やくもあやかし物語

武者走走九郎or大橋むつお

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73『前髪騒動記』

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やくもあやかし物語

73『前髪騒動記』    

 

 
 似てる……

 週明けの月曜日。

 日直なので日誌を取りに廊下を職員室に向かっていたら、すれ違った二人連れの三年生が呟いた。

 え?

 思ったけど、なにか会話の一部が聞こえて来ただけだと、思わず緩めてしまった歩調を戻して階段の踊り場に差し掛かる。

「あ!?」

 下から上がってきた小桜さんが、バッチリ視線を合わせて、小さく叫んだ。

「え、なに(#^_^#)?」

 小桜さんは図書委員仲間だから、臆病なわたしでも、焦りながらでも、立ち止まって聞き返せる。

「前髪上げたのね」

「え、あ、うん……」

 染井さんが入学式のお饅頭を届けてくれて、それから微妙にハイなんだ。

 黄砂も花粉も一段落で、吹く風も爽やかになってきたからかもしれない。

 それでね、ちょっとオープンマインドな気分になって、潔く前髪を左右に上げてピンで留めたんだ。

 オデコに風を感じて、自分でも、ちょっといい感じだと思った。

「……うん、似てる」

「え、え、何に?」

「ちょ、こっち来て!」

「あ、わたし、職員室……」

「時間とらせないから!」

 小桜さんは、そのまま手を引っ張って四階の踊り場まで連れて行った。

「ここだと人が来ないから」

「なに?」

「これ、見てよ」

 小桜さんは校内利用を禁止されているスマホを取り出した。

「スマホ?」

「うん、先週ぐらいから出回ってるんだけどね……うん、これこれ!」

 動画サイトを開くと、音を絞って、なにかのCM動画を再生した。

 学校の廊下を歩いている女生徒が、なにか春風の妖精を見つけたように振り返ると「見つけた!」というような表情で、それを追いかけていく。

 廊下はマトリックスみたいに波打って、それでも彼女は追いかけて、中庭に、中庭の藤の花が満開の藤棚の下を潜って、講堂の裏からステージへ! ステージの袖では友だちが待っていて、手を取り合うと、二人の体が浮いて、舞台の上をクルクル回る。舞台の下には二クラス分ほどの生徒が待っていて、その子と友だちを祝福してくれて、そこから外に飛び出すとスポーツ飲料を爽やかに飲んでる。

「こ、これ……?」

「うん、中〇セナって新人なんだけど、やくもに似てる、うん、ぜったい似てるよ!」

「え? え? そっかなあ(;'∀')」

「分かってて髪あげたんでしょ?」

「え、あ、別に、そんなつもりじゃ」

「じゃ、そのままにしときなよ、とっても素敵だから!」

「え、あ、いや、そんなの(;゜Д゜)」

「いや、ぜったい、そのまま! 一時間目体育だから、もう行かなきゃだけど、いい、そのままでね!」

 それだけ言うと、小桜さんこそCMの女生徒みたいなノリで階段を駆け下りて行った。

 職員室で騒がれることは無かった。

 だって、恥ずかしいから、職員室へは前髪を下ろして入った。

 一時間目の前でよかった。

 それからは、元通り前髪を下ろしたままで放課後まで過ごして家に帰った。

 でもね、お風呂掃除しながら、前髪あげて鏡に映したら……なるほど、ちょっと似てるかも。

 でもね、廊下にお婆ちゃんの足音がして、また大慌てで前髪を下ろす。

 だって、恥ずかしいもん(;^_^)。

 

☆ 主な登場人物
•やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
•お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
•お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
•お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
•小出先生      図書部の先生
•杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
•小桜さん       図書委員仲間
•あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け

 
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