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70『そいつ!』
しおりを挟むやくもあやかし物語
70『そいつ!』
染井さんが満面の笑みになった。
えと……人間じゃないよ。
通用門(校舎の建て替えで通用門に格下げになった昔の正門)の脇に立ってる古い桜の木。ときどき、女生徒の姿になって学校やその周辺を歩いていたりするんだけどね。
「立派に咲いたわねえ……」
そんなに大きな桜じゃないんだけど、他の桜よりも少し花の色が濃く、咲いてる花の密度も高い。
「待ってても出てこないわよ」
出てこないわと言いながら出てきたのは愛ちゃん。
通用門脇にある銅像。
憶えてるかなあ……昔の校長先生が臨海学習の遠泳で、おぼれた生徒を助けようとして亡くなったの。
その校長先生の銅像を建てようとしたら、先生の奥さんが「目立つことは苦手な人でしたから」と言って、『愛の像』ってタイトルで女生徒の像になった。その『愛の像』も時々実体化して現れる。それが愛ちゃん。
「たまには二人で散歩しようよって誘ったんだけどね、『今年は咲くことに専念したいの』って言って、化ける力まで総動員して咲いてるの。だから出てこないわよ」
「そうなんだ……ちょっと残念」
「アハハ、染井さんは桜の木なんだからさ、こうやって見ているのが本来の付き合い方だよ」
「それもそうね」
ユサユサユサ
染井さんが風に揺れた。揺れたんだけど、まだ満開になったばかりで花びらは散ったりはしない。
「頑張ってるんだね」
振り返ると愛ちゃんの姿もない。居ないのに視線を感じる。
「あれ?」
視線を追ってみると、それは正門(いまの)の方からやってくる。
「杉野君?」
図書部の委員仲間の杉野君だ。
杉野君が近寄って来る。
ちょっと変だ……。
なんて言うのか……杉野君は、わたしのことを意識していて、ここのところ口をきいていない。
その杉野君が、向こうから近づいてくる。
表情が分かるところまで近づいてくると、杉野君は口も動かさずに言葉を発した。
『よう……いい調子だな』
「え……」
一言言って、わたしを戸惑わせると、杉野君は、そのまま魔王のような足どりで戻っていってしまった。
「杉野君……?」
おかしいよ。
そう思うと、わたしは遠ざかる杉野君の背中を追いかけた。
角を曲がったらお地蔵さんの通りというところで追いつく。
声をかけようと思って息を吸い込んだら、杉野君が振り返った。
「いい気になんなよ、こいつの気持ちにも応えずに」
蛇みたいな目をして…………え……こいつは杉野君じゃない?
「やっと気づいたか……邪魔すんじゃねえぞ」
そう言うと、杉野君の姿が二重になった。
一つは杉野君だけど……もう一つは、合格発表の日の自習時間に見かけた半透明の男子生徒だ!
こいつは質の悪い妖で、勾玉の力でやっつけたはず!?
「バーカ、やっと気づいたか」
こいつ、杉野君に憑りついたんだ!
わたしは、一歩引きさがると同時に胸の勾玉を強く握った!
「バーカバーカ、そんなもんが俺に効くかよっ!」
そう言うと、そいつの姿はわたしの前から掻き消えた。
退治されたわけでも消滅したわけでもない、だって、空の彼方から、そいつの怪人十面相みたいな高笑いが響き続けたから。
アハハハハハハハ
なんとかしなくっちゃ!
ちょうど角を曲がったらお地蔵さん。わたしに勾玉を託したお地蔵さんの祠だ。
「お地蔵様、どうしたらいいんだろ!?」
「…………」
「なんとか言ってください!」
「……ごめん、あいつの力は、わたしを超えている。手出しはしないことだ、勾玉はあいつには無力だけど、やくもを守ることはできる、とにかく近づかないことだ、近づいてはいけない……」
「お地蔵様……」
家に帰って風呂掃除をするために着替えてビックリした。
勾玉に細かなヒビがいっぱい走って、胸のそこが、日焼けをしたように赤くなっていた!
☆ 主な登場人物
•やくも 一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
•お母さん やくもとは血の繋がりは無い 陽子
•お爺ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
•お婆ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
•小出先生 図書部の先生
•杉野君 図書委員仲間 やくものことが好き
•小桜さん 図書委員仲間
•あやかしたち 交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け
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