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94〈坊ノ津の沖〉
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てんせい少女
94〈坊ノ津の沖〉
「ここで3000人が死んだの」
宇土さんは、サラリと言った。
長崎を出て三時間あまり、フェリーは坊ノ津(ぼうのつ)沖に差しかかっていた。
「3000人?」
「戦艦大和が沈んだのが、このあたり……ひいお祖父ちゃんが乗ってたの」
「じゃ、その時に亡くなられたの?」
「ううん、生き残りの300人の一人。で、戦後お祖母ちゃんが生まれて、あたしが、ここにいるの」
「そうなんだ……」
あたしは、なんだか厳粛なものを感じた。10人中の9人が、亡くなった。その生き残り。そのひ孫が宇土さん。で、こうして、あたしたちは坊ノ津沖の海を沖縄に向かってフェリーに乗っている。
お父さんが、南西方面遊撃特化連隊の連隊長になって、石垣島に赴任するため、家族のあたしたちは沖縄本島の官舎に入る。
その引っ越しの運送会社のトラック助手が宇土さん。なんだか運命的。
――本船は、ただ今坊ノ津90海里沖を航行中でありますが、76年前、戦艦大和が沈没したのが、このあたりの海域です。この海戦によって……――
フェリーのアナウンスがのんびりと放送をした。
「なんだか観光案内だわ」
「76年もたてば、観光案内よ。あたしは、ちょっと違った感傷があるけどね」
「そりゃ、ひいお爺さんが、ここで命拾いしたんだもの」
「それもあるけど、自衛隊に残っていたら、愛ちゃんのお父さんの部下で来ていたかもしれない。伊丹の施設科からも何人か行ってるのよ」
「そうなんだ、なんだか二重三重に運命的ね」
そのときキャビンに残っていたお母さんからメールが入った。どうやら進が船酔いしたようだ。
「あ、あたしに任せて。船酔いに効くマッサージできるから」
キャビンに戻ると、宇土さんは、器用に進の手のひらのツボを押さえて、ほんの二分ほどで弟の船酔いを治してしまった。
「これも自衛隊で覚えたの?」
お母さんが感心して聞いた。
「いいえ、これは、ひいお祖父ちゃんからの伝来です」
「ひいお祖父さまって、お医者様だったの?」
宇土さんと二人で笑いながら、説明をした。お母さんも感動して聞いていた。
「宇土のオネエチャン。船の中、探検しようよ」
「いいわよ。あたし、このフェリーは常連だから、いつもは見られないところでも見れちゃうわよ」
宇土さんの案内で船内を見学した。船員さんにも顔見知りがいるようで、一般客の入れないブリッジや、機関室なども見ることができた。
午後の日差しが傾く頃に奄美大島に着き、30分ほど、波止場で若干の乗客の乗り降りがあった。きぜわしく乗り降りが終わると、出航の銅鑼が鳴り、テープを投げる人などもいて、旅情気分に浸れた。
夜になると、さすがに豪華客船のようなわけにはいかず、船客は、ホールでテレビを見るか、それぞれのキャビンで、思い思いに過ごすしかなかったけど、宇土さんは話がうまく、あたしたちを飽きさせることがなかった。
そして、それは就寝時間が過ぎて、日付が変わる頃に起こった……。
94〈坊ノ津の沖〉
「ここで3000人が死んだの」
宇土さんは、サラリと言った。
長崎を出て三時間あまり、フェリーは坊ノ津(ぼうのつ)沖に差しかかっていた。
「3000人?」
「戦艦大和が沈んだのが、このあたり……ひいお祖父ちゃんが乗ってたの」
「じゃ、その時に亡くなられたの?」
「ううん、生き残りの300人の一人。で、戦後お祖母ちゃんが生まれて、あたしが、ここにいるの」
「そうなんだ……」
あたしは、なんだか厳粛なものを感じた。10人中の9人が、亡くなった。その生き残り。そのひ孫が宇土さん。で、こうして、あたしたちは坊ノ津沖の海を沖縄に向かってフェリーに乗っている。
お父さんが、南西方面遊撃特化連隊の連隊長になって、石垣島に赴任するため、家族のあたしたちは沖縄本島の官舎に入る。
その引っ越しの運送会社のトラック助手が宇土さん。なんだか運命的。
――本船は、ただ今坊ノ津90海里沖を航行中でありますが、76年前、戦艦大和が沈没したのが、このあたりの海域です。この海戦によって……――
フェリーのアナウンスがのんびりと放送をした。
「なんだか観光案内だわ」
「76年もたてば、観光案内よ。あたしは、ちょっと違った感傷があるけどね」
「そりゃ、ひいお爺さんが、ここで命拾いしたんだもの」
「それもあるけど、自衛隊に残っていたら、愛ちゃんのお父さんの部下で来ていたかもしれない。伊丹の施設科からも何人か行ってるのよ」
「そうなんだ、なんだか二重三重に運命的ね」
そのときキャビンに残っていたお母さんからメールが入った。どうやら進が船酔いしたようだ。
「あ、あたしに任せて。船酔いに効くマッサージできるから」
キャビンに戻ると、宇土さんは、器用に進の手のひらのツボを押さえて、ほんの二分ほどで弟の船酔いを治してしまった。
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お母さんが感心して聞いた。
「いいえ、これは、ひいお祖父ちゃんからの伝来です」
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午後の日差しが傾く頃に奄美大島に着き、30分ほど、波止場で若干の乗客の乗り降りがあった。きぜわしく乗り降りが終わると、出航の銅鑼が鳴り、テープを投げる人などもいて、旅情気分に浸れた。
夜になると、さすがに豪華客船のようなわけにはいかず、船客は、ホールでテレビを見るか、それぞれのキャビンで、思い思いに過ごすしかなかったけど、宇土さんは話がうまく、あたしたちを飽きさせることがなかった。
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