上 下
13 / 109

13〔小野田少尉〕

しおりを挟む
明神男坂のぼりたい

13〔小野田少尉〕          


 

 珍しく、お父さんが二階のリビングでスマホを見ている。

「あら、珍しい」


 思ったままが口に出たあたしは、スゥエットの上下にフリ-スいう定番のお家スタイルで朝ご飯。

 今日は、久々に、完全オフの休日。

「小野田さんの映画が出来てたんだ、いやあ、秋のカンヌ映画祭に出てたんだけど、気が付かなかった」

「オノダさん……どこの人?」

 あたしは、お気楽にホットミルクを飲みながら、お父さんのいつになくマジな視線を感じた。うちは鈴木で、お母さんの旧姓は北野。オノダいう親類はいない。淡路恵子やら中村勘三郎が亡くなったときもショボクレてたから、古い芸能人かと思った。

「明日香には分からない人だよ」

 お父さんは、そう言って、一階の仕事部屋に降りていった。

「誰なの、オノダさんて?」

 同じ質問をお母さんにした。

「戦争終わったのも知らずに、ルバング島ってとこでずっと一人で戦争やってた人。それより明日香、家にいるんだったら、洗濯ものの取り込みお願い。洗剤も柔軟剤も変えたから、ちょっと仕上がりが楽しみよ。お母さん、恵比寿で友だちと会ってくるから、ちょっと遅くなる」

「恵比寿!? だったら豚まん買ってきてくれると嬉しい」

「あ、時間あったらね。それより、家に居るにしても、もうちょっとましな格好したら、ちょっとハズイわよ」

「へいへい」

 三階の自分の部屋に戻って、ベランダを開ける。洗濯物のニオイを確認。

「う~~~ん、ちょっと爽やか的な?」

 それから、ストレッチジーンズとセーターに着替えてパソコンのスイッチを入れる。

 なんの気なしに、お父さんが言っていた「オノダ」を検索した。候補のトップに小野田寛郎というのが出てたんでクリックした。

 ビックリした!

 穏やかそうな笑顔なのに目元と口元に強い意志を感じさせるオジイチャンの写真の横に、みすぼらしい戦闘服ながら、バシっときまって敬礼してる中年の兵隊さん。どうやら、新旧二つの小野田さん。

 昭和の偉人さんのようだ。思わずネットの記事やらウィキペディアを読んだ。

 1974年まで、三十年間も、ルバング島で戦争やっていたんだ。

 盗んだラジオで、かなりのことを知っていたみたいだけど、今の日本はアメリカの傀儡政権で、満州……これも調べた。中国の東北地方、そこに亡命日本政府があると思ってたみたい。

 日本に帰ってからは、ブラジルに大きな牧場とか経営して。細かいことは分からないけど、画像で見る小野田さんは衝撃的だった……1974年の日本人は、今のあたしらと変わらない。せやけど小野田さんはタイムスリップしてきたみたいやった。

 その小野田さんの映画がフランス人の監督で作られたんだ。

 ヘーホー……

 あたしの好奇心は続かない。昼過ぎになってお腹が空いてくると、もう小野田さんのことは忘れてしまった。

 で、コンビニにお弁当を買いにいった。

 お父さんは粗食というか、適当にパンやらインスタントラーメン食べて済ましてるけど、あたしはちゃんとしたものが食べたい。


「アスカじゃんか」


 お弁当を選んでたら、関根先輩に声をかけられた。

 心臓バックン!

「美保先輩はいっしょじゃないんですか?」

 と、ストレートに聞いてしまった。

「美保はインフルエンザ」


 で、二人で喫茶店に行ってランチを食べた。コンビニ弁当を選ぶ前でよかった(^▽^)/


「アスカと飯食うなんて、中学以来だなあ」

「そ、そですね(;'∀')」


 そこから会話が始まった。

 喋ってるうちに小野田さんの顔が浮かんできて、無意識に先輩のイケメンと重ねてしまう。

―― 覚悟をしないで生きられる時代は、いい時代である。だが死を意識しないことで日本人は、生きることをおろそかにしてしまっているのではないだろうか ――

 ネットで見た小野田さんの言葉がよみがえる。

 憧れの先輩の顔……なんだけど、取り込むのを言われてた洗濯物を思い出した。

 その時、店に入ってくるお客さんがドアを開け、その角度で一瞬自分の顔が映った。しょぼくれてはいてるけど、先輩と同じ種類の顔をしていた。

 それから、互いに近況報告。二月の一日に芝居するって言ったら「見に行く」て言ってもらえた。

 ラッキー!

 家に帰ってパソコンを開いたら、蓋してただけやから、小野田さんのページが、そのまま出てきた。

―― ありがとう ――

 小野田さんに、そう言われたような気がした。



 ※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん
 関根先輩         中学の先輩
 美保先輩         田辺美保
 馬場先輩         イケメンの美術部
 佐渡くん         不登校ぎみの同級生




 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

処理中です...