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8『エスパー・ミナコ・3』
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みなこ転生・8
『エスパー・ミナコ・3』
昭和二十年四月、前月の大空襲で肺を痛めた湊子(みなこ)は、密かに心に想う山野中尉が、戦艦大和に乗って沖縄特攻に出撃して戦死するまでは生きていようと心に決めた。そして瀕死の枕許にやってきた死神をハメて、死と時間の論理をすり替えて、三時間後に迫った死を免れたのだ。しかし、そのために時空は乱れ時間軸は崩壊して、湊子は時のさまよい人。時かける少女になってしまった……。
気づくと、わたしは男の子を庇って電柱の陰に隠れていた。
電柱からは、火薬の臭いがした。十メートルほど先には、銃を構えた米兵たちが怯えと敵愾心をむき出しにして、自分たち以上に怯えた日本人たちと対峙している。
「ケリー、撃つんじゃない。いい子だからな」
「大尉、このガキは、オレのことを『くそオクラハマ』ってバカにしやがった!」
「相手は子どもだ、それよりも、周囲を警戒して状況を把握しろ!」
「状況なんて、見てのとおりだ。卑怯なジャップが橋を落として、俺たちの命を狙った。で、このガキが、オレのことバカにして、その女セーラーが、邪魔をしたんだ!」
大尉は、ケリーが再び上げた銃口を下げさせた。
「ジョン、後続の部隊に連絡。日本人の妨害に遭遇。目標ブラボー手前の橋が落とされ、戦車一両が転落。負傷者四名。目標地点に着くまでは、警戒を厳となせ」
「イエッサー!」
落ち着いて見ると、橋が壊れて、戦車が川に落ちている。幸い戦車は横倒しになることもなく、衝撃で負傷した戦車兵が、ハッチから救出されている最中だった。どうやら米兵たちは日本人が、戦車の通過に合わせて橋を破壊したと思いこんでいるようだった。
ミナコは、自分が時間と場所を飛び越えてしまったと、すんなり理解した。
電柱の住所は、先ほどまで居た鹿児島ではなく、横浜であること。米軍の進駐が始まっていることから、数週間はたっていると理解した。
二つだけ不思議だった。自分が、なぜ新品のセーラー服を着て、お下げにしていないのか。そして、なんで米兵たちの英語が分かるのか。
でも、混乱することは無かった。氷室一飛曹たちを助けてから、自分には不思議な力がついていることが分かっていたから。
「大尉さん、これは妨害行為じゃないわ、ただの事故よ」
「……君は、英語が分かるのか」
「そうみたい。ちょっと東部訛りだけど、いいかしら」
「かまわん。しかしなんで、そんな水兵の服を着ている。軍属か?」
「これは、女学校の制服なの。それより、そこの橋の注意書きを読んであげるわ」
「注意書き……ああ、これか?」
「注意、重量制限25トン」
「え……25トンだと?」
「ええ、そのシャーマン戦車は30トン。橋は落ちて当然ね」
「大尉、こんな怪しい女の言うこと聞いちゃいけませんよ」
「しかし、こんな街中の橋が25トンしか耐えられないのか?」
「そういう国を相手に、戦争したのよ、あなたたちの国は」
米兵たちの間からは、安心からくる失笑が浮かんだ。
「笑い方には気を付けて、日本人は侮辱には敏感よ。表情には出さないけど」
「でも、そのクソガキは、オレのことを侮辱したんだ!」
「ケリー、ささいなことだ、気にするな」
大尉が、たしなめた。
「いえ、はっきりしておきましょう。この子は、ケリー、あなたのことを侮辱なんかしてないわよ」
「でも、確かに、このがきは『オクラホマのクソ野郎』って、言いやがった!」
「それって、『オーキー!』でしょ?」
「おまえまで!」
「頭にこないの、ケリー。『オーキー』というのは、日本語で『大きい』という意味なの。この子は、いきなり見た、あなたの姿を見て、『大きい人だ!』って、感心してびっくりしただけなのよ。そうでしょオオニシ伍長」
わたしは、日系米兵のオオニシさんに言った。
「そうなのか、ゴロー?」
「は、自分はオクラホマ弁には慣れておりませんので」
「ま、とにかく誤解なんだ。キミ、済まないが日本語でこの人たちに説明してあげてくれないか」
わたしは日本語で説明した。表情は変わらないが、あきらかに安堵の空気になった。
「どうやら、少しは分かってくれた……かな」
「日本人の感情表現は、こうなんです。それより、この戦車と橋をね……」
「工兵隊を呼ぶ。仮設の橋も含めて二日もあればできるだろう」
大尉の言葉には、微妙な優越感があった。わたしは無用な対抗心を出してしまった。
「わたしなら、二分でやる。この橋が二日も使えないんじゃ迷惑だわ」
「に、二分だと!?」
米兵は笑い、日本人たちは意味が分からず、ただ当惑した。
「ちょっと、そこ空けてくださーい」
橋のこちら側にいた横浜の人たちに頼み、わたしは、オモチャの戦車を持ち上げるような仕草をした。戦車は、その動きに合わせて、ソロリと持ち上がり、橋のこちら側に着地した。その一分ほどの間に橋も元の場所に戻って落ち着いた。
橋に関しては、時間をまきもどしただけ。どうやら三十分ぐらいなら、物の時間を戻せるようだ。
米兵からも、横浜の人たちからも賞賛の声があがった。
「スゴイ、キミはエスパーだ。よかったら、私たちの駐屯地まで来てくれないか。ゴローもよくやってくれるが、キミが居てくれたら、百人力だ。あ、わたしは、海兵第五大隊のカリー大尉だ。キミは?」
「ミナコって、呼んでください」
わたしは、笑顔で握手をした。
実のところ、苗字も思い出せないほど、わたしの記憶は薄くなってきていたのだ……。
『エスパー・ミナコ・3』
昭和二十年四月、前月の大空襲で肺を痛めた湊子(みなこ)は、密かに心に想う山野中尉が、戦艦大和に乗って沖縄特攻に出撃して戦死するまでは生きていようと心に決めた。そして瀕死の枕許にやってきた死神をハメて、死と時間の論理をすり替えて、三時間後に迫った死を免れたのだ。しかし、そのために時空は乱れ時間軸は崩壊して、湊子は時のさまよい人。時かける少女になってしまった……。
気づくと、わたしは男の子を庇って電柱の陰に隠れていた。
電柱からは、火薬の臭いがした。十メートルほど先には、銃を構えた米兵たちが怯えと敵愾心をむき出しにして、自分たち以上に怯えた日本人たちと対峙している。
「ケリー、撃つんじゃない。いい子だからな」
「大尉、このガキは、オレのことを『くそオクラハマ』ってバカにしやがった!」
「相手は子どもだ、それよりも、周囲を警戒して状況を把握しろ!」
「状況なんて、見てのとおりだ。卑怯なジャップが橋を落として、俺たちの命を狙った。で、このガキが、オレのことバカにして、その女セーラーが、邪魔をしたんだ!」
大尉は、ケリーが再び上げた銃口を下げさせた。
「ジョン、後続の部隊に連絡。日本人の妨害に遭遇。目標ブラボー手前の橋が落とされ、戦車一両が転落。負傷者四名。目標地点に着くまでは、警戒を厳となせ」
「イエッサー!」
落ち着いて見ると、橋が壊れて、戦車が川に落ちている。幸い戦車は横倒しになることもなく、衝撃で負傷した戦車兵が、ハッチから救出されている最中だった。どうやら米兵たちは日本人が、戦車の通過に合わせて橋を破壊したと思いこんでいるようだった。
ミナコは、自分が時間と場所を飛び越えてしまったと、すんなり理解した。
電柱の住所は、先ほどまで居た鹿児島ではなく、横浜であること。米軍の進駐が始まっていることから、数週間はたっていると理解した。
二つだけ不思議だった。自分が、なぜ新品のセーラー服を着て、お下げにしていないのか。そして、なんで米兵たちの英語が分かるのか。
でも、混乱することは無かった。氷室一飛曹たちを助けてから、自分には不思議な力がついていることが分かっていたから。
「大尉さん、これは妨害行為じゃないわ、ただの事故よ」
「……君は、英語が分かるのか」
「そうみたい。ちょっと東部訛りだけど、いいかしら」
「かまわん。しかしなんで、そんな水兵の服を着ている。軍属か?」
「これは、女学校の制服なの。それより、そこの橋の注意書きを読んであげるわ」
「注意書き……ああ、これか?」
「注意、重量制限25トン」
「え……25トンだと?」
「ええ、そのシャーマン戦車は30トン。橋は落ちて当然ね」
「大尉、こんな怪しい女の言うこと聞いちゃいけませんよ」
「しかし、こんな街中の橋が25トンしか耐えられないのか?」
「そういう国を相手に、戦争したのよ、あなたたちの国は」
米兵たちの間からは、安心からくる失笑が浮かんだ。
「笑い方には気を付けて、日本人は侮辱には敏感よ。表情には出さないけど」
「でも、そのクソガキは、オレのことを侮辱したんだ!」
「ケリー、ささいなことだ、気にするな」
大尉が、たしなめた。
「いえ、はっきりしておきましょう。この子は、ケリー、あなたのことを侮辱なんかしてないわよ」
「でも、確かに、このがきは『オクラホマのクソ野郎』って、言いやがった!」
「それって、『オーキー!』でしょ?」
「おまえまで!」
「頭にこないの、ケリー。『オーキー』というのは、日本語で『大きい』という意味なの。この子は、いきなり見た、あなたの姿を見て、『大きい人だ!』って、感心してびっくりしただけなのよ。そうでしょオオニシ伍長」
わたしは、日系米兵のオオニシさんに言った。
「そうなのか、ゴロー?」
「は、自分はオクラホマ弁には慣れておりませんので」
「ま、とにかく誤解なんだ。キミ、済まないが日本語でこの人たちに説明してあげてくれないか」
わたしは日本語で説明した。表情は変わらないが、あきらかに安堵の空気になった。
「どうやら、少しは分かってくれた……かな」
「日本人の感情表現は、こうなんです。それより、この戦車と橋をね……」
「工兵隊を呼ぶ。仮設の橋も含めて二日もあればできるだろう」
大尉の言葉には、微妙な優越感があった。わたしは無用な対抗心を出してしまった。
「わたしなら、二分でやる。この橋が二日も使えないんじゃ迷惑だわ」
「に、二分だと!?」
米兵は笑い、日本人たちは意味が分からず、ただ当惑した。
「ちょっと、そこ空けてくださーい」
橋のこちら側にいた横浜の人たちに頼み、わたしは、オモチャの戦車を持ち上げるような仕草をした。戦車は、その動きに合わせて、ソロリと持ち上がり、橋のこちら側に着地した。その一分ほどの間に橋も元の場所に戻って落ち着いた。
橋に関しては、時間をまきもどしただけ。どうやら三十分ぐらいなら、物の時間を戻せるようだ。
米兵からも、横浜の人たちからも賞賛の声があがった。
「スゴイ、キミはエスパーだ。よかったら、私たちの駐屯地まで来てくれないか。ゴローもよくやってくれるが、キミが居てくれたら、百人力だ。あ、わたしは、海兵第五大隊のカリー大尉だ。キミは?」
「ミナコって、呼んでください」
わたしは、笑顔で握手をした。
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