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150『チカコを捜す・大奥』

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やくもあやかし物語

150『チカコを捜す・大奥』




 玄関を上がると和風のラビリンス。


 板敷や畳敷きの廊下が稲妻のように巡っていて、ゲームの迷宮ダンジョンに差し掛かると投げ出してしまうわたしは、早くも顎が出てしまう。

「大丈夫です」

 アカミコさんは、いくつもある分岐は完全に無視して黙々とわたしを先導していく。

「……人が居ないねえ」

「チカコさんを探すための捜索モードですから、捜索対象以外は見えない仕様にしています。見えるようにします?」

「あ、ちょっとだけ」

 昔のわたしなら、必要のない人には、なるべく会わないようにする。でも、あやかしとの関りが増えたせいか、ちょっとぐらいなら、この目で見てみたいって思ったりするんだよ。

「承知しました」

 アカミコさんが応えると、廊下の向こうから、袴姿のお侍さん……なんでか、お坊さんまで歩いてくる。後ろからも似たようなのがやってきて、前からやってきた方が廊下の端に寄って頭を下げる。

「こちらの方の方が格下なんです。礼儀作法が厳しいんですよ」

「そうなんだ、いちいち立ち止まって、下っ端はなかなか目的の場所に着けないねえ(^_^;)」

「あっちをご覧ください」

「え?」

 そっちを見ると、下っ端らしい人たちが部屋の中に居て、出番を待っている歌舞伎役者みたいに控えている。

「やり過ごしているんです。だいたい、役職によって通る時間決まってますからね。ああやった方が早いんです」

「なるほど……お坊さんみたいな人は?」

「茶坊主です。役割はメッセンジャーボーイでしょうか、人を案内したり取次をしたりします。身分的にはお坊さんです。お坊さんは法外という建前ですので、身分にかかわらずお城のどこへでも行けましたし、口をきくこともできました」

「なるほど……でも、男の人ばっかしね」

「男女の区別は厳しかったですからね、女性が居るのは大奥に限られています」

 ちょうど、その大奥が見えてきた。

 廊下の突き当りが黒い漆塗りの観音開きになっていて、観音開きの前には裃姿の若いお侍さんが二人で番をしている。

「お鈴口って言うんです。紫の房が下がっているでしょ。将軍が来られると、あの房紐を引くんです。すると、鈴が鳴って、向こう側で番をしている奥女中さんが開けてくれることになっています」

「そうなんだ……」

 小学校の正門を思い出した。正門には、朝なら先生、それ以外はお爺さんが居て出入りをチェックしていたよ。

「えと、わたしたちは……」

「これは、ただのイメージですから、わたしたちはすり抜けていきます」

 スーーーー

「なんだか幽霊になったみたい(^_^;)」

「ですね。死ぬというのは別の次元に行くのと同じですから、こんな感じかもしれませんね」

「フフ、そうなんだ。ちょっと面白いかもね」

 お鈴口を通ると、みごとに女の人ばかり。

 チカコを捜しに来たというのに、なんだかウキウキしてしまう。

「さっきの所よりも人が多いね」

「御台所のチカコさんにお仕えしている者だけで500人ほど居ますからね」

「500人!?」

 500人なんて、学校一つ分くらいだよ、さぞかし賑やかだろうなあ。



 シーーーーン



「あれ……静か……」

 あちこちに奥女中さんや、その世話をするお女中さんが見えてきたんだけど、話声が聞こえない。

 人が動く衣擦れの音やら、襖とかを開け閉めする音が微かにするんだけど、それ以外は、庭にやってきた小鳥のさえずりが聞こえるくらいのもの。

 キョロキョロしていると、たまに用事を伝えたり話をしたりを見かける。だけど、ぜんぜん声が聞こえない。

 思わずインタフェイスを開いて、音声ボリュームの設定を変えたくなる……というのはゲームのやり過ぎなんだろうね。

「これが、当時の作法なんです……ほら、あそこに御台所のチカコさん」

「え……あれ……が?」

 広い部屋の床の間の前にリアルサイズのお雛さん……と思ったら、雛人形みたいなコスの……ようく見たら眉毛が無い。

 でも、目鼻立ちにはチカコの面影?

「昔は、嫁いだ女性は眉を剃ったんですよ。まだ起きて間がないから点眉も引いてはいませんし」

「点眉?」

「あ、こんな感じです」

 アカミコさんが示すと、生え際の下あたりに、いかにも描きましたって感じの丸い眉が現れた。

「ああ、こんなコスとかメイクしてたら鬱になるわぁ」

「いいえ、これはチカコさんにとっては普通なんです。お嫁入の時に『すべて御所風でやっていく』って約束をとりつけていますから」

「そ、そうなんだ」

 あ、アクビした。

 さすがにお姫様の御台所なので、扇子で口を隠すんだけど、なぜか扇子が半透明になって見えてしまう。

「え、口の中真っ黒!?」

 なんか、悪い霊にでも憑りつかれてる?

「鉄漿(おはぐろ)です」

「オハグロ?」

「昔は、嫁いだ女は眉を剃って歯を黒く染めたんです。既婚者だって、いっぱつで分かるでしょ?」

「なるほど……」

「外国から不評だったので明治になって止めたんです。わたしだって……」

「え?」

 こっちを向いたアカミコさんは御息所のチカコと同じく、点眉の鉄漿!

「昔は、こうだったんですよ。でも、神田明神の神さまたちは『なにごとも当世風がいい』ということで、その時代時代に合ったナリをしています」

 つるりと顔を撫でると、いつものアカミコさんに戻った。

「早回しにします」

 スススススススススス

 小さな音をさせながら、チカコと、その部屋の様子が早回しになる。

 目がチカチカしてくる。数秒で昼夜が入れ替わっていくからだ。

 何カ月、何年もが動画の早回しのようにカクカクと過ぎていく。

 僅かなぐらつきはあるんだけど、チカコは、ずっと床の間の前に座ったまま。

「ほんとに、お人形さんみたい……」

「もちろん、夜は寝るし、食事もとるし、たまには出かけたりもありますけど、早回しにするとこうなるんです。少しだけ遅くします」

 たしかに、ほんの一瞬床の間の前をコマ落ちしたみたいに居なくなる。そのわずかの間に他の事をやってるんだ。

 再び早くなると、今度は目が慣れて、瞬間消えたところも分かってきて、チカコの後ろの床の間も重なって、幽霊じみて見える。

 なるほど、チカコが「お城は嫌い」と言っていた意味が分かった。

「あ、でも、ここに見えているチカコは昔の記録なんだよね。いまのチカコがいるかどうか探らなくっちゃ!」

「そうですね、もう一度探ってみましょう」

 アカミコさんがつまみを回すような仕草をすると、チカコの姿は逆廻しになった。

「……ありました、この瞬間です!」

 静止画になった。

 その瞬間、部屋は無人になったけど、アカミコさんは屋根の間に垣間見えている天守台を指さした……。



☆ 主な登場人物

やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
教頭先生
小出先生      図書部の先生
杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
小桜さん       図書委員仲間
あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六条の御息所 里見八犬伝 滝夜叉姫 将門 アカアオメイド アキバ子 青龍 メイド王 伏姫(里見伏)
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