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54『正念寺の光奈子・4・アミダ現る』
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時かける少女
54『正念寺の光奈子・4・アミダ現る』
光奈子の朝は本堂の阿弥陀さまに御仏飯(オッパン)を供えることから始まる。
オッパンを供えると、お盆を胸に抱えて回れ右。ここまではいつも通りである。小学校の四年生から、この役は光奈子と決められている。
いつもと違うのは、ここでため息をついたことである。
ハアーー
クラブのことが気がかりなのだ。シノッチ先生はああ言ったが、辞めた林田の先生の役を外すと、台本が成り立たない。シノッチ先生も勢いで書き直しを引き受けたが、困っているであろうことは容易に想像できた。明日から三連休。それが過ぎれば、九月も半ば。コンクールまで実質一カ月しかない。だからため息になった。
「ちょっと待ちなよミナコ」
声がした。
え……振り返っても、本堂のどこにも人影はない。
「ここだよ、ここ」
須弥壇の宮殿(くうでん)の中から声……すると、阿弥陀さまが、グーッと大きくなりながら宮殿からお出ましになり、光奈子の前にお立ちになった。
「あ、阿弥陀さま……!」
光奈子は、思わず正座して手を合わせ、お念仏を唱えてしまった。
「そんなカシコマルことはないよ」
気楽に阿弥陀さまは、光奈子の前でアグラをかいた。
「だけども、やっぱり……南無阿弥陀仏!」
「オレは、ミナコのアミダさんだよ」
「へ……」
「人様の手前、こんな伝統的なナリはしてるけどね、本名はअमिताभ Amitābha[amitaabha]」
「へ……」
光奈子は、間の抜けた返事をするしかなかった。
「ええと……無量光仏、無量寿仏ともいって。無明の現世をあまねく照らす光の仏にして、空間と時間の制約を受けない仏であることを示すんだけども、本来なら姿は見えない。だから、これはミナコに見えるための仮の姿。まあ、CGかホログラムみたいなものだと思って」
「ホログラム……初音未来のバーチャルコンサートみたいな?」
「そそ、ただ、この姿はミナコにしか見えないから、そのつもりで。時間も止まってるからね、いつまで喋りあっても時間はたたないから」
なるほど、本堂の時計は止まったままだし、寺の前を駅へと急ぐ通勤通学の人たちの喧噪も聞こえない。本堂の戸を開けてみると、世界がフリーズしていた。
「分かったかな。オレ、ミナコを助けるために出てきたの。ミナコには、その能力と問題があるから」
「能力と問題?」
「こうやって、オレってか、あたしと通じる能力。そしてとりあえずは、ミナコが抱えている問題。今はクラブの台本のことだね」
「うん……なんとかしないと、ひなのも浮かばれないもん」
「ひなのは、もう御浄土に行ったからいいんだよ。ただ、ひなのの気持ちを大切にしてやりたい気持ちは大事だと思う」
「なんか、名案あります?」
「問題は、シノッチ先生も含めて、演劇部の不勉強。部員が何人になろうと、やれる芝居の三つや四つは持っていなきゃ。シノッチ先生も、本書くんだったら、条件に合わせてチャッチャッと書き直す力がなきゃね。そういうとこナイガシロにして、プータレてんのって、ダサイ。だから演劇部って人気がないんだぜ。そもそも……」
「あの、お説教は、またゆっくり聞きますから、なんか対策を」
「スマホで、小規模演劇部用台本ての検索してみな。『クララ ハイジを待ちながら』てのがあるから。主題は、今までの本と同じ。閉じこもって揺れながらも前に進もうって姿と、その道の険しさが両方出てる」
「クララ ハイジを待ちながら……覚えた!」
「よしよし。じゃあ……」
「あの、一つ聞いていい?」
「いいよ。時間は止まったままだから」
「あたしのこと、なんだかカタカナのミナコって呼ばれてるような気がするんだけど?」
「そりゃね、光奈子は、世界中……って、まあ主に日本だけどね、ミナコって名前の子の人生をみんな引き受ける運命にあるからさ。ま、それはいい。光奈子は、いまのミナコを一生懸命生きればいいよ。オレ、あたしのことも、カタカナのアミダさんでいいから。じゃあね」
アミダさんが消えると、街の喧噪と家の日常音がもどってきた。人の世というのは雑音だらけだと光奈子は感じた。
さっそく、朝の支度と通学時間を使って『クララ ハイジを待ちながら』を読んだ。主役のクララは、大変そうな役だけど、面白そうだった。学校に着いたら、昼にでも学校のパソコンで引き直してプリントアウトしなきゃ!
学校の下足室に着くと、知らない女生徒が立っていた。
「これ、印刷して綴じといたから」
その子は、台本が三十冊ほど入った紙袋をくれた。
「あ、あなた……?」
「アミダ、あたしは、をあまねく照らす光の仏って言ったでしょ。しばらく網田美保ってことで、ときどき現れるから。あ、それから、ひなのを跳ねた犯人は、午前中には逮捕されるから」
そう言って網田美保は行ってしまった。
光奈子は、まずシノッチ先生に台本を渡した。
「うん、読ませてもらう。正直、書き直しは進んでないんだよなあ……」
休み時間に、残り三人、碧(ミドリ) みなみ 美香子にも渡し、放課後の部活では、みんな『クララ』を演るつもりになった。
キャストも決まった。クララが碧、シャルロッテがみなみ、ロッテンマイヤーが美香子。で、演出が光奈子に収まった。
「スタッフ足りないから、新入部員掴まえてきた!」
シノッチ先生が、にこやかな顔で入ってきた。すぐ後にピョコンと女生徒が入って来る。
「よろしく。二年B組の網田美保です!」
サッと部室に光が差し込んだようだった。
シャクに障ることに、さっきの倍ほどもカワイくなっていた。
54『正念寺の光奈子・4・アミダ現る』
光奈子の朝は本堂の阿弥陀さまに御仏飯(オッパン)を供えることから始まる。
オッパンを供えると、お盆を胸に抱えて回れ右。ここまではいつも通りである。小学校の四年生から、この役は光奈子と決められている。
いつもと違うのは、ここでため息をついたことである。
ハアーー
クラブのことが気がかりなのだ。シノッチ先生はああ言ったが、辞めた林田の先生の役を外すと、台本が成り立たない。シノッチ先生も勢いで書き直しを引き受けたが、困っているであろうことは容易に想像できた。明日から三連休。それが過ぎれば、九月も半ば。コンクールまで実質一カ月しかない。だからため息になった。
「ちょっと待ちなよミナコ」
声がした。
え……振り返っても、本堂のどこにも人影はない。
「ここだよ、ここ」
須弥壇の宮殿(くうでん)の中から声……すると、阿弥陀さまが、グーッと大きくなりながら宮殿からお出ましになり、光奈子の前にお立ちになった。
「あ、阿弥陀さま……!」
光奈子は、思わず正座して手を合わせ、お念仏を唱えてしまった。
「そんなカシコマルことはないよ」
気楽に阿弥陀さまは、光奈子の前でアグラをかいた。
「だけども、やっぱり……南無阿弥陀仏!」
「オレは、ミナコのアミダさんだよ」
「へ……」
「人様の手前、こんな伝統的なナリはしてるけどね、本名はअमिताभ Amitābha[amitaabha]」
「へ……」
光奈子は、間の抜けた返事をするしかなかった。
「ええと……無量光仏、無量寿仏ともいって。無明の現世をあまねく照らす光の仏にして、空間と時間の制約を受けない仏であることを示すんだけども、本来なら姿は見えない。だから、これはミナコに見えるための仮の姿。まあ、CGかホログラムみたいなものだと思って」
「ホログラム……初音未来のバーチャルコンサートみたいな?」
「そそ、ただ、この姿はミナコにしか見えないから、そのつもりで。時間も止まってるからね、いつまで喋りあっても時間はたたないから」
なるほど、本堂の時計は止まったままだし、寺の前を駅へと急ぐ通勤通学の人たちの喧噪も聞こえない。本堂の戸を開けてみると、世界がフリーズしていた。
「分かったかな。オレ、ミナコを助けるために出てきたの。ミナコには、その能力と問題があるから」
「能力と問題?」
「こうやって、オレってか、あたしと通じる能力。そしてとりあえずは、ミナコが抱えている問題。今はクラブの台本のことだね」
「うん……なんとかしないと、ひなのも浮かばれないもん」
「ひなのは、もう御浄土に行ったからいいんだよ。ただ、ひなのの気持ちを大切にしてやりたい気持ちは大事だと思う」
「なんか、名案あります?」
「問題は、シノッチ先生も含めて、演劇部の不勉強。部員が何人になろうと、やれる芝居の三つや四つは持っていなきゃ。シノッチ先生も、本書くんだったら、条件に合わせてチャッチャッと書き直す力がなきゃね。そういうとこナイガシロにして、プータレてんのって、ダサイ。だから演劇部って人気がないんだぜ。そもそも……」
「あの、お説教は、またゆっくり聞きますから、なんか対策を」
「スマホで、小規模演劇部用台本ての検索してみな。『クララ ハイジを待ちながら』てのがあるから。主題は、今までの本と同じ。閉じこもって揺れながらも前に進もうって姿と、その道の険しさが両方出てる」
「クララ ハイジを待ちながら……覚えた!」
「よしよし。じゃあ……」
「あの、一つ聞いていい?」
「いいよ。時間は止まったままだから」
「あたしのこと、なんだかカタカナのミナコって呼ばれてるような気がするんだけど?」
「そりゃね、光奈子は、世界中……って、まあ主に日本だけどね、ミナコって名前の子の人生をみんな引き受ける運命にあるからさ。ま、それはいい。光奈子は、いまのミナコを一生懸命生きればいいよ。オレ、あたしのことも、カタカナのアミダさんでいいから。じゃあね」
アミダさんが消えると、街の喧噪と家の日常音がもどってきた。人の世というのは雑音だらけだと光奈子は感じた。
さっそく、朝の支度と通学時間を使って『クララ ハイジを待ちながら』を読んだ。主役のクララは、大変そうな役だけど、面白そうだった。学校に着いたら、昼にでも学校のパソコンで引き直してプリントアウトしなきゃ!
学校の下足室に着くと、知らない女生徒が立っていた。
「これ、印刷して綴じといたから」
その子は、台本が三十冊ほど入った紙袋をくれた。
「あ、あなた……?」
「アミダ、あたしは、をあまねく照らす光の仏って言ったでしょ。しばらく網田美保ってことで、ときどき現れるから。あ、それから、ひなのを跳ねた犯人は、午前中には逮捕されるから」
そう言って網田美保は行ってしまった。
光奈子は、まずシノッチ先生に台本を渡した。
「うん、読ませてもらう。正直、書き直しは進んでないんだよなあ……」
休み時間に、残り三人、碧(ミドリ) みなみ 美香子にも渡し、放課後の部活では、みんな『クララ』を演るつもりになった。
キャストも決まった。クララが碧、シャルロッテがみなみ、ロッテンマイヤーが美香子。で、演出が光奈子に収まった。
「スタッフ足りないから、新入部員掴まえてきた!」
シノッチ先生が、にこやかな顔で入ってきた。すぐ後にピョコンと女生徒が入って来る。
「よろしく。二年B組の網田美保です!」
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