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153『夢役』
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やくもあやかし物語
153『夢役』
お地蔵イコカで高安に飛んだ。
ほら、二丁目地蔵からもらった、全国のお地蔵さんの居るところだったらどこのでもいけるって、便利なカード。
「いやあ、おひさしぶりぃ(^0^)/」
以前はシラミ地蔵の前に出て、エッチラオッチラ高安山の山裾の玉祖(たまおや)神社まで歩いたんだけど、もう慣れてしまって、いきなり玉祖神社の鳥居前。東高野街道に面した一の鳥居から、神社の前の二の鳥居までは1000メートル以上もある上り坂(ゆるいんだけど)なので、最初に来た時は遠足かってくらい歩いた。
今度は、二の鳥居の真ん前だったので、俊徳丸さんがニコニコとお出迎えしてくれている。
さあ、どうぞ。
通されたのは、拝殿の上の亜空間に設えられた高安のかあやかし集会所。
「お知らせを受けてやってきました。いつも気にかけていただいてありがとうございます」
久しぶりなので、きちんとご挨拶。チカコも交換手さんも、倣って挨拶してくれる。
「やあ、親子内親王様、交換手さん。どうぞどうぞ」
境内に入って大阪平野を見下ろすと、業平さんと茶屋の娘さんとの一件やら、都から来た鬼をいっしょにやっつけたときのことを思い出す。
「結果的に御息所の面倒まで見てもらうことになって、ちょっと申し訳なく思っていたんですよ」
頭を掻く俊徳丸。
御息所は、鬼退治の記念にもらった鬼の手の中に、こっそり住み込んでいて、俊徳丸さんも分からなかった。
それに、御息所は、もうチカコにもわたしにも姉妹みたいなもんだよ。かえってお礼を言わなくてはならないくらい。
御息所が付いてこなかったのは、こういうことが照れ臭かったのかもしれないしね。
「実は、親子さん」
俊徳丸は、チカコと片仮名ではなく真名として漢字で呼んでいる。
それが分るんだ。チカコは背筋を伸ばして俊徳丸に向きあったよ。
「はい」
「じつはね、家茂さんはみかん畑を見たことが無いんですよ」
「「「え?」」」
「それどころか紀州に入ったことも無いんです」
「「「ええ!?」」」
これには三人とも驚いた。
将軍になる前の家茂さんは紀州藩の殿様だったよ。最初は知らなかったけど、御息所が教えてくれた――さすがに六条の御息所! 皇太子妃! 歴史に強いんだ!――ちょっと持ち上げ気味に感心したら――入試で日本史を選ぶくらいの子なら誰でも知ってるわよ――ときた。
「紀州藩は親藩だし、早くから十四代候補にも挙がっていたから、ついつい家茂さんは帰国する機会を失っていたんだ」
「でも、紀州藩の跡継ぎなんでしょ、子どもの時くらいに見てないの?」
「家茂さんは清水家から養子に来たのよ」
「養子か……だったら見てないかもね」
「でも、でもでも、紀州の養子になって、将軍になるまでは6年もあったのよ。一度くらいは戻っていると思ってた……家茂さん、そういうことは言わなかったから……」
ちょっと重い沈黙が部屋を支配した。
「ご家来からは、聞かされていたんですよ、ご家老様とかね。どんなに紀州が素晴らしいか。大きな掛図や地図を持って来させましてね。ご家来たちは、養子の殿様がご領地の様子を知りたがって、いろいろ話を聞いてくださるのは、とても嬉しいことなんですよ」
「そうだろうね……」
思い当たるところがあるよ。
お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、わたしが、小泉の家の昔を聞いたり、お母さんが若かった頃のことを聞くと喜んでくれる。うちの家族は血のつながりが無いから、そういうことは、とても嬉しいんだ。
たとえ追体験でも、思い出を共有できると、人も景色もグッと近くなるんだよ。
「家茂さんは、ご家来が『紀州は、かように素晴らしいいところでございます』という素晴らしさを自分の素晴らしさにしたんでしょうねえ」
「じゃあ、あの天守台でお話になった素晴らしさは……」
「はい、無意識だったのでしょうが、結果的にはそういう紀州人の素晴らしさに感動されたんだと思います」
なんだか、シンとしてしまうよ。
「ひとつお伺いしてよろしいでしょうか?」
交換手さんが控え目な声で訊ねたよ。
「なんでしょう?」
「不躾な質問ですが、高安の俊徳丸さんが、なぜ、そこまで家茂さんのことをご存じなのでしょうか?」
「あ、失敬。そこからお話しなければなりませんねえ……じつは、家茂さんの最期をみとったのは、この俊徳丸なんですよ」
「「「えええ!?」」」
「百五十年のむかし、家茂さんは、大阪城と二条城に腰を据えて朝廷や薩長のお相手をしておいででした」
「兄が皇位についていた時代ね」
「はい、できもしない攘夷決行を約束させられ、江戸に帰ることも許されず上方に留め置かれ、家茂さんは心痛のあまり命を削っておられました。これには、上方のあやかしたちも同情しましてね、せめて、夢の中でお慰めしようと……その夢役の一人に選ばれたのが、この俊徳丸なんです」
「そうだったんですか……」
豊原の電話局で最期を迎えた自分と重なるんだろう、交換手さんは胸を押えたよ。
「家茂さんの胸には紀州の海と空がありました、海と空の間には明々とみかん畑が安らいでおりました……でも、それは想いであって、容を成しておりません。わたしは、その風景に容をあててご覧にかけたのです」
「俊徳丸さん、家茂さんは、なにかおっしゃいましたか!?」
「はい、『これです、これですよ、親子、これが紀州です。これこそが紀州のみかん畑ですよ……』」
「家茂さん…………!」
膝立ちになったかと思うと、チカコの姿は白く輝き始め、俊徳丸さんの合わせた手の間にも光が生まれている。
そして、少し前のめりになったかと思うと、たちまち二つの光は溶けあって、素通しになった天井を抜け、高安の空に舞い上がって、煌めく星々の一つになっていってしまったよ。
これでよかったんですよね…………俊徳丸さんが呟いたよ。
☆ 主な登場人物
やくも 一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
お母さん やくもとは血の繋がりは無い 陽子
お爺ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
お婆ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
教頭先生
小出先生 図書部の先生
杉野君 図書委員仲間 やくものことが好き
小桜さん 図書委員仲間
あやかしたち 交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六条の御息所 里見八犬伝 滝夜叉姫 将門 アカアオメイド アキバ子 青龍 メイド王 伏姫(里見伏)
153『夢役』
お地蔵イコカで高安に飛んだ。
ほら、二丁目地蔵からもらった、全国のお地蔵さんの居るところだったらどこのでもいけるって、便利なカード。
「いやあ、おひさしぶりぃ(^0^)/」
以前はシラミ地蔵の前に出て、エッチラオッチラ高安山の山裾の玉祖(たまおや)神社まで歩いたんだけど、もう慣れてしまって、いきなり玉祖神社の鳥居前。東高野街道に面した一の鳥居から、神社の前の二の鳥居までは1000メートル以上もある上り坂(ゆるいんだけど)なので、最初に来た時は遠足かってくらい歩いた。
今度は、二の鳥居の真ん前だったので、俊徳丸さんがニコニコとお出迎えしてくれている。
さあ、どうぞ。
通されたのは、拝殿の上の亜空間に設えられた高安のかあやかし集会所。
「お知らせを受けてやってきました。いつも気にかけていただいてありがとうございます」
久しぶりなので、きちんとご挨拶。チカコも交換手さんも、倣って挨拶してくれる。
「やあ、親子内親王様、交換手さん。どうぞどうぞ」
境内に入って大阪平野を見下ろすと、業平さんと茶屋の娘さんとの一件やら、都から来た鬼をいっしょにやっつけたときのことを思い出す。
「結果的に御息所の面倒まで見てもらうことになって、ちょっと申し訳なく思っていたんですよ」
頭を掻く俊徳丸。
御息所は、鬼退治の記念にもらった鬼の手の中に、こっそり住み込んでいて、俊徳丸さんも分からなかった。
それに、御息所は、もうチカコにもわたしにも姉妹みたいなもんだよ。かえってお礼を言わなくてはならないくらい。
御息所が付いてこなかったのは、こういうことが照れ臭かったのかもしれないしね。
「実は、親子さん」
俊徳丸は、チカコと片仮名ではなく真名として漢字で呼んでいる。
それが分るんだ。チカコは背筋を伸ばして俊徳丸に向きあったよ。
「はい」
「じつはね、家茂さんはみかん畑を見たことが無いんですよ」
「「「え?」」」
「それどころか紀州に入ったことも無いんです」
「「「ええ!?」」」
これには三人とも驚いた。
将軍になる前の家茂さんは紀州藩の殿様だったよ。最初は知らなかったけど、御息所が教えてくれた――さすがに六条の御息所! 皇太子妃! 歴史に強いんだ!――ちょっと持ち上げ気味に感心したら――入試で日本史を選ぶくらいの子なら誰でも知ってるわよ――ときた。
「紀州藩は親藩だし、早くから十四代候補にも挙がっていたから、ついつい家茂さんは帰国する機会を失っていたんだ」
「でも、紀州藩の跡継ぎなんでしょ、子どもの時くらいに見てないの?」
「家茂さんは清水家から養子に来たのよ」
「養子か……だったら見てないかもね」
「でも、でもでも、紀州の養子になって、将軍になるまでは6年もあったのよ。一度くらいは戻っていると思ってた……家茂さん、そういうことは言わなかったから……」
ちょっと重い沈黙が部屋を支配した。
「ご家来からは、聞かされていたんですよ、ご家老様とかね。どんなに紀州が素晴らしいか。大きな掛図や地図を持って来させましてね。ご家来たちは、養子の殿様がご領地の様子を知りたがって、いろいろ話を聞いてくださるのは、とても嬉しいことなんですよ」
「そうだろうね……」
思い当たるところがあるよ。
お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、わたしが、小泉の家の昔を聞いたり、お母さんが若かった頃のことを聞くと喜んでくれる。うちの家族は血のつながりが無いから、そういうことは、とても嬉しいんだ。
たとえ追体験でも、思い出を共有できると、人も景色もグッと近くなるんだよ。
「家茂さんは、ご家来が『紀州は、かように素晴らしいいところでございます』という素晴らしさを自分の素晴らしさにしたんでしょうねえ」
「じゃあ、あの天守台でお話になった素晴らしさは……」
「はい、無意識だったのでしょうが、結果的にはそういう紀州人の素晴らしさに感動されたんだと思います」
なんだか、シンとしてしまうよ。
「ひとつお伺いしてよろしいでしょうか?」
交換手さんが控え目な声で訊ねたよ。
「なんでしょう?」
「不躾な質問ですが、高安の俊徳丸さんが、なぜ、そこまで家茂さんのことをご存じなのでしょうか?」
「あ、失敬。そこからお話しなければなりませんねえ……じつは、家茂さんの最期をみとったのは、この俊徳丸なんですよ」
「「「えええ!?」」」
「百五十年のむかし、家茂さんは、大阪城と二条城に腰を据えて朝廷や薩長のお相手をしておいででした」
「兄が皇位についていた時代ね」
「はい、できもしない攘夷決行を約束させられ、江戸に帰ることも許されず上方に留め置かれ、家茂さんは心痛のあまり命を削っておられました。これには、上方のあやかしたちも同情しましてね、せめて、夢の中でお慰めしようと……その夢役の一人に選ばれたのが、この俊徳丸なんです」
「そうだったんですか……」
豊原の電話局で最期を迎えた自分と重なるんだろう、交換手さんは胸を押えたよ。
「家茂さんの胸には紀州の海と空がありました、海と空の間には明々とみかん畑が安らいでおりました……でも、それは想いであって、容を成しておりません。わたしは、その風景に容をあててご覧にかけたのです」
「俊徳丸さん、家茂さんは、なにかおっしゃいましたか!?」
「はい、『これです、これですよ、親子、これが紀州です。これこそが紀州のみかん畑ですよ……』」
「家茂さん…………!」
膝立ちになったかと思うと、チカコの姿は白く輝き始め、俊徳丸さんの合わせた手の間にも光が生まれている。
そして、少し前のめりになったかと思うと、たちまち二つの光は溶けあって、素通しになった天井を抜け、高安の空に舞い上がって、煌めく星々の一つになっていってしまったよ。
これでよかったんですよね…………俊徳丸さんが呟いたよ。
☆ 主な登場人物
やくも 一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
お母さん やくもとは血の繋がりは無い 陽子
お爺ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
お婆ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
教頭先生
小出先生 図書部の先生
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小桜さん 図書委員仲間
あやかしたち 交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六条の御息所 里見八犬伝 滝夜叉姫 将門 アカアオメイド アキバ子 青龍 メイド王 伏姫(里見伏)
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