何にも知らなかった。火葬場で会った佐渡君の幻も、そういうことは言わなかった。佐渡君は気の優しい子だから、たとえ校長先生でも、人が傷つくことは言いたくなかったんだろうと思った。
で、光元先生は再任用の先生で、契約は一年。
「だけど、65歳までは現場に置いておくのが常識だ」
お父さんは、そう言う。
新聞には3月29日の最終発表で「次年度の採用はありません」と言われたらしい。
29日って、どこの学校でも人事は決まってしまって、TGHで再任用されなかったら、事実上のクビといっしょなのは、あたしの頭でも分かる。
校内でも、恣意的な人事が……ここを読んでピンときた。
ガンダムが急に生活指導部長降りて、うちらの担任になったこと。
「ガンダム先生って、どこの分掌?」
お父さんが聞いてきた。
「どこって、平の生指の先生」
「担任しながら生指か、そらムチャだ」
「なんで?」
「担任だったら大目に見られることでも、生指だったら見逃せないことがいっぱいある。まして、前の生指部長だろ。ダブルスタンダードでしんどいだろうなあ」
お父さんは、ため息をついて新聞をたたんだ。
気がついたら、お父さんと頭くっつけるみたいにして新聞読んでいた。
お父さんと30センチ以内に近寄ったのは、保育所以来。ちょっと気恥ずかしいような、落ち着かないような気持ちになった。
校長先生は、教育研究センターいうところに転勤いうことになっていたけど、これは事実上の退職勧告だろうなと思った。
こんなことが自分の学校でおこるなんて、ちょっと意外。
それと、佐渡君のお母さんが佐渡君のこと思っていたのも意外。
切ないなあ……。
49〔ちょっとシビア〕
「おーい、明日香の学校、校長クビになったぞ!」
お父さんのシビアな声で目が覚めた。
パジャマ代わりのジャージで二階に下りると、お父さんが新聞を広げている。
「この校長さん、たいがいだなあ……」
―― またも民間人校長の不祥事! ――
見出しが三面で踊っていた。
読んでみると、人事差別と人事権の恣意的な乱用。事故死した生徒・保護者への心ない対応。
そんな副題のあとに、実名は伏せながら、関係者が読んだら、事細かに分かるようなことが書いてあった。
再任用教諭の理由無き任用停止。元教諭、校長を提訴。
あ、これは光元先生のことだ。
始業式で、光元先生は一身上の都合で退職したと聞いた。
光元先生は、TGH高校の前身都立瓦町高校の時代からの先生。学校の生き字引みたいな先生で、卒業生やら保護者からの信任の厚い先生だった。佐渡君が亡くなったときも校長室で、なにか話してる様子だったけど、中身までは分からなかった。
新聞には「校長先生は、うちの子が亡くなったことを真剣に受け止めてもらえなかった」と、母親の言葉が書いてあった。
佐渡君は交通事故で、あたしが救急車の中で見守ってるうちに死んでしまった。純然たる事故死。
佐渡君は遺書を残していた。
交通事故で遺書いうのは、なんか変……読み進んでいくと分かった。
佐渡君は、生きる気力を無くしていた。で、なにが原因かは分からないけど死を予感して、遺書めいたものを書いていたらしい。
お母さんは、それを生徒に公開して欲しいと頼んだらしいけど。校長は断った。で、全校集会で、ありきたりの「命の大切さ」「交通事故には気を付けよう」で、お茶を濁したのは記憶にも新しい。
で、肝心の遺書は、新聞にも載っていなかった。教育委員会も内容を精査した上で、公開を検討……あほくさ。個人名が書いてあったら、そこ伏せて公表したらいいだけのこと。
それから、佐渡君が死んで間もない日に、音楽鑑賞でオーケストラの演奏を聞きにいくはずだったのが、急に取りやめになった。「生徒が命を落として間もない日に、かかる行事はいかがなものかと思った」と校長は言ってるらしい。
お母さんは、あとになって、そのことを知った。
「あの子は音楽の好きな子でした。実施されていたら、遺影を持って、わたしが参加するところでした。なんで、相談してもらえなかったんでしょう」
こんなことは、何にも知らなかった。火葬場で会った佐渡君の幻も、そういうことは言わなかった。佐渡君は気の優しい子だから、たとえ校長先生でも、人が傷つくことは言いたくなかったんだろうと思った。
で、光元先生は再任用の先生で、契約は一年。
「だけど、65歳までは現場に置いておくのが常識だ」
お父さんは、そう言う。
新聞には3月29日の最終発表で「次年度の採用はありません」と言われたらしい。
29日って、どこの学校でも人事は決まってしまって、TGHで再任用されなかったら、事実上のクビといっしょなのは、あたしの頭でも分かる。
校内でも、恣意的な人事が……ここを読んでピンときた。
ガンダムが急に生活指導部長降りて、うちらの担任になったこと。
「ガンダム先生って、どこの分掌?」
お父さんが聞いてきた。
「どこって、平の生指の先生」
「担任しながら生指か、そらムチャだ」
「なんで?」
「担任だったら大目に見られることでも、生指だったら見逃せないことがいっぱいある。まして、前の生指部長だろ。ダブルスタンダードでしんどいだろうなあ」
お父さんは、ため息をついて新聞をたたんだ。
気がついたら、お父さんと頭くっつけるみたいにして新聞読んでいた。
お父さんと30センチ以内に近寄ったのは、保育所以来。ちょっと気恥ずかしいような、落ち着かないような気持ちになった。
校長先生は、教育研究センターいうところに転勤いうことになっていたけど、これは事実上の退職勧告だろうなと思った。
こんなことが自分の学校でおこるなんて、ちょっと意外。
それと、佐渡君のお母さんが佐渡君のこと思っていたのも意外。
切ないなあ……。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる