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76『鏡に映して見ることは構わないんだ』

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やくもあやかし物語

76『鏡に映して見ることは構わないんだ』    




 転校して来て一年を超えて、学校の中で知らない場所はほとんどなくなったよ。

 入ったことが無いところは校庭の隅にある変電室とか、旧正門(染井さんと愛ちゃんが居る通用門)脇の旧守衛室、他に倉庫とかね。普通に生徒が出入りするところはたいてい足を踏み込んでいると思う。

「じゃあね……体育館に行ってみよう」

 教頭先生の言葉には――小泉さんは行ったことが無いだろうけど――というニュアンスがあった。

 そういうことってあるでしょ?

 どこそこに行こうって人が言う時には、三つのパターンがある。

 その場所を二人とも知っている。その場所を片方しか知らない。その場所を二人とも知らない。

 でしょ?

 教頭先生の「……体育館に行ってみよう」は「……」の部分に「小泉さんは知らないだろうけど」というニュアンスがあった。

 ――体育館ですか?――という気持ちは浮かんだけれど、口にもしないし目で問いかけることもしなかった。

 だって、昼休みの職員室だよ。他の先生もいっぱいいるし、用事があって来ている生徒もいるしね。「はい」と小さく言って、教頭先生のあとに続いた。

 
 教頭先生は体育館のフロアーには入らずに、横の階段を上がっていく。

 ああ、ギャラリーに行く階段?

 ギャラリーに上がるのは初めて。上がってみると、いつも使っているフロアーが眼下に見えるんだけど、なんだか別の学校に来たみたいな気になる。

 パチン

 教頭先生がスイッチを入れるとギャラリーの後ろの方が明るくなる。

 意外に広いんだ。

 ギャラリーなんて踏み込んだこともないし、今みたいに照明も点いていないし、意識の外にある。

 階段状のベンチの前が、駅のプラットホームほどの空間になっていることに新鮮な驚きがある。

「ダンス部とかが使っているんだよ。フロアーじゃ、他のクラブと邪魔になるからね」

 そう言いながら、先生はキャスター付きの姿見を調整している。

「姿見ですか?」

「うん、普段はカバーをかけて裏返しにしてあるんだけどね……ダンス部とかが使っているんだ……」

 そうか、自分のポーズとか動きとか確認するためだ。フロアーに置いていたら危ないものね。

「よし、こっちに来て」

「はい」

 先生に習って、姿見の前に斜めに立つ。

 開け放ったギャラリーの窓の向こう、本館の四階部分と屋上が映っている。

『階段室の上、給水タンクの横を見てごらん』

『はい』

 蟹歩きすると給水タンクが見えて……ビックリした!

 まっくろくろすけと言うかスライムというか、牛ほどの大きさのフニフニした真っ黒けなのが、そよいでいるような、呼吸をしているような感じでうずくもっている。

 有機ELD画面の黒い部分のように真っ黒で、縁の方はグラデーションになって周囲の景色に溶け込んでいる。

 巨大なまりものようにも、神さまがインクをこぼしてできたシミのようにも見える。

『詮索はしない方がいい。正体は分からないけど、とても悪いものだと思う。学校や、二丁目断層の妖たちも、あいつには関わりたくない様子なんだよ』

『そ、そうなんですか(;'∀')』

『鏡に映している分には影響は無いようなんだがね、それも、あまりやらない方がいい。映して見ているのに気付いたら災いがあるような気がするんだよ』

『は、はい、分かりました……』

『ぼくは学校でしか見たことがないんだけどね、時々、鏡にも写らないことがある。たぶん、学校の外に出ているんだと思うよ。きみは僕よりも見えるようだから、くれぐれも気を付けた方がいい』

『はい、分かりました……』

 教頭先生は、小さくため息をつくと、姿見にカバーをかけて元の場所に戻して電気のスイッチを切った。

 体育館の前で先生と分かれると、昼休みも残り五分ほどになっていて、急いで教室に戻ったよ。




☆ 主な登場人物

やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
教頭先生
小出先生      図書部の先生
杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
小桜さん       図書委員仲間
あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け




 
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