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132《コスモス坂・4》

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てんせい少女

132《コスモス坂・4》





 タマもミーもモンローも、三匹ともタンスや棚の上に上がって降りてこない。

 たった今まで、父の武雄と兄の勲が親子喧嘩していたからだ。「左翼小児病!」「アメリカ帝国主義のコバンザメ!」が双方の最後の言葉だった。

 父は江ノ電に乗って鎌倉の呑み屋にいってしまった。兄の勲は妹の久美子が用意した写真にサインをしている。

「なあに、このロシア語は?」

「インターナショナルだ。これ書いとくと、いかにも革命の勇者って感じだろう」

「さすがお兄ちゃん!」

 と、久美子は感心しきり。

「そんなロシア語で書いたって、誰も読めやしないわ」

 芳子は、そう言い捨てて自分の部屋に向かった。モンローだけがヒョコヒョコと付いてくる。タマは母の国子が拾ってきた。名前の由来は『サザエさん』の飼い猫からきている。ミーは、いつの間にかタマが散歩から帰ってくると付いてきた野良の子猫だった。で、モンローは兄の勲が拾ってきた。モンローは拾ってきた勲には懐かず、三村家の姉妹に、そのときそのときの気分でくっついている。

「ノンポリだな、モンローは……」

「ノンポリって?」

「白根とかいう坊主に聞いてみるんだな。このロシア語は辞書ひいて自分で調べろって言っとけ。本気で日本を変えるつもりなら、ロシア語は必須だからな……それにしても、久美子、どうしてこんなに楽しげに笑ってる写真を選んだんだ」

「だって、アメリカのスターみたいにかっこいいもん」

「次に売る時は、こっちの使えよ」

 勲は、レーニンのように演壇で演説をぶっている写真を示した。

「しかし、オレ、なんでこんなにニヤケてるんだ?」

「ああ、これ『お熱いのがお好き(1959年のアメリカ映画。マリリンモンロー・トニーカーチス・ジャックレモン主演)』観に行った時の帰り道。覚えてないの『お兄ちゃん』って呼んだら、この顔で振り返ったんだよ。ありがと、これが最後の一枚ね」

「おい、待て。その写真はちょっと……!!」



 波の音が、校舎の中まで聞こえてくる。



 昼休みの食事時も終わって、生徒たちはお喋りや、映画の話や、安保問題を論じあったり、グラウンドでトスバレーをやったり、それぞれの昼休みを満喫していた。

「エヘヘ、300円の臨時収入だ!」

 久美子は、白根達に10円高く売りつけた写真の売り上げをジャラジャラ言わせて、松の根方でニンマリしている。

「久美子、あんた、あれ30円で売ったんだって!?」

「うん、ダメ元でふっかけたら、あっさり出した」

「で、マルクスの『資本論』を読破したときの満面の笑みとか言ったの!?」

「ううん、三回読破してマルクスの深淵に到達したときの笑顔って言ったの」

「もう、あんたって子は!」

 芳子は、その日の放課後は、発作的に稲村ヶ崎の駅で降りて海岸に出てみた。

「ああ、もうどいつもこいつも!」

 周囲の人間の俗物根性には嫌気がさしていた。

 潮風に当たり、波しぶきに当たれば少しは気晴らしになる。理屈をつければそうだけど、要は衝動だった。同じ江ノ電の車両に乗っている七倉高校の生徒と同じ制服を着ていることさえうとましかった。

 ―― あんたたちとは違うんだ! ――

 そういう思いだったけど、太宰治のように否定形でしか自分の在り様が思い浮かばないことがもどかしい。 

 誰が捨てたか路傍の空き缶を蹴飛ばしたい衝動にかられたが、久美子みたいだと思いなおし、上げた右足をグニっと下ろした方向に進んだ。足先は海を向いていた。


 ズンズンと海岸に降り、岩場を回ったところで意外な人物に出くわした……。

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